穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

支那虎のはなし

2010-10-11 08:32:10 | ミステリー書評

またまたシナ飯・チャンドリアの話だ。おっと間違えた、チャンドラーのはなし。

処女長編「大いなる眠り」と晩年の「長いお別れ」はタイトルからしても対になっている。両作ともにサイコの女があっと驚く真犯人というわけ。そして一人は未成年の色情狂、殺人狂として施設に送り込まれてしめくくる。 長いお別れではドリームガールは自殺に誘導される。

要するにチャンドラー永遠のテーマだったわけ。長いお別れはチャンドラーのギムレット友達テリー・レノックスのための(四字抹消*に対する*)復讐である。アイリーンを自殺に追い込んだ時点ではマーロウはテリーの自殺に半信半疑だが、色情狂の娘がスキャンダルになるのを防ぐために、大富豪の女の父に言い含められて自殺したかもしれないと思っている。

最後のドンデンで整形をしたテリーが現れて、生きていることが分かるがこれは後日談。最後の二人の再開の場では単なる友情話で終わらせていない。ここのところも読みどころだ。読者をやきもきさせる。一応握手はするが、友情の復活はない。

全体を通して、最初から友情などなかったという隠し味だろう。友情というより、「なにか説明出来ないが気にかかる相手」というのがベースだろう。

32章で、マーロウがいやいやその謎の大富豪の家に連れて行かれるところがある。そこでその成金ポッター親父がひとくさり演説をする。評論屋がありがたがるお説教をするわけだが、ポッター親父の人生論、資本主義論は陳腐月並みである。チャンドラーはこういう大上段に振りかぶった政談をやらせると生彩を欠く。

とにかくポッターにとって、プライバシーがなにより大切だから娘の事件をほじくり返すなと脅したりすかしたりする。マーロウもさるもの、へいへいとはいわない。が最後はなんとなく器質的に二人は意気投合して握手して別れる。

ポッターのプライバシーを尊重して事件を追わないとは口約束は与えなかったが、なんとなく伏線となるものがある。

最後にマーロウはアイリーンを心理的に問い詰めて実質的な告白を得る。並みのミステリーならここで自殺などの予防のために、警察に報告して身柄を確保させるものだ。マーロウはそうしない。放置する。そしてその夜アイリーンは服毒自殺をする。

アイリーンを尋問したときに同席した証人ともいうべき出版社の社長が強く警察への連絡を主張したのに対してマーロウは同意しない。あとで彼女は精神がおかしいし、大金持ちだから告訴されて裁判になっても有能な弁護士がつき、精神鑑定を受けて無罪になる可能性が高いだろうと、マーロウは認めている。それでも自殺させるほうを選んだのである。

これでなくてはハードボイルドとはいえない。

そこで副伏線としてポッター親父との阿吽の呼吸での意思疎通が問題となる。裁判になって娘を殺したアイリーンが法廷に出てくればいかにポッターが大金持ちでもマスコミを黙らせることが出来ない。

マーロウはポッター親父のプライバシーを守ってくれという要請、脅迫をかなえてやったわけである。再読してみてロンググッドバイのテンポは悠然と流れるが、よく構成されたゴチック建築のようであることが分かる。

& ちなみに支那虎はラーメン屋の名前である。