散歩者goo 

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昨日記150108木(超長寿社会問題 ジム・筋トレ・ランニング)

2015年01月09日 17時45分19秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
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昨日は、午前中昨日記を書きながら、超長寿命社会のことを考えた。
30年後に平均寿命100歳は、私が生きている間に実現しそうだということになり、アンチエイジングと若返りの研究も急速に進展しているので、30年後の老人像は今と随分違ったものになっていると考えられる。
例えば、80歳でも今の60歳並に働いているとか、60歳での自然妊娠も普通になる可能性すら想像できるかもしれない。
60歳の人でも、外見は今の40-50歳並になることも空想している。
それだけではなくて、超長寿社会になった場合、社会保障や年金問題や定年制等、更に様々な社会構造の形を大きく変化させる可能性があると考えられる。
そんなことを思いながら、昨日記を書いていたが、長くなったので長寿社会の問題は、今日(1/9)整理しなおして書いたが、書いたものよりはるかに多くの論点が考えられる面白い問題だ。
政治家こそ、この問題を真剣に考えるべきだろうと思う。

その後、以前も行ったストリーミングの録音を試したが、結局失敗した。
無駄な作業は、やめにする。

夕方からジムに行った。
1月7日にも今年初めてジムに行ったが、ブログに書いたように普段よりセーブしたが、それでも疲労し、オーバーワーク気味だった。
しかし、昨日は、体調も良く、疲労は感じてなかったので、普段通りのメニューでトレーニングに臨んだ。
前回よりウエイトは、1ランク上げ、12月末の値で行った。
1回目より負荷が増えたので、回数の記録は低下したが、筋トレとしては、今年2回目で中1日の休みという条件を考えれば、思った以上の筋力の回復である。
ランニングも、6日は時速9.5kmで走って、限界に近かったが、昨日は一気に時速9.8kmと普段通りのスピードにして走った。
無理は承知の上だ。
とにかく休みを多くとっても30分間走り切ろうと考えた。
走っている途中足に疲労を感じたが、最後まで走り切ることが出来た。
結果は下記の通りだ。
時速9.8kmのランニングと時速6.5kmの歩きを交互に繰り返している。単位時間は分
5-2-3-2-6-2-1.5-5-1.5-4
帰宅後も、軽い疲労と、足の疲れを感じた。
年末までは、時速9.8km走行にも足の筋力がついてこれるようになったところで、正月休みに入り、足の筋力も、多分5-10%程度衰えたために、時速9.8km走行で筋肉疲労を起こしているようである。
同時に筋トレも同じ状態で、筋トレとランニングを同時に行っているので、全身に大きな負担がかかり体全体が疲労しているものと考えている。
現に、今も少し体がだるい。
多分明日になればこのだるさは解消するものと予想している。
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長寿命・超高齢者社会の問題点

2015年01月09日 12時54分10秒 | 読書・考察・思索録
高齢者問題とアンチエイジングの問題は、社会構造や経済問題とも密接に関連していると考えられる。
具体的に言うと、高齢化すると、一定の割合で認知症が増加するのは避けられないが、医療の進歩で抑制できる可能性があり、先日放送された、NHKスペシャルでは、30年後には平均寿命が100歳になる可能性があり、高齢者も元気な状態で老年期を過ごせるようになるという。
更に、現在すでに細胞の若返りの研究も具体的に進んでいるという。
こうした科学の進歩を考えると、80歳でも今の60歳並の心身の能力を保てる社会が到来する可能性があると想像している。
実際私が10代だった5-60年前は、60歳以上の人は腰が曲がり、しわくちゃで動きも鈍く、老人らしい人が多かった。
しかし、私は現在70歳であるが、いまだにランニングや筋トレの自己記録をアップしようとしている。
私の知人も、本人は70代だが4-50代の人達に交じり、水泳のインタバルで、遅れることなくバリバリ泳いでいる人もいる。
ここ10年で、ジム通いをする人が急増し、今や3割以上が60代以上の人であるという。

ところが、同窓会その他同年代に近い多くの人たちと話したり観察したところ、気付いたことがある。
特に男性で60代以上の人達の多くが、運動をすることなく、また頭を使う本を読むことなく、気楽な生活を楽しみ、自然の老いに任せて孫の子守や、グルメや観光や飲酒に興じている人が多い。
こんな生活をしていては、どんな健康な人でも、廃用症候群により、急速に肉体も頭も老化を加速させるだけであろう。

今の社会の現状を大きな目で見たときに、多くの高齢者は退職後、元気な人の場合は、特別の社会的支援もなく、放置され、周囲の人も隠居生活で気楽に好きに暮らせばよいという考えで放置しているように見える。
もっと極端に言えば、現在の高齢者対策では、老後を豊かに過ごすという名目のもと、ところてん式に健康な高齢者に、頭も体も使わない退屈な隠居生活をしてもらって、何もさせないことで老化を促進し、結果的に早く老化させることで、早く介護を経て終末を迎えるというルートが出来上がっているようにすら見えるのだ。

先に述べたように、本人に特別の趣味もない場合、何もしないで飲食を楽しんでいると、廃用症候群により老化は急速に加速し、成人病にもなりやすく、要介護になる人が急増する可能性があるのではないかと想像できる。
その結果、要介護になった人が増加すると、介護問題がさらに深刻化する可能性があるが、現状では、行政や政治は適切に先を見据えた対応=強力な予防措置を構築せず、目先の介護問題のみをクローズアップしているように見える。

今、アンチエイジングの科学は飛躍的に発展している。
そうした科学の成果を取り入れて老化予防をし、客観的(テストを行う)に肉体的精神的能力があって定年延長を希望する人には、生きがいを持って80歳近くまで働けるようにできる社会の構築を目指すべきではないかと思う。
即ち、老化予防、アンチエイジングにも予算を割き、老化防止や一歩進んでブラッシュアップトレーニングをすることで、元気な高齢者を増やし、経験を活かせる優秀な働き手として、高齢者を積極的に活用できる社会制度や職場やニーズを創造・構築すべきであろうと思う。
しかし、ジム等に通ったりして身共に元気な状態を保っている人でも、実社会では年齢制限で、何の役割も与えられないのが、現実である。

こうした、現状を分析改善し新しい科学の知見も取り入れ、高齢者問題をお荷物として隔離したり、単なる福祉問題として捉えるのでなく、例えば、高齢者の中から多くの働ける人材を活用することで、人的資源を増やし経済を活性化するといった社会制度を構築するのは、政治・行政にしかできない仕事である。
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