《『日蓮主義とはなんだったのか』(大谷栄一著、講談社)の表紙》
では今度は「典型的な日蓮主義青年」という項より、である。ここでは、妹尾が「国家と宗教」に関係して、
正しい宗教が国家化し、正しい国家が宗教化するときに、初めて乱れた世に、一実の寂光が射して来るのだ。…投稿者略…「世界とは日本国」なりと断じ給ふは、太陽が一切を照らすに似て明かな教である。
〈『日蓮主義とはなんだったのか』(大谷栄一著、講談社)327p~〉と言ったということを、大谷氏は紹介していた。ただし、私には論理が飛躍しているように見えて何故こうなるのかよくわからないが、そこは保留し、これに続く大谷氏の解説を見てみよう。
ここには、国体論と結びついた日蓮主義の主張をみてとることができる。その法国冥合や王仏一如の訴えは明らかに(智学や)日生からの影響である。…投稿者略…この時期の妹尾は、当時の典型的な日蓮主義者のひとりだったことがわかる。
〈同328p〉と大谷氏は断じていた。
さらに大谷氏は、
妹尾は「日蓮大聖人門下の若人よ! 一斉に立つて祖国を謳へ、そして堅き団結のもとに進む(ママ)で行こう」と読者に呼びかける。そのためには日蓮門下のみならず、十三宗五十六派に分裂している仏教各宗派の統一が必要だった。
〈同〉とも述べていた。
というわけだが、私はここに至っても、殆ど何もわからずにきてしまった。とりわけ、妹尾はどうして日蓮主義者で社会主義者でもあったのかが特に知りたかった。言い換えれば、妹尾がそうであって、賢治がそうでなかったのは、小作人に対する両者の違いにあるのではなかろうかという仮説が実は私にはあったのだが、その裏付けも見つけられず検証もできずにいるのに、そろそろ「3 仏陀を背負ひて街頭へ」も終わりだ。
ということは、この後にそのわけが論じられているのだろう。がしかし、これで「第七章 石原莞爾と宮沢賢治、そして妹尾義郎」も同時に終わってしまうから、この著書『日蓮主義とはなんだったのか』については、
「なぜ、宮沢賢治が日蓮主義に魅了されたのか?」の答を知ること
が当初の目的であったし、それを論じているはずの「第七章 石原莞爾と宮沢賢治、そして妹尾義郎」もここで実質的に終わったので、取りあえず今回はここでこのシリーズは終え、残りについては今後の課題としたい。
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