はぐれ遍路のひとりごと

観ながら歩く年寄りのグダグダ紀行

「海から歩いて越前岳に」の真相2

2014-09-07 12:09:52 | 低山歩き
 意志薄弱な故の中止か、冷静な判断による撤退か、はたまた移り気な性格故の変更か、実態は不明だが
これで5年間「古稀の歳に海から富士山剣ヶ峰は」に向けて続けてきた努力は終わってしまった。
今年の春、富士山への試金石として大崩山塊の「十字縦走」や「静焼アルプス縦走」の豪脚コースを完歩した。
だがどちらも昨年に比べ歩行時間が1時間は長くなり老化に伴う衰えを感じた。だがその時はせめて夏の
富士山までは体力を維持できるようにと願ったがそれもならなかった。
もう「山は逃げない」とか「次回があるさ」は私の「海から富士山」には適用できない。ただただ諦めるだけだ。

 前回の表題の「海から歩いて越前岳に」を見て、物好きな奴とか、意味の無いコース設定だと思った人が
殆どだと思う。かく言う私だって例えバスの便が無いからと云って19km先の田子の浦海岸から歩いてこようとは
思わない。そうその真相は「海から富士山」から逃げ出した結果に過ぎなかったのです。

 ノンビリ涼しそうな草山が私を誘っている。気を取り直して越前岳に向かおう。

 
           越前岳登山道                            越前岳山頂標識

 越前岳の登りの話は前回書いたので、ここでは写真を紹介しておきます。
紹介されていたコースタイムより30分余計になったが、思ったより疲れず山頂に着いたので、小さな後悔の
種が生じた。さっき感じた食事のノツノツと胸の気分の悪さは一時的なものではなかったか、と。

 
            富士見台の標識                         富士見峠の道標

 越前岳から富士見台へ向かう下りは、最初は下りになりホッとしたが、中々富士見台に着かない。
多分富士見台は黒岳寄りにあるのだろうと自分を慰めながら下って、ようやく着いた富士見台の標識には
「越前岳へ500m」となっていた。たった500mがこんな大変だとは脚がガタついているのだろうか。

 標識の愛鷹登山口が何処を指しているのか分からないが、ともかくあと3.1km下れば舗装道路に出れそうだ。
だが途中にあるはずの黒岳への分岐の富士見峠までが中々着かず、途中からは脹脛の前がビリビリし始め
るし、腰と背骨が分離してしまったようにグラグラフラフラする。
ここで転んではならないと注意するのだが、重心がザックの重みで後ろになってしまう。結局2度ほど尻餅を
ついてしまった。今度は用心のため故意に腰を少し前に傾け、前かがみの状態で歩いた。こんな格好を誰かに
見られれば「まるで類人猿のよう」と思われただろう。何とも情けないが転ぶよりいい。
 越前岳山頂で生じた小さな後悔の種は、成長する事なく溶けてしまい、今や富士山に向かわなかった自分の
判断が大正解だったと感じるようになった。

 ようやく着いた富士見峠は広い場所だったが富士山は木の影なのか見えなかった。
峠の標識には「黒岳まで500m」とあるがとても行く気にはなれない。もうほぼグロッキー状態で下りさえいや
なのだから上りなんてとんでもない。もう一刻も早く須山に下りたかった。
ただ、この標識には登山口までの距離の表示は無かった。後どの位なのだろう登山口までは。

 
             愛鷹山荘                       トイレ

 峠から5分ほどの所に愛鷹山荘が現れた時はホッとした。ただホッとして足は水場の方が下山路かと思い下り
かけたが、ふとトイレらしき方を見ると何か書いてある。疲れたグロッキーだと言いながらもまだ好奇心は残って
いるようで、確認のためトイレに近づいた。
そこには「男・小キジ専用」と書いてあるが----- 体が疲れると脳も疲れるのか意味が判読できなかった。
最初の「男」は当然分かるが、次の「小」は小便の事か。では「キジ」とはキジうちの事なら野糞の事になるが、
トイレがあるのだから野糞にはならない。とすると「小キジ」と読むのか? でも「小キジ」って何だ?
 疲れが癒えてこのブログを書いている今でも考えても分からない。そこでネットの助けを借りようと検索すると
「キジ撃ち → 野糞をする事。その姿勢が猟師のキジを撃つ姿勢に似ているため」
「キジ撃ち → 立小便をする事。その姿勢が猟師のキジを撃つ姿勢に似ているため」
の2説があった。
私は当然上の説で、だいたい立小便に行くとき「キジうちに行く」など言った事も無いし、聞いた事も無い。
 余計な事だが女性の小便は「花摘みに行く」と云うらしい。矢張りその姿勢から来ているようだ。
結局疲れていてもいなくても「男・小キジ専用」の意味は分からなかった。

 便所の先に道が続いているようだ。覗き込んでみるとしっかりした道が先に延びている。では水場の道はと
振り返ってみると、どうやらその道は水場までで、その先は沢になっているようだ。
アー良かった。自分の好奇心に助けられた。
でも疲れて判断力が落ちていなければ、水場の道へ行こうとは思わなかったかもしれない。

 普段ならなんでもない梯子をオッカナビックリで下り何とか林道に着いた。ガクガクになっていた足腰だったが
平らな舗装路になると平然と歩く事ができ、お蔭で林道を15分で国道のバス停に着く事が出来た。
バス停の名前は「愛鷹登山口」とあるので富士見台にあった標識の「愛鷹登山口」はここを指すのだろうか?

                 

 富士山へは私を見放した神だが、最後になってなって助けの手を差し延ばしてくれた。
バス停に着いて間もなく1時間に1本もないバスが到着した。もうその時は新しくなった須山浅間神社の事など
頭の片隅にもなかった。

 疲れた疲れたの連続だったが自分の歩行時間と山と高原地図の所要時間と比べてみた。
所要時間(計5時間35分)
十里木登山口 2:30 越前岳 0:25 富士見台 1:25 富士見峠 1:00 愛鷹神社(林道) 0:15 愛鷹登山口(バス停)
大和高原地図記載時間(計4時間45分)
十里木登山口 2:35 越前岳 0:20 富士見台 0:55 富士見峠 0:35 愛鷹神社(林道) 0:20 愛鷹登山口(バス停)

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 6月に旅行から帰ると睡眠障害、倦怠感、手足の痺れなど症状を数えはじめるときりが無いほどの、体調不良に
陥ってしまいました。余りの不調さに音を上げて検査を受けると、医者は「若干貧血気味だが治療の必要は無い」
との事だった。そして貰った薬は睡眠薬のみ。
医者がそう言っても、怠くて外に出る元気もなく6月・7月と散歩にも出ないで家の中に引き籠っていた。
好きな酒も飲みたくなく、本を読んだりHPの修復をしたりして時間を過ごしていた。
それでも睡眠薬のお蔭で、夜は眠れるようになると少しづつ倦怠感が減ってきた。そうなると海から富士山の事が
気になりだし、8月になって河川敷を歩いてみた。だが8kmも歩くともう駄目で、しかもその後2・3日歩く事が
出来なかった。そんな事を繰返していて、何とか12kmを歩けるようになったので、最終チャンスの9月に富士山に
挑戦することにした。
それが無謀な事で結果は分かりきってたが、私には剣ヶ峰に登る事と同時に、「海から富士山」に挑戦することも
大事だった。結局こんな結末になってしまったが。
 私の体調不良は一時的なものでなく、加齢による症状でもう改善する見込みがないのかもしれない。好きな
長距離の観歩も出来ないと思うと悲しい。
しかし今回富士山は失敗に終わったが、体調不良の中、海から歩いて何とか越前岳に登る事が出来た。と、
云う事は、海からでなく十里木登山口を出発点にすれば、まだ十分完歩できるかもしれない。
そうだ、そう思う事にしよう。これで涼しくなって来れば体調も前回はともかく、少しは改善されるかもしれない。
そうしたら大崩山塊を歩いてみよう。豪脚コースは無理でも健脚コースぐらいなら歩けるかもしれない。