花歩る木

山と旅がすきです

高尾山 (110)

2009-09-24 21:06:59 | 山歩き

9月24日 高尾山にいってきました。

60歳から数え始めて110回目。高尾山のいいところは、すぐに出かけられるところでしょう。以前は、たいてい1人で行きました。約束はないし、時間に縛られることもないし、気楽なんですよ。
ミシュランが一昨年 ★★★ 3つ星をつけてくれました。当初は「やっぱりネ」と喜んだんですが、山の混雑は増すばかり。毎年250万、最近はそれ以上の人が訪れます
。なるべく人のいない道を探して歩いています。
今日は夫も同行しました。テーマを「巨木を見に行く」にしました。

    
  4号路の吊り橋、イロハモミジ,イタヤカエデが色ずく頃は絶景です。


余裕のある山歩きの日は、野点のまねごとを楽しみます。
今日のお菓子はお彼岸のおはぎ。


高尾で評判の美人ブナです。抱きついている?・・・かも。
胸高周囲を測っているのです。2、65mでした。

美人ブナの脚線美  見たいでしょう?

高尾山一帯は、薬王院の境内だけに、周りの山とは異なり自然が残されています。
千数百種もの植物が生い茂っているそうで 「首都圏のオアシス」 として、親しまれています。私にとって高尾山はいつの間にか 「たか男さん」 になって、いつも変わらぬ友達であり、永遠の恋人でもあるんです。


太宰 治 1

2009-09-21 18:04:23 | 文学 読書
9月21日 「太宰が生きた町」 三鷹を歩いてきました。

今年は太宰 治の 生誕100年の年です。
隣町に住んでるよしみで、太宰のゆかりの地には よく散歩に立ち寄ります。今日は武蔵野市の玉川上水近くの我が家から、あの、新橋まで歩きました。


今年発見された弘前高校の入学願書用の写真、りりしい感じの津島君。

中央線の陸橋を渡って三鷹へいきます。唯一現存するゆかりの建築物。

子供を連れて電車を見に来るところです。夕焼けの富士山もきれいです。

ほら、太宰さんも電車をみにきたのよ。それとも考え事してきたの?

下連雀3丁目に「太宰治文学サロン」があります。
ボランティアの人が展示物の説明をしてくれたり、頼めば町案内もして
くれるようです。私は地図をもらって、歩く順路を決めました。
玉川上水に戻って10分ほどのところ、植込みの目立たない場所に
玉鹿石(ぎょっかせき)があります。何もかいてない石です。
太宰は昭和23年6月13日、この近くの玉川上水で、
山崎富栄と みずからの39年の生涯を終えたのです。


太宰を偲んで、故郷青森県金木町から送られた玉鹿石の石碑。
奥さんの津島美知子さんが、怒って何もかかなくていい! っていったとか。


三鷹 太宰が住んでいた界隈の地図



井心亭(せいしんてい)の百日紅

井心亭は市の和風文化施設です。すぐ近くの太宰 治 旧宅の
「玄関のまえの百日紅」(おさん に載ってる)がこの庭に移植されました。


新橋 ここで二人のなきがらがみつかった。くしくも太宰の39歳の誕生日に。
井の頭の万助橋から20分くらい下流の橋。


新橋付近の玉川上水散歩道


三鷹の誇る「風の散歩道」です。

三鷹駅から井の頭公園まで、玉川上水に沿って、伸びています。
今では、「ジブリ美術館」へいく道でもあります。(左が玉川上水)
春は桜、夏は木陰、これからは三鷹の木、イチョウが色を変えていくでしょう。
山本有三記念館の前を通る、文学の香り高い散歩道です。
お出かけになりませんか?


八ヶ岳南麓

2009-09-14 20:44:28 | 

9月10,11,12日 八ヶ岳南麓で秋を楽しんできました。

山の友達が山仲間を7人 山荘に招待してくれました。オーナー夫婦を入れて9人。そんな大勢で寝るところあるの? 食器は足りるの? 誰がお料理するの? …心配しましたが・・・全然問題なく 優雅で、リッチで、くつろげた3日間でした。
     
9月10日    中央道の長坂を下りて 近くのスーパーで全員集合。
まず、三分一湧水へ行くのに、黄金色の田圃みちを遠回りして甲斐の山々を眺望した。右に富士山、左に八ヶ岳。これほど山を見るのに地の利を得たところもめずらしい。大気が冷えてきて、白露の空が透き通り 山山が浮き上がって見えた。


     そば畑の向こうに午後の富士山


     コスモスが真っ盛り 八ヶ岳が近い

三分一湧水は八ヶ岳の雪解け水が伏流水となり 長い年月をかけ麓に湧き出した泉で、水温は年間10度前後 「日本の名水100選」に選ばれている。
信玄が 農業用水を三つの村に配分するシステムを生み出し、争いを治めたという
伝説がのこっているそうだ。                   


  三分一湧水 (写真の)右 左 上に別れて流れていく
この夜の食事は豪華。主菜は蒸し料理(キャベツ、アスパラガス、モロッコいんげんニンジンなどの野菜。エビ、ホタテ、豚、牛などをポン酢、ごまだれで)
ジャーマンポテト(ジャガイモ、玉ねぎ、ベーコンをいためて卵をかける。味?何だろ)  キャベツの煮物(キャベツを1個 8等分ぐらいにして、その真ん中に豚ひき肉と玉ねぎみじんをよくいためて塩コショウ+カレー粉であじつけしたのを乗せる。水と固形スープを入れて40分ほど煮る。  「これはお勧めだから作ってみてね~」とカリスマミセスの弁。                           

                 山荘の1コーナー
 9月11日    朝のさんぽは女取湧水へ、信玄の棒道(ぼうみち)をあるいた。棒道は、信玄が開発したとされる軍用道路で 荒野にまっすぐ一本の棒のように存在していたので、そうよばれるようになった



女取湧水
も「名水100選」で水を汲みに来る人が沢山いた。



朝食の後 歩いて(15分くらい)平山郁夫シルクロード美術館へ行ってきた。
ここは、昨年リニューアルオープンして、ガンダーラの仏像が多かった。
館長は平山美知子さん。




   美術館の前      と       後のラクダ公園

歩いて、食べて、しゃべって、笑って・・・非日常の幸せな三日間でした。
八ヶ岳の自然の大きさ、豊かさ、美しさは今更ながらDiscover Japanでした。

おまけ   台所のシンクの磨き方。ラップを丸めて、クリームクレンザーで磨く。
       なべ底の磨き方。    アルミホイルを丸めてクレンザーで磨く。
            カリスマミセスに教えてもらいました。


おわら風の盆

2009-09-04 20:21:08 | 

9月2日 越中八尾の「風の盆」にいってきました。
  今度は2度目でしたが、雨に降られずに踊りを堪能してきました。
「風の盆」 いつ、誰が名付けたのか、美しい名前ですね。
富山の八尾の街は9月1,2,3日の3日間、小さな町が観光客でごったがえします。




           編みがさをかぶった しなやかな女踊り


      めりはりのきいた キレのいい男踊り

富山駅から 車で南へ約20分のところに八尾の町があります。
ゆるやかな坂の町、路地をいくつもぬけながら歩くと 格子戸のある旅籠宿が、土蔵造りの民家が なつかしい雰囲気をただよわせています。
高橋治の小説とその後のテレビドラマ、石川さゆりの「風の盆恋唄」で俄然有名になり 毎年7~8年も もっと通い続けている人もいます。
その町並みを吹き抜ける二百十日の大風をおさめ 五穀豊穣をいのるために踊りつがれているそうです。

 
 
 
        ぼんぼりと幔幕で飾られた諏訪町の町流し(11時ころ)


夜の踊りは7時から。この時点で雨が降っていれば、この日の踊りは中止になります。一昨年は七時に涙をのみました。今回は運よくリベンジがかないました。
 「越中で立山 加賀では白山 駿河の富士山 三国一だよ」   は一番好きな唄。
 「三千世界の松の木ア~枯れても あんたと添わなきゃ 娑婆へ出た甲斐がない」
という情熱的なのも耳に残りました。


          井登八芳園の店先の酔芙蓉

朝に咲いた白い花が 昼には赤みをさし、夕には赤く染まることから「酔芙蓉」と呼ばれ、その日のうちに散る一日花です。小説ではこの花がとても印象的に描かれていて、10年も前でしょうか、私は早速鉢植えをかってきました。それが今では鉢を割って大きな木になっています。今年はまだ一番花が咲いていません。
八尾の町で「酔芙蓉」が多く見られるようになったのは、テレビロケ以降だそうです。
ただ雪の八尾では直植えで越冬させることも「風の盆」期間中に花を咲かせることも難しいのだそうです。ロケ当時は八尾や近隣からも調達できず、東京から取り寄せたそうです。井登八芳園でお聞きしました。

気品高く 抒情豊かに、 三味線 胡弓 太鼓の音が鳴り続き、踊り子の白い指先が 東京に帰ってからも しばらく頭の中から消えませんでした。
日本の田舎には何とも美しい、あかぬけた民謡があり、風土があるのですね。