穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

参漱石つれづれ

2011-05-20 23:01:13 | 書評

漱石の活動期間は十年ほどだが、最初の二年間を除き、その小説はすべて朝日新聞の連載小説である。いま、新聞の契約作家と言うのがあるのかどうか知らないが、漱石は朝日の社員になってその仕事が連載小説を書くことだったのかな。

漱石は律儀だったのだろう、朝日新聞に招聘されて一生懸命書いたのだ。お抱えと言っても勿論あれだけの仕事をその中で実現したのだから偉大だが、朝日のために(売り上げのために)という顧慮が常にあったことは間違いない。

当然文学作品としても最高のもの、創造性に富んだものという芸術的目標と朝日の売り上げ貢献と言う水と油のような二つの目的を両立させようと8年間も神経をすり減らしたわけだ。胃潰瘍が悪くならないほうがどうかしている。

それがために生来の神経衰弱が嵩じたという側面は否定できまい。それに書きためておいてから分割して新聞に連載するというならともかく、毎日の締め切りに追われながら書くと言うことは神経をすり減らす仕事だ。このこと、すべて新聞の連載小説を書き続けたということも胃潰瘍を悪化させた主要原因だろう。

書きなおしは利かないわけで、よほど神経を使って書くことになる。出たとこ勝負でヒョイヒョイと書き飛ばしていくような作家ならともかく、すべてこのような新聞連載という条件で芸術性の高い作品を書き続けるのは大変なことだ。漱石のほかにこのような新聞作家がいたのかな。一作や二作なら書いた小説家はいるだろうが。

これは「漱石学者」が調べることだが、単行本にするときに新聞連載を大々的に書き直したということがあるのだろうか、興味のあるところだ。漱石の読者に対する律儀な倫理観からするとないような気がするのだが。

漱石と言うと、病理学的な興味は精神医学的、心理学的なものが多いが、特殊な執筆環境という側面からアプローチすべきだろうね。