散歩者goo 

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「OneNote2016」に更新するとOffice15が現れワード・エクセルのソフトが消去されていた。(追)

2015年10月16日 11時46分00秒 | ネットSNSマスメディア・情報マスコミ
昨夜マイクロソフトから「OneNote2013」のソフト更新があったのでOKした。更新に30分近くかかった。その後新しいアイコンOneNote2016が作られていた。そのアイコンをクリックすると通常のノートが出てきた。その後下のバーにOfficeのアイコンすべてがなくなっているのに気づいた。
仕方なくエクスプローラーからいつも使うファイルを出してクリックしても動作しない。
プログラムファイルを開いて調べるとOffice15 Office16の新しいフォルダーがありOffice13は消えていた。
エクセル・ワード・アクセス・アウトルックが使えなくなり今もその状態だ。

「設定」の「更新とセキュリティー」のWindowsUpdateを見ると、昨夜は「アップロードに失敗が後で更新します」の意味の表示があったが、今朝は「最新状態です」の表示。
とにかくマイクロソフトの設定ミスか、外部からの侵入でOffice2013が削除されたようだ。ただ、昨夜も今朝も「更新とセキュリティー」の「回復」のページの3項目に、説明やリンクもあって、最新のソフトを利用することができますのボタンも出ていたが今はなくなっている。(最新版のテスト用ソフトの意味に受け取った Office15・16?。)

エクスプローラーに残されている、Office15 Offfice16 PackageManifests  root  Updatesのフォルダーはすべて2015/10/15 21時20分から45分の間に更新されていて(こうしたフォルダーやファイルも初めて見た。)、その他AppXManifest FileSystemMetadataのファイルも同時期更新されていて、その時間帯はOneNote2016へのの更新時間でもある。

こうした事態が起きて、今メインで使っているこのパソコンのワード・エクセル等のOfficeが使えず機能不全になっているので、記録を保存することすらできないので、今起きている事態をここに公表しに記録として残す。
当分、この事態の処理に手を取られそうだ。

今起きていることが、マイクロソフトの手違いなのか、外部からの侵入による嫌がらせによるものなのかだけでも知りたい。
ちなみに、ウイルス対策ソフトは「ノートン」の「インターネットセキュリティー」を使っていて、正常に動作しているとある。

追記(20151016 11:45)
現在のスタート画面の「すべてのアプリ」の中に、「Microsoft Office 2016ツール」のアイコンがあり、それをクリックすると「Office2016アップロードセンター」のアイコンが現れる。
それをクリックすると、「アップロード保留中のファイルはありません」とあり、「クリックすると、最近アップロードしたファイルが表示されます」とあるのでクリックすると、空欄になっていた。
アップロードセンターの表示はマイクロソフトの正式のものとみえるし、上の各種表示(例:設定やビュー)も動作する。
しかし、現在2015年であるのに、「Microsoft Office 2016ツール」アイコンを入れることが、おかしいし、それをクリックすると「Office 2016アップロードセンター」や「Office 2016言語設定」まで表示されるのは、とても外部から侵入したハッカーの仕業とは思えないし、ハッカーなるそこまでする必要はないだろう。
スパイウイルスにしてもどうようで、ここまで手の込んだことをする必要がないと思われる。


20170608追記
この記事を自選ブログ集に投稿し、自選ブログ集へのリンクを貼るため編集画面を開くと赤文字で「fentry_date is before 2 day」と「自動保存された記事データを復元しました。」の表示が出た。投稿日と20151016以降、今日(2017年6月8日)までこのページを開いたり修正したことは無い。しかもこの文章を打ち込んでいる最中、「 」内の2つの文章が消去されたので、すぐに思い出して打ち込んだ。この問題は、情報機関問題とも絡んでいるのではないかと思われる。ほとんどのネット情報がアメリカの情報機関のスクリーニングを通して運用されていた事実は今も生きているのかもしれないと想像したりする。(最近NSAその他情報機関のネットでの情報収集はマスコミでも大きく報じられたし、アメリカのロシアゲートでの選挙戦での民主党陣営へのネットハッキングに関して、某ネットセキュリティー会社が詳細に分析しロシアと特定している。国家・軍レベルのネット戦でアメリカのセキュリティー会社の某社が活躍していることに注目している。多分某社ならどこにでも侵入しネット工作が可能なのではなのかもしれない。スノーデン氏は、マスコミのインタビューに、日本がアメリカから離反した場合に備え、日本の基幹インフラをすべて停止させるプログラムを組み込んだ、と証言していることからも、そうした可能性は考えられる。)


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昨日記151014水(PCのTV異常でネットワーク切断 ジムランニング)

2015年10月15日 18時43分46秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴れ  最高/最低℃ =23.4  13.5
水曜日は、朝からPCとタブレットのネットワークがおかしくなった。
そのため、ネットワークをホーム化したりいろいろ試行錯誤したがうまくいかなかった。
さらに、PCで見るTVの調子もおかしくなった。
音声が断続的になるのだ。
どうやらPCの処理能力を超えて、PCの情報とTVの情報がwi-fiを通じてメインPCとタブレットの間の情報のやり取りをし、そのバケット(情報の塊)のやり取りで障害が発生していると推測した。
そこで、すべてのネットネットワークを切断した。
その結果、ネット上のTVは昼過ぎになって、やっと正常化した。
タブレットとメインPCは、後日再度ネットワーク化する予定だ。

トラブル処理のため、遅い昼食後、一昨日の昨日記を仕上げた。
夕方になり、副食がなくなるので食材の買い出しに出かけ、帰宅後ジムに行った。

ジムではランニングを行った。
10月10日から時速9.4kmから9.6kmに変更し、10日はかなり披露した。
昨日は、ある程度無理を承知で、時速9.6kmのトレーニングを行った。

ランニングの記録は、下記の通りで、時速9.6kmのランニングと時速5.0km1分間の歩行を交互に休みなく行い、トータル30分間・走行距離は4.5kmだった。
8-1-8-1-8-1-3  (最後は時速9.6km3分間)
走行中は、最後は息が切れたが、足の疲労はほとんど感じなかった。
走った後は、強い疲労を感じ、限界に近かった。
しかし今日(10/15)は、足や体の疲労は感じられなかった。

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昨日記151013火()

2015年10月15日 17時18分25秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴れ  最高/最低℃ =22.9  16.3
火曜日は、午前中なんとなく疲れてTVを見たり、未記載の日報をつけたりして過ごした。
午後は、昨日記を書いたが、ジムも休みとあって、なんとなく終日気の抜けた一日を過ごした。

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昨日記151012月(タブレットへの地図コピペ スリーコノハナ伊吹拓展 笠間弥路展)

2015年10月14日 16時06分57秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴れ  最高/最低℃ =21.7 14.7
朝から、古くなり、劣化して割れだしたプラスチック製のプランターや鉢を破壊して、ゴミにして出した。
それに伴って、一部の植物を植え替えた。
午後からスリーコノハナに行く予定をしていたので、昼前に食材の買い出しに出かけた。
副食も切らしているので、何食分かは必ず作る必要があり、それに、図書を中央図書館まで返却しに行き、まだ行ったことのないギャラリーに行くと、昼食をまともにとる時間は無さそうだった。
そこで昼食は、缶詰にして時間短縮を図った。

午後からとりあえず、6食分の副食を製造した。
その後すぐにスリーコノハナの場所を調べた。
フェイスブックにはスリーコノハナのページに地図が掲載されている。
今回行くにあたって、タブレットPCを持っていくつもりだった。
しかし、wi-fiスポットを使用してインターネットをできるようにしてあるが、いまだにwi-fiスポットで使用したことがなく、今回もそうした場所には立ち寄らない。
したがってネットは使用できないので、予めタブレットPCにネット情報を入れて置く予定であった。
しかしその方法がわからないのだ。
デスクトップのメインPCでは、キーボードにプリントスクリーンのショートカットキーがあるが、タブレットPCでは、以前から何度か、ネットの地図を、ワードファイルかノートにコピペする方法を試していたが、何とか部分的にコピペできるようになっていたが、ネットほど満足のいくものではなかった。
大阪市立中央図書館には、4時50分までには入場する必要があった。
時間的にじりじりと限界の時間が迫る中、タブレットでの画像のコピペの方法さえ思い出せず、焦っていた。
結局何とか、コピペに成功しタブレットに地図の画像を挿入して、そのタブレットをもって出かけた。

スリーコノハナは初めて行くギャラリーだ。
阪神の千鳥橋で降りたが、タブレットの地図を見ながらギャラリーの場所を探す。
地図を読むのは慣れているのだが、グーグルの地図はコピペできず、FBの簡単な地図を見ながら、かなり迷い駅の前や、陸橋でかなり時間をとった。
とりあえず広い道路を歩いていくと、すぐにスリーコノハナを発見したが、そこはスリーコノハナの事務所と思っていた。
その先に進んでもギャラリーらしきものは見えないので、とりあえず事務所で聞こうと思い、ドアを開くとその中が、ギャラリーになっていた。

ギャラリーでは伊吹展が開催されていた。
作家の伊吹拓氏と話しすることができた。
抽象画の対策がずらりと並んでいた。
どれも非常に力強い作品で、複雑な構成をしていた。
フォルムを作らないが、かといってストロークだけでもなく、多様な色面も含む様々な要素を含んだオールオーバーな作品である。
線は非常に強い躍動感がある。
解説で語られている『「画面を超える」イメージ』の意味もうなずける。

最近、抽象絵画や現代美術に関して考えることが多くなり、時にすべての価値観を疑って考えることもあり、作品と対峙するとき解説があれば、ほんとかなと思うことも多い。
実はトップクラスの現代美術評論家さえ、作品の評価で意見がかなり違うことも多いし、信じられないことだが、哲学的または美学的専門用語でも違う意味、文脈で語っている場合があるのだ。
そうした事実をシンポジウムの記録でお互い指摘しあっているのを発見して驚いたし、美術の評価も特に現代美術の場合は、そういった不確定な要素がかなりあることが多いようだ。
私は評論家の話は参考にするが、すべてうのみにすることはなく、常に半ば疑いながら見聞きしている。
時には作家さえも、取り繕っている場合も多く、海外では認められるために評論家や学芸員の意見に沿う形で作品作りをする作家もいると聞く。(初めから、他者とコラボしてコンセプトを考え作品作りをする場合は別である。)
たぶんいつの時代も言えることだが、美術に限らず芸術全般、その時代の評価と後世の評価は違うということが多い。
音楽家でも、現在音楽史上大作曲家と言われる人たちが、不遇のうちに死んだ人も少なくない。

スリーコノハナでの個展を見終えた後、伊吹氏から野外展示「ねどこ」があることを紹介され、先に行っていた人に合流して、3-4枚の大作が並べられている「ねどこ」を見学したが、日も暮れていたのが残念であった。
その後、笠間弥路さんの個展「- Swimming -」が開かれている、ギャラリー・アトリエに行った。
この日は、まったくなじみのない地域の、始めていくギャラリーと人々にかなり緊張した。

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昨日記151011晴れ(中学校同窓会・京都)

2015年10月13日 19時15分51秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴れ  最高/最低℃ =23.2  16.3
朝から中学校の同窓会に参加した。
毎年秋に、行われている。
自己破産の前後は、数千円のお金もなく、参加しない時期がかなりあったが、自己破産後生活も低水準ながらも安定し、参加するようになった。
集まったのは9人で千葉からも来ていた。
足の弱った人もいるが、杖を突いている人はいなかった。

メイン会場は、蛸薬師、鞍馬街道にある、おしゃれな町家風の一の傳で、メインは西京味噌漬けだ。
阪急四条河原町に集合してから、おしゃれな店の立ち並ぶ路地を通って、寺町に入り、錦小路を抜けて、会場に入った。
料理も、サービスも、雰囲気も良く、京都の良さを満喫した。
食事も、お酒も十分楽しみ、よもやま話に花が咲き盛り上がった。
しかし驚いたのは、話題の中に墓じまいの話でも盛り上がったことだ。
10年ほど前は、病気のことで盛り上がっていたが、ついに墓じまいまで出てきた。
いろいろ話を聞くと、それなりに大変な問題らしい。
みんな元気なのに、そういう問題も出てくる年なのだと思った。
美人も美男子も人間誰もが、間違いなく老いて死ぬ。
その間に、墓の継承といった問題も出るし、子供たちとの意見の違いも出る。
子供が、年を取れば、同じような問題に気付くのだろうが、親の心子知らずである。
私は、所帯を持ったことがないので、残念ながらそうした苦労は十分わからないし気付かないが、言われれば想像がつく。
しかし私は、今年71歳になるが死ぬころには、平均寿命は100歳を超えていると思っていて、年をとっても活発に運動できる、しっかりしたアクティブシニアが増加していると考えている。
それでも、この先どんな老後が私に待ち構えているのか、多少不安でもあるが、なるようにしかなるまい。
とにかく今は、ジムに通い健康や体力を維持増進することが大切であると思っている。

昼の宴会後は、錦小路を散策し、予約してあった甘党喫茶で抹茶中心のお菓子屋飲み物を楽しんだ。
四条近くで解散したが、ほとんどの人がオプションで祇園周辺を歩き、八坂近くの喫茶店でお茶を楽しみ四条で解散した。

連休とあって、歩いたコースはどこも人があふれていたが、特に錦小路は心斎橋並みの込み方だった。
京都はなじみの町で、若い時からいろいろ歩き回っていて、観光名所とかは知っているつもりでいたが、近年の観光ブームでおしゃれな店も多く出来て魅力も増し、今回の京都での同窓会では、京都のおもてなしの魅力を知り、京都が世界で最も訪れたい観光地になる理由がわかったような気がした。
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昨日記151010土(TV録画機能故障 副食作り ジム・ラン時速9.6km)

2015年10月13日 18時18分49秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
曇り  最高/最低℃ =22.7   15.4
9日の昨日記に、10月10日のPCネットお気に入り設定不良のことを書いたが、午後になって副食作りをしながら、PCでVTRでも見ようとリモコンを操作すると、過去に録画番組したファイルがすべてなくなっているではないか。
もう、これは一大事と、副食作りの作業そっちのけで、私にとって大事な録画番組の復旧に取り掛かった。
といってもどこをどう触れば回復の見込みがあるといった知識は持っていない。
とりあえず、こういう困難に遭遇するときの常套手段でもある、ありとあらゆる設定を触っって、その反応から手がかりをつかむという手法を行ったが、これといった手がかりはつかめなかった。

ところが、フォルダーを見ると、今使用中のデスクトップ型のメインPCはNECなのに、東芝のタブレット関係のTVフォルダーのアイコンががあるではないか
明らかにタブレットPCのソフトがネットを介して入り込み、メインPCのフォルダーを変えたようだ。
吉と出るか凶と出るかわからないままに、とりあえず東芝のアイコンを消去した。
その後も解決に結びつく手がかりは得られなかった。

ついにプログラムファイルのホルダーやアプリをひとつずつ見て、解決のヒントを探った。
わずかな手がかりをもとに、少しずつ、録画ファイルではないかと思われるものを見つけたり、そのアプリケーションファイルを探しだしたりした。
そのアプリケーションファイルをクリックすると、スマートビジョンのコントローラは表示されるが、
まず、コントローラの画面には、分類フォルダー欄には私が作成した分類フォルダー名が、そして個別タイトル表示欄には、分類フォルダー内に収蔵されている録画放送のタイトルが表示されるのだが、今まであった分類フォルダーも録画ファイルもすべて空白だった。

今までそこに大量に入っていた分類欄や番組欄のタイトルが全く空白になっているのを見て、改めて絶望的になり、録画されたものが消去されているのではないかと不安になった。
しかし、録画ファイルではないかと推定しているものには、それなりのデータ容量が記録されていたので、録画した番組は保存されているのではないか推測した。

そこで、番組ファイルらしきエクスプローラー上のフォルダーを、コントローラ画面に張り付けると番組名が現れた。
その後、その番組名のファイルをクリックすると録画番組が再生された。
録画ファイルのフォルダーらしきものと、スマートビジョンのコントローラアプリとの関係を見つけた瞬間だった。
どうやらフォルダーと、コントローラとのリンクが、その朝のプログラム更新ですべて切断されたらしい。

録画コントローラの不良原因を突き止め、ひとつずつコントローラと大量のフォルダーのリンクを接続していった。
その後、改めてリモコンや画面上のコントローラを使い、ビデオ再生の動作を確認し、すべて元通り正常に動作することを確認した。

完全に絶望的であきらめていた、録画番組の再生不良を、まったく資料もなくよく完全に復旧出来たと我ながら感心した。
念のため、NECからのプログラムアップデートをクリックしプログラムファイルを最新のものにした。

ホット一息つく間もなく、この複雑な作業のメモを昨日記原稿にして、この原稿の一部になっている。
休む間もなく、最低限、夜食の副食がないので副食作り無くなって666666666666666いるので副食作りを継続し夜食を作った。

翌日は同窓会でジムには行けないので、ジムに行きランニングを行った。
時速9.6kmで30分間走り、その間1分間の休みを4回とり、約4.5km走った。
先週まっで、やっと時速9.4kmでトレーニングしていたが、9.6kmでのトレーニングは夏以降初めてのため、覚悟はしていたが苦しかった。
そのうち、何とか9.6kmで走れるようになるだろう。

帰宅後は、副食作りを継続したが、夕食は12時近くになった。

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昨日記15109金(エッジのお気に入りトラブルとPW要求 特記なし)

2015年10月10日 13時39分09秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴  最高/最低℃ =23.9   16.4
今朝(1/10)PCを開くと、ウインドウズの起動がおかしい。
そのうちにマイクロソフトからのお知らせのポップが出て、ソフトの更新が終わりましたとある。
いつものようにネット(エッジ)を開くと、おかしいのだ
画面が初期化され、お気に入りのツールバーがなくなっているではないか。
時折マイクロソフトは、余計なこと?をしてネットを初期化することがある。
以前にも何度か経験し、混乱し、元の操作レベルに復旧するのにかなり時間を費やした。

今回も、お気に入りのツールバーのコンテンツが初期化されると非常に困り、一から入れなおすと一日仕事にお気に入りバーのグーグルからのインポートの処理を行った。
(以前にもこうした経験があるので、ブラウザはマイクロソフトのエッジとグーグルを両方使用するようにしている。こうしておくと、どちらかがトラブっても他方が使えるのだ。)
インポートされグーグルのお気に入りのアイコンが、エッジのお気に入りバーに並んだ。

何かおかしいのでよく見ると、使用頻度の低い順に並べているではないか。
そのまま操作しても、順序は固定されたままであった。
そこで右端上の「・・・」をクリックしドロップリストの下の設定をクリックをしたりし試行錯誤の後お気に入りの星マーク右の三本線のマークをクリックしてお気に入りを出すと、お気に入りサイトのアイコンの位置(序列)を変更できることがわかり、お気に入りバーのアイコンの配列をずべて変更し、グーグルのお気に入りバーと同じ配列にした。

マイクロソフトとグーグルはライバルなので、このような企業間同士の嫌がらせは多くある。
しかし、消費者にとれば迷惑な話しだ。
再度、使用ブラウザを、グーグルに戻そうかとも考えた。

お客様あっての企業で、企業競争のために、顧客に不便をかけるなんて間違っている。
今回のソフト更新は、PWの必要なサイトすべてにPWを再入力する必要があり、FBやこのブログやデジタル朝日をはじめ、順次サイトを開けるたびに、PWを要求されるので大変だ。

昨日は、昨日記2本やブログを書き、夕方から夜にかけては、ジムに行くことも考えたが足が疲れていたので、いつもの店でコーヒーを飲みながら考古学関連の本を読んだ。

今、これを投稿しようとすると、先日変更されたブログのカテゴリーの「ブログ」がなくなり、元に戻っているではないか。
ウインドウズ10対応トラブルがまだ続いているのだろう。
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昨日記151008木(居間の清掃 副食 ジム・筋トレ)

2015年10月09日 16時19分50秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴  最高/最低℃ =24.4   14.7
昨日は、朝から清掃を行った。

TVを見たり食事をする6畳間の居間は畳敷きであるが、そこは物で埋め尽くされた状態に近かった。
その居間の一部を片付けたのだ。

片づける前の状況は、居間の隣家との境の北の壁には、ギャラリー時代から使っていた2つの事務机の一つを持ってきて北壁に置いてあり、その前には食卓代わりのやぐら炬燵が年中置いてある。
南の壁にはタンスや脇机が置いてありその前には、古本を入れたコンテナを並べており、更にその前に積読の本やテキストや新聞が4-50cmほどの高さで大量に積んである。

結果的に、6畳の居間には、玄関から3畳のフロア敷きの書斎兼寝室を通り、6畳の居間をから裏庭の廊下につながる通路が一直線に出来上がった。
6畳の間の通路の幅は70cm前後で、その南北は本の類や机や家具ややぐら炬燵に占領されている状態だった。
当然、居間ではゆっくりくつろげるスペースもなく、以前からなんとか片付けなければと思っていた。
昨日朝、ゴミ出しをきっかけに自分がTVを見るための席にしている部分から片づけ始め、順次そのエリアを南側の積んでいる本を整理し始めた。
片づけ整理をしながら、たまったほこりを丁寧に、掃除用ウエットティッシュを使い拭いていった。
そして、その中の不要な大量の展覧会の案内はがきやギャラリー時代に購入した雑誌や本を選び出し、2週間後のゴミの日に捨てるよう、準備した。
その作業を昼過ぎまで行い、その結果6畳の間の通路を1mまで広げることができた。
今後ともこの作業を少しずつ、不定期で継続する予定である。

普段から、週に何度か、コロコロや、スイーパーを使い掃除しているのだが、積んであるものを取り除け丁寧に掃除をすると、大量のたまったほこりをふき取ることができ、もっと丁寧に掃除する必要性を感じた。

午後からはとりあえず1日分の副食づくりを行った。

夕方からジムに行き、筋トレを行った。
1週間ぶりなので、一部記録が少し落ちたが、1-2週間で回復するだろう

ジムから帰宅後、京橋のスーパーに行き、必要なものを購入した。

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昨日記151007水(会計処理 ジム・ランニング時速9.4km30分休み3分 )

2015年10月09日 13時17分25秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
昨日の訪問者数は、53名で最近での最低記録だった。

さて、一昨日の水曜日は、午前中遅れていた昨日記を2本書き、ニュースメモを1本書いた。
今までニュースメモを書かかず、その代り昨日記の中でニュースに触れることが多かった。
昨日記の中にニュースを滑り込ませると、文が長くなるし、主なニュースで過去に何があったか調べるときに、昨日記の中のニュースでは、非常に調べにくい。
そうしたことも勘案して、ニュースは単独で書くことにし、昨日記の記載に費やす時間を削減しようと考えている。(以前もそのつもりでニュースメモのカテゴリーを作った。)
ということで、今後主なニュースは、ニュースメモとしてのジャンルで書くことにする。

午後からたまっていたレシートの記帳を行った。
レシートは6か月分貯めていたので、記帳処理はなかなか進まない。
3時間程作業を進めたが、残りは後日定期的に処理したい。

夕方からジムに出かけランニングを行った。
時速9.4kmで30分間走りそのうち3分間歩行も含め休んだ。(1分余り靴紐結び直し)
約4.4km走った。
ランニング後の疲労はあまり感じなかった。
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訪問者数・自己表現のかかわりと ブログ・ホームページとSNSの構造

2015年10月09日 12時01分03秒 | ネットSNSマスメディア・情報マスコミ
10月8日の訪問者数は、53名で最近での最低記録だった。
このことは、多少気になったので、改めてこのブログと訪問者数のかかわりを、自分なりに問い直してみた。

以前にも何回か触れているが、ブログ「散歩者goo」は公表を前提にしているが、このブログは読者数を気にせず、自分の好きなように書くことコンセプトにして来たので、少ない読者であっても問題ない。
とはいうものの、読者数が多いと書くのに張り合いがあるのも事実だろう。

ところが、読者に積極的に迎合することはないという姿勢、即ち読者が少なくても問題がないという考えは、読者が多いと張り合いが出るという本音と、全く矛盾している。
なんとなく、負け犬の遠吠えのような感じがする。
どちらにも徹することができない自分の弱さが出ている。

ほとんどの人間は、矛盾だらけの動物だと思っていて、私もその一人と思っている。
そうした弱さを認識しながら、時に人気取りに傾き、時に我儘に(言い換えれば無策に創造性のないまま現状維持に)進めるのだろう。
しかしこれを書きながら、今他の道もあることに気付いた。
読者を意識するのでもなく、無策に現状維持するのでもなく、自ら作りたい世界を創造し、それを発展させていくことだ。
多分これからは、上に掲げた3つの世界をさまよいつつ、進むのだろう。
時に読者や時代の流れに合わせ、ある時はなんとなく怠惰に無策に、ある時はそれが何かわからないが、自ら思う世界らしきものを紡ぎ出す。

私とすれば、ブログを書くのが仕事ではないので出来るだけ効率的にブログを書き、自分のしたいことに時間を使うようにしたいと思っているが、時にブログ書きが自己表現の手段であり生きた証でもあることも事実だ。(ほかにやりたいことと、同等またはそれ以上の価値を認める?)

しかし、現実には、ブログ書き以外にも、SNSにも場合によりブログ以上に時間を割いている。
SNSには、他人からの推薦記事(「いいね」やリンク記事に対してのコメント)に読み応えのある物が往々に含まれていることが多い。

だが、これは受動的かつ刹那的であり、他者の意見に対する反応であって自らの意志で動いたものではないが、そうしたものに対するコメントは、それなりに自らの受動的意思表示・表現でもある。

ならば単独でSNSに意見を投稿しても、積層する無数の投稿に埋もれ、いずれ時の流れに消えてゆき、記録として残りにくいし、自分の投稿のみ取出してみても、その内容は、たとえ残すべき自己表現が含まれていても、文章も短く十分表現されないであろう。
何より社交儀礼や挨拶やお付き合いや遊びの文言が大量に含まれ、玉石混交であり、顧みることは少ないし、その中から残したい文章を拾い出すことは非常に難しい。

ブログやホームページでは、投稿時訪問者が少なくても、後日その記事が閲覧されることがあるし、私もそうしたことを、体験している。
このように見ると、SNSはあくまで社会とのコミュニケーション手段で、日常会話でしかないようだ。
その時々を記録する自己表現を望むなら、はやはり訪問者数に関係なく、ホームページやブログとなると思う。

余談になるが、記録されたホームページやブログも、環境の変化で機械的にサーバーの都合で消されることもあるので、最後は自分の記録媒体に保管しておくことは大切だ。
SNSで意見をのべ、その中で自分の表現として残したいものは、一般的に行われているように、ブログやHPにエッセイや一文を書き、SNSにその概要を書いてリンクを貼るのがよいようだ。

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ニュースメモ1510―05・06火(ノーベル賞に大村智氏・梶田隆章氏 TPP大筋合意 )

2015年10月07日 11時39分08秒 | 注目ニュース・短感(ニュースおよび短評・感想)
10月5日 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の閣僚会合で大筋合意を発表。
10月5日 ノーベル医学・生理学賞に北里大学特別栄誉教授大村智氏が選ばれる。オンコセルカ症やリンパ性フィラリアの特効薬である「イベルメクチン」の元である「エバーメクチン」を土壌の微生物から発見した。
10月6日 ノーベル物理学賞に東京大学宇宙線研究所所長梶田隆章氏が選ばれた。素粒子「ニュートリノ」に質量があることを、観測施設「スーパーカミオカンデ」での観測で証明した。
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昨日記151006火(有償ボランティア)

2015年10月07日 10時58分15秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴  最高/最低℃ =25.4   15.4
ここ4―5日前から、最高気温が25℃を切ったり最低気温が15度台になり、半袖では肌寒く感じるようになり、ついにワイシャツを羽織るようになった。
それまではTシャツのみで過ごしていたが、クレープの下着も付けるようになった。

昨日は初めて有償ボランティアに行き、清掃作業を1時間半ほど行った。
現地の依頼者さん宅の前で、待ち合わせをし、市民活動センターの担当者の方と一緒に、依頼者さんのお宅を訪問し作業を行った。
作業終了後、市民活動センターに行き、報告書を渡し報告して、作業完了である。
少し近い形態の事業であるシルバー人材センターの場合は、個人の請負契約の形態なので、一応プロとして働くし、それなりの最低賃金は保障されていて、労働報酬(給与)は人材センターから支給される。るが、有償ボランティアは、賃金ではなく、依頼者とボランティアの直接取引であるがお礼の金額は決められていて、最低賃金等とは、無関係の一律の時間による謝礼金である。
賃金が目的の労働を考えるなら、賃金の高いアルバイトやシルバー人材センターで働くべきだろう。
このシステムは、障がい者や低所得者の依頼者にとっては、いろいろメリットがあるだろうが、ある程度所得のある依頼者が、安い労働力を使うという意味で利用される可能性もあり、防止する必要があるかも知れない。
事務所で報告を終えると、昼を過ぎていた。

午後からは、食材の買い出しと副食作りに追われ、寝る前までに30%程度完成させた。

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昨日記151005月()

2015年10月07日 10時20分41秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴  最高/最低℃ =21.9   15.4
午前中タブレットPCでTVを視聴できないか調査。
メインPCとタブレットPCのメーカーが異なるので視聴不可だった。
午後、当座の副食作り6食。
月曜日はジムもなく、自分のしたいことを出来る時間がさらに増えるのだが、昨日記に手間取りずるずると時間を取られた。
昨日記の記載も、以前から繰り返し書いていて、検討もしているが、実施できていない。
マンネリ化であり、相変わらず反省の弁や日常茶飯の状況を長々と書く癖は変わっていない。
改めてメリハリを付けたスタイルに変更することが必要だろう。
他人の目を意識するよりも、自分で読み直しても駄文やマンネリした記述を読み返すのは、時間の無駄であり、その意味でも自分が読んで心地よいフォームや文章を作りたい。

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昨日記151004日(尼崎―芝田町画廊―アートスペースゼロワン・高須健市個展)

2015年10月05日 17時43分44秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴  最高/最低℃ =26.5   15.9
昨日は午後から、尼崎の旧尼崎警察署で開催される、一日だけの展覧会に行く予定だった。
事前に場所はネットで調べた。
JR尼崎駅から南東へ行くと着くはずであった。
そして、タブレットパソコンににその情報を入力し、そのタブレットを持って出た。

JR尼崎駅に着いた。
丁度、社労士関連の会社に3年ほど勤めていた時に、JR宝塚線脱線事故があった年の同じ時期に、事故現場一帯を営業で回っていて、JR尼崎駅周辺も馴染みのある場所だ。
ところが、タブレットの地図を見ると様子が違う。
どうやら尼崎市総合文化センターのある場所は、阪神尼崎ではないかと気付いた。

そういえば、尼崎市総合文化センターの近くでも、同じように営業で廻り、その周辺もよく知っている。
よく考えるとその場所は、阪神尼崎に近くにあり、JRとは、随分距離がある。
改めてタブレットの地図を見ると、色が重なって分かりづらかった、駅名は阪神尼崎とあった。

初めて尼崎市総合文化センターに行こうとしたときにもJRと阪神を間違えた記憶がある。
その後も、何度か尼崎市総合文化センターに行っているが、その場所ではないので、どうやらうっかり勘違いしたようだ。

それを見てしばらくJR駅前の公園で思案した。
阪神尼崎まで歩いて1km以上ありそうだ。
結局、旧尼崎警察署行はやめて、梅田に引き返した。

梅田で降りて近くにある芝田町画廊に出かけ、そこにいた作家と話をした。
作品は具象と抽象をミックスした形の作品だった。

芝田町画廊を出て、地下鉄で中津まで行き、そこから10分鉛歩いてアートスペースゼロワンに行った。
初めて行った時は、道に迷ったが今回はまっすぐに行けた。
アートスペースゼロワンに行く前に、隣のイギリス人女性の経営しているギャラリーに入った。
アメリカ人男性作家の漢字を題材にした作品であったが、正直なところ子供の遊びに近い感じがしたし、これでもアートと呼べるのかなと思った。
ひとしきり、その画廊で話してから、横の部屋の、高須さんの経営するアートスペースゼロワンに行った。

アートスペースゼロワンでは、ギャラリーオーナーで現代美術作家でもある高須健市氏の個展「EUREKA」が行われていた。
高須氏は、毎回スタイルの違ったコンセプチャルな作品を発表していて、本業のデザイナーの仕事をしながら、京都市立芸術大学にも通っている、私が注目する中年に近い作家のひとりである。
ギャラリーは、主に仕事や学校が休みの、土日の営業がメインである。

展覧会は、人類が最初に行った月面着陸の靴の底の形状を再現した履物を作り、これを穿いて床一面に敷き詰められた砂の上を歩くというインスタレーションで、砂は今回のために特別に合成されたという。
壁面には電池とLEDの入った円筒がぐるぐる回っていて、時折発行する。LEDは電池に接続されていない。
とにかく、面白いインスタレーションであった。

夜になって、展覧会を観た人が、高須さんの居室に車座になってパーティーが開かれた。
飲み物は、お茶やアルコール飲料だが、食べ物がすべて宇宙食同等品(市販されている。)であった。
てっきりチューブ入りと思っていたが、具体的な例で言えば、大塚製薬のカロリーメイトに近い感じであった。
それ以外にもコーンフレイクのような食感のものであったり、たこ焼きもあった。
又参加した人が多士済々で、話を聞くのが面白かった。
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昨日記151003土(ギャラリーノマル・片山雅史個展 芸術原論断片 ラグビーサモア戦)

2015年10月04日 13時46分32秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴  最高/最低℃ =25.0   15.5
昨日の昼は、副食がなくなったので、缶詰と冷凍野菜ジュースで簡単に済ませた。
午後からは、当然のことながら、副食を作らなければ夕食も缶詰になってしまうので、副食作りに励んだ。
土曜日なので、通常西天満のギャラリーを見て回る予定であった。
しかし、昨日は夜から、深江橋のギャラリーノマルにも行く予定をしていた。
とすると、副食は一つも仕上がらないままで、西天満に行くことになり、そのまま予定通りノマルに行くと、帰宅は9時過ぎになり、それから副食作りを再開し夜食を作ると、深夜の食事になる。
缶詰の夜食で時間を省略するという方法もあるが避けたい。
その他外食するという方法もあるが、サラリーマン時代は、外食が日常であったが、現在そんな余裕は全くない。(外食は月に数回であれば問題ないが、同様の事態は常に発生している。分相応の生活という自己規制を一度緩めると、外食が常態化する可能性があり、間違いなく家計は破綻する。)

結局、西天満に行くことを諦め、副食作りを継続した。
夕方になって、数食の副食を優先的に完成させてから、ギャラリーノマルに出かけた。

ノマルでは「楽園へ/メメント・モリ 」片山雅史展が開催されていて、昨日が初日であった。
6時から片山雅史 x 建畠晢氏(詩人, 美術評論家)のトークが1時間余りあった。
ギャラリートークが始まる前に、2階の展示室に行き、そこには片山氏の過去の図録もあり、その変遷を知ることが出来た。
作品は、蝶を使ったダブルイメージの作品で、蝶は美しく軽やかに動き回る少女の象徴でもあるという。
その蝶により表現されていたのが、髑髏であった。
そうした意味で、マニエリスム的香りのする作品でもある。
同時に、花が密生して描かれている作品は、フラクタル的要素が強い。
こうしたことは、対談の中で建畠氏も指摘していた。
技術的には、こうした作品が、ペン画ではなく墨と筆で描かれているということに驚かされる。
その他作品の、コンセプトやコンテンツについて論じる所は多いが、きりがないので省略する。

今回の展示でいくつかの大作は9ピース以に分割されていた。
こうした分割して描く作品は、他でも見かけることはある。
そうした作品は、200万円近い価格が表示されていた。
表現上の問題もあるが、ある意味画廊と作家の販売戦略も見えてくる。
こうした問題は、古今東西、芸術活動も経済的側面がなければ継続・存続できないことを考えると、納得せざるを得ないだろう。
無論、経済活動抜きの芸術活動もありで、日本の現代美術では、そうした活動例は一般的に見受けられるが、それはそれで一つの形態として経済的には不遇であっても、芸術的には理想的なのかもしれない。
ギャラリートークではいろいろな話が議論されたが、建畠氏の体験談や考えもいろいろ話されたが、興味深かった。
聴衆から、デュシャンの泉と建畠氏の、最高に素晴らしいと称賛するウォーホールの作品(ゴールデンモンロー?)とどちらが、価値あるのかという質問もあったが、明確な答えはなかった。
私の考えからすれば、この質問自体がナンセンスと思うし、答えられなくて当然と思う。

科学と違い、芸術は価値観で成立している。
同じ音楽でも浄瑠璃(義太夫節)バロック音楽の優劣は付けられないのだ。
即ちそれぞれの分野に、初めから価値観が全く違う、パラダイムが違うのだ。
それぞれの分野の価値観の範囲でのみ、芸術的優劣を決めることが出来るのである。
専門家ですら、こうした原理的なことを理解していない人がほとんどである。

だから、違う分野の評価をミックスして議論する場合、答えが出ないのは当然である。
芸術には、それぞれの分野で、独自の価値観が存在するのであって、価値観の違う者を同じ土俵で評価することは不可能なのである。

しかも、芸術分野においては、新しい価値観がどんどん創造されている。
例えば、ハードロックは100年前には、存在しなかった。
ビートルズの音楽は、流行し始めたとき、雑音といわれた。
ただ、ノイズに関しては、この日のパーティーに、造詣の深い人がいて、その人からノイズは戦前から存在するという話を聞いて驚くとともに、いまだに評価は定まっていないという話も聞いた。
無論、美術において音楽で起きているように、新しい価値観・分野が創造されている。

違う分野の芸術を評価する場合、違った価値観(見方)で文学的に説明しても、言説を費やしても無駄である。

芸術とはコミュニケーションの一形態であり、相互に伝わらなければ意味がない。
文法文脈や価値観が違えば、誤解は出来ても、理解は不可能であることは自明の理ともいえる。

逆にシュールレアリズムのように、お互いに違う価値観や文法文脈のずれを認識したうえであえて重合させることで、新しい価値を見出し楽しむことは、現代アートの一分野として成立していて、多くの作家鑑賞者がシュールレアリズム的作品を楽しんでいる。

ギャラリートークの後、パーティーがあり、出席者と話を楽しんだ。
帰宅は、9時過ぎになった。
遅い食事のあと、ラグビーのサモア戦を見た。
今までラグビーをほとんど見なかったが、サッカーより面白いかもしれないと思った。
ラグビーは、日本が勝った。


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参考ブログ集 散歩者gooより
(参考ブログは、数週間に1度追加削除しています。数か月以前のものは分野別<芸術 健康 エッセイ 歴史宗教思想 情報機関> に分類しています。)

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