穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

あとがきの二、ドンブリ・コーヒーのこと

2018-04-17 08:22:04 | 新屋敷第六氏の生活と意見

 さて、前回は「*中途退職者* 新屋敷第六氏の#生活#と%意見%」について、なぜ中途退職をしたのかについて簡単に触れた。今回はわれらが主人公新屋敷第六氏の生活について述べる。

  毎朝の行事というのは大切である。公園に行ってラジオ体操をするのを日課にしている老人たちがいる。われらが主人公の朝の行事は慎重な段取りで行われる。これも十五の夏のインシデントの影響と思われるが新屋敷氏の朝は非常に不安定である。これまでの人生経験の蓄積から得た知恵で、われらが主人公の朝のお務めには慎重な考慮が払われている。

  意識がこの世に再び戻ってくる朝の彼の体調は非常に不安定である。オフモードからオンになるときに暴走をおこしやすい。でもってわれらが主人公は目が覚めたといってもすぐに布団をはねのけて飛び起きるようなことはしない。かれの意識構造は電子回路のそれと同じでオフからオンに急速に電流が流れると、いわゆるスターティング・ノイズが発生して暴走を始めるのである。

  彼は目が覚めてもすぐには起きない。寝床の中できょう一日の計画を立てるのである。30分ほどベッドの中でぐずぐずしている。それからそろりと這い出すのである。腎臓が生産した一晩の活動の結果を排出すると、朝飯に支度にかかる。独身者の朝飯である。たいして細工があるわけではない。トーストかオートミール(今はシリアルというのかね)、それにコーヒーである。コーヒーには独特のレシピがある。十五歳の挫折依頼かれが試行錯誤して確立したレシピに従って濃いインスタントコーヒーを淹れる。インスタントでなければならない。理由はいくつかある。まず味であるがインスタント以上にうまいコーヒーはない。永井荷風はアメリカの最大の発明はインスタントコーヒーであると言ったことがある。

  もっとも、これは薄く淹れてはいけない。この点はグルメを気取る諸君諸嬢に同意する。最低でもスプーン山盛り三杯は必須である。これだけでは不味い。砂糖を最低でも15グラムほどぶち込まなければならない。砂糖は向精神性の麻薬だということを諸君は知っているかね。これをドンブリにぶち込んでゆるゆると小半時もかけて飲むと平穏に意識はオフからオンに移行する。前夜アブサンを飲みすぎて腰を抜かした場合にはコーヒーをスプーンに五杯、砂糖は30グラムを入れないといけないのである。