久しぶりに「小説のようなもの」をアップします。連載になります。
第n章 小肉片
三四郎は登校の途中で池に降りて行った。周囲を傾斜の緩やかな斜面で囲まれた底には暗緑色の水を湛えた池がある。旧大名の屋敷にあったものがそのまま大学の構内に保存されている。日本庭園であるから岸辺は不規則な線をした岸で囲まれている。真ん中には、といっても勿論幾何学的な中心ではないが、小さな島まである。池の大きさは四角形にならすとサッカー場ぐらいはある。
池の周りには土の上に石畳を埋めて補強した散策路がめぐらせてある。彼が池を一周するあいだ誰にも会わなかった。椎の木陰にある四角に切り出した大きな石の上に腰をおろして池を眺めた。どうしても高校に行くのが嫌になると彼はここでぼんやりと午前中を過ごすのである。
後ろの方から話し声が近づいてきた。見ると手に帚を持った職人である。大学の小使いなのだろう。三四郎の近くで立ち止まると椎の幹を見上げていたが、「まだあったな」と一人が言って仲間に指し示した。その方を三四郎も見るとピンク色のみみずのような粒が幹にへばりついている。
「大分注意して片付けたんだが、まだ見落としがある」と言いながらその大学の用務員は帚で幹からピンク色の小粒を払い落とした。
もう一人の仲間はそれを見ながら大分大きな音がしたって、と訊いている。
「ああ、すごい爆発音がしたよ、守衛室まで響き渡ったからな。朝の四時頃だったな。雷で落ちたのかと思ったが、懐中電灯をつけて駆けつけて池に降りて行こうとすると、手前にある道路に首が落ちていたんだ。驚いたのなんのって」
「すざましい威力だな。ダイナマイトかな」
「なんだか知らないけどよほど強力な爆薬だったらしい。そいつを自分の腹に巻いて自爆したんだろう」
「戦争中に使った肉弾戦車攻撃用の爆薬かな」
「なんだかしらないけど、首だけ千切れて上の道路まで吹っ飛んだ」
「何メートルぐらいあるかな、そこまでは」
「さあな、数十メートルはあるだろうな」
「あとの身体はどうなった」
「粉々になってそこら中の木に飛び散っていた。まるでハンバーガーの細切れ肉を大量に木の枝に叩き付けたみたいな状態だったんだ」
聞いていた三四郎は驚いて座っていた岩から立ち上がると二、三メートル離れた。
説明していた方の用務員は三四郎が座っていた岩を指差しながら「この上でやったんだ」といった。
それにしては血のあとはないな、と相手がいうと奇麗にそうじしたからね、ほら岩にヒビが入っているだろう」と岩の上を示した。ちょうど三四郎が腰を卸していた当たりで岩が幅4、5ミリに割れて裂け目が1メート以上続いていた。
職員たちは来た道を上って引き返して行った。「自殺か」
「そうだろうな、警察が調べるだろ」
「検死は簡単だな。すぐそこに法医学の解剖室があるからな」
というと二人の笑い声が三四郎の後ろから聞こえて来た。
「夕刊には出るだろうか」
「まあな」
二人は坂を上りきり道路に出たのか会話は聞こえなくなった。