穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

哀悼ディック・フランシス、「飛越」

2010-02-20 08:47:15 | ミステリー書評

先日DFの訃報があった。享年89歳、ご冥福をお祈りする。

さて、今回は66年物、「飛越」。お話は馬匹航空輸送業者と厩務員のはなし。

舞台は馬の航空機による国際輸送。出てくる飛行機は古い順に、DC4、B707。あえて蛇足を加えれば前者はレシプロ四発エンジン輸送機。旅客機仕様では60人のり、馬匹輸送では大体8頭くらいらしい。第二次大戦末期就航。

B707はジェット旅客機第一世代。DC8とともにジャンボが出現するまで航空輸送の主力機である。

馬匹の輸出入業務というのは当然日本にもあって、かっては野崎産業だったかな、そんな名前の専門業者がいたが今でもあるのかな。大手商社も参入しているはずだ。

イギリスはさすが競馬先進国で小さな業者が沢山あるらしい。舞台はその一つの会社で馬匹輸送と言うのはかくれみの、実は共産圏(らしき)国のスパイを密出入国させたり、密輸をしたりしている。通関、入管の盲点をついている。日本にもあてはまりそうだ。

しかも、欧州やアメリカと頻繁な交流があるから日本と違って大量の馬が行き来する需要があるわけだ。

国際馬匹輸送に添乗する厩務員というのはフルタイムとパートタイム(普段は陸上の厩舎の厩務員)とあるらしい。主役の厩務員に金はあまりないが、伯爵の息子がなる。かれは障害競馬の騎手で大レースにも勝つ実力がある。その上、自前で事業用航空機の免許も取得している(その程度の財力はある)。

それが上流階級に反感を持っている下層階級の厩務員といざこざを起こすという設定。

この布石は基本的には彼の「興奮」でつかったものだ。興奮ではオーストラリアの成功したブリーダー(生産牧場主)がイギリスの競馬不正を暴くために厩務員に紛れ込む。

ただ、飛越のほうは自分の意思で厩務員になった。この辺の描写が前半だが、動機が不自然で弱いだけに筆はもたついている。彼が仕事を何回かしているうちに不正に気がつくと言う寸法である。

彼の後年の作とは違い、前半もたもた、後半充実である。200ページあたりから別人が書いたような感じになる。DFには珍しく純愛物語(といってもプラトニックじゃない)があるが、これも後半筆に粘りが出てくる。

付録:

1.この小説に限らないがDFの描写に馬の匂いの描写がない。とくに本作では狭い気密された機内で大量の小便を垂れ流すであろう(そして馬糞も)馬と同じ空間に長時間いるにも関わらず、匂いの描写がまったくない。不自然じゃないのかもしれない。輸送前には馬に水をまったく飲ませなかったりして。

2.DFは黒髪フェチであることは間違いない。飛越の相手はイタリア娘だから黒髪でもいいが、イギリスの女性でも小説の中でDFがポジティブに描く女性は黒髪、黒い瞳である。あちらではマイノリティだからなのか。DFではとくに目立つ。本作では二人が最初に出会う場面で黒髪だけでなく、黒いドレスを着せている。黒フェチだね。彼の奥さんはどうたったのかな。

3.フランシスはパイロットだと前に書いた。かれが航空機を舞台にした小説はこの「飛越」と「混戦」だという。次回は混戦を読んでみよう。