平敷の仕事場のドアを開けたのは若いアイドル風の女性だったので部屋を間違えたのかと慌てたが、Tが名乗る前に女性は心得顔で「お待ちしていました」と彼を迎え入れた。中に入ると応接セットに座っていた平敷が二人の来客と応対していた。彼は振り向くと「すぐ終わるから座って待っていてくれ」と彼の作業デスクの前の回転椅子を指さした。
応接テーブルの上にはなにやら書類が広げられていた。平敷は目を細めて仔細らしく書類を点検していたが「いいでしょう、ここにハンコを押せばいいんですか」とサラリーマン風のおとなしそうな男に聞いた。客は二人いてもう一人のほうは異相の女性であった。どこかで見たことのある顔だとTは思ったが、どこでだったかは思い出せなかった。
書名捺印された書類を平敷が返すと男性は朱肉が乾いたのを確認して折り畳み大事そうに封筒に入れるとカバンにしまった。なにか平敷は不動産でも買ったらしい。二人は立ち上がるとドアに向かった。男のほうは前を通るときに軽く頭を下げたが、鼻の筋肉の発達した女はじろりと嫌な目線をTに注いだ。さきほどのアイドル風の女性が開けたドアを出ていくときに「どうもお邪魔しました」と言うと平敷も「ご苦労様でした」と返していた。
「待たせたな、紹介するよ。初めてだったね。彼女は僕の助手をしてもらっている。僕の姪さ」と言った。背の高さは165センチくらいでなかなかの美人である。年齢は二十歳前後と思われた。スタイルもいい。バストがセーターを押し上げるように不遜に上に突き出している。およそ、平敷に似ていない。こんな遺伝子が彼の血統の中に流れているとは意外だった。
「マンションでも買い替えるのかい」と席に着いたTは聞いた。平敷はきょとんとしていたが、「ああ、今の二人か。違う、違う。彼らは刑事だよ。さっきの書類はこの間聴取されたことを調書にまとめたものだ。忘れたころにいきなり押しかけてきてハンコを押せというんだ」
「なにか事件をおこしたのか。まさか痴漢でもしたんじゃないだろうな」というと姪の女性が見ているのに気が付いて「駐車違反とか交通事故でも起こしたのか」と聞いた。
「地下鉄で人身事故があってね。頭のおかしい青年が付き添っていた障碍者施設の職員を線路に突き落とした。その時に現場の近くで僕が監視カメラに写っているので目撃情報を調べに来たのさ」
「目撃したの」というと彼は否定した。その直前に、その頭のおかしい青年が俺に絡んできたんだ。事故は目撃していない。警察では前後のいきさつを全部調べるらしいんだな。それで俺のところにも来たのだ」
「君が自分で申告したの」
「まさか、駅の監視カメラを虱潰しに調べたらしい」
「しかしよく君を特定できたね。警察に君の記録があったのか」と前科がこの友人にあったのかと思って聞いた。
「それがさ、間の悪いことにその前に俺が財布をすられたか落として駅に遺失物届を出していたのさ。監視カメラを見せられた駅員がこの人は落とし物を届け出た人だとか思い出して届に書いた住所を調べたということらしい」