min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

上田早夕里著『華竜の宮』

2012-09-04 09:57:46 | 「ア行」の作家
上田早夕里著『華竜の宮』早川書房 2010.10.20 第1刷 
2,000円+tax

おススメ度:★★★★★

1973年、日本のSF小説界の金字塔とも言える小松左京著「日本沈没」が刊行されはや40年弱が過ぎた。その後2006年には谷甲州氏との共著というかたちで「日本沈没 第二部」が出されたのは記憶に新しい。
「日本沈没」は日本という国土そのものが消失した後、日本人はいかにして生きてゆくのか?というある意味ドメスチックな世界を描いた作品だと思うのだが、作者の上田早夕里氏は更に世界人類規模にスケールを広げ、我々が想像もしなかった未来世界を提示してくれた。
25世紀、人類はかって経験のしたこともないような厄災を迎えた。ポリネシア・ホットプルームの上昇により大規模な海底隆起が発生。地球規模で海面が約260mも上昇することによってほとんどの陸地が海面下に没した。
それまで繁栄を極めた大都市は海中深く沈み、過去の遺跡と化してしまった。ちょうどハリウッド映画の「ウォーター・ワールド」のような世界である。
世界中の政府は人類という種を生存させるために、科学技術に関する従来の倫理規定を捨てる覚悟をせねばならなかった。

<環境適応のため、地球上のあらゆる生物に、人為的に改変を加えることを容認する。この『生物』の定義には、全ての人類も含まれる>

結果、陸上民は従来の人類と大差ないかたちで生きたが、海上民は激変した。
その一番大きな変異は“魚舟”の存在であった。海上民は人間の子とこの魚舟が一対で誕生し、魚舟はいったん家族・構成社会から離れ大洋へ旅立つ。やがて成長して戻って来た時、片割れの人間と邂逅して互いに一対の子として認識出来て初めて人間と魚舟の海洋での生活が始まる。片割れと邂逅出来なかった魚舟は獣舟に変容し、陸上民ばかりか海洋民へ敵対する害獣と化す。

世界は幾つかの“連合国家”に分かれて陸上民がそのへゲモニーを握るのだが、やがて海上民との対立が激しさを増す。
本編の主人公である青澄は日本政府外務省所属外洋公館の公使。権限はほとんどないが対立の最前線での実質的調停役をになう。
陸上民と海洋民との対立が激化する中、海洋民の大きな船団を束ねる女性長(おさ)ツキソメの存在が重要となった。
人類を襲う最終的な危機の到来が予測され、その危機を乗り越えるにはツキソメの生体構造の解明がどうしても必要とされた。

ところで、本編の主人公は上記の青澄とツキソメであることは明らかなのだが、本編の語りは青澄のアシスタント知的生命体であるマキの口を通して“僕”という一人称で語られる。何故こんなかたちで語られるのか最初から疑問に思いながら読み進んだのだが、その答えは最後になって用意されていた。
「人類はここまでして自らの種を未来へ残さねばならないのか?その意味はあるのか?」という作者からの問いかけみたいなものがあるのだが、読者は各自考えこんでしまうことだろう。
僕は「日本沈没」の中で、ある老政治家が「日本人は日本という国土があってこそ日本人であるのだ。国土が沈んで無くなるのであれば、日本人も共に滅びたほうが幸せではなかろうか」とつぶやく場面を思いだした。
本作でも日本人を人類全体に置き換えれば、同じ感想を抱いてしまった。