昨年9月25日に、ジムで左足がしびれ力が入らなくなり、救急車で病院に搬送された。
検査の結果、左足側に約45ミリ右足側に約35ミリの腸骨動脈瘤が発見された。
左腸骨動脈瘤の手術を終え退院したのは、10月9日で、右腸骨動脈量は、11月13日に入院し11月24日に退院した。
腸骨動脈瘤は破裂すると、命にかかわる可能性がある。
救急車が到着後、救急隊員は、長時間多くの病院とやり取りしていた。
私の症状が、熱や脈の乱れもなく痛みもなく、ただ左足だけに痺れと足に力が入らないだけの症状で、右足や腕やその他の部位の臓器は何の異常もなく、体調も問題ない症状だったので、近隣病院に受け入れてもらえなかったようだ。
結最終的に、入院せず外来の診療のみという条件で、国立病院の外来に救急搬送された。
そこで、原因不明のまま時間が過ぎ、麻痺も徐々に収まり足に力が入るようになり帰宅準備もした。
最終的に、念のために行った夜遅くのCT検査の結果、大きな腸骨動脈瘤が発見されて、緊急入院が決まり、ICUや救命病棟に入れられ多くの点滴や、血管挿入型の血圧・酸素濃度測定器や心電図測定装置がつけられ、ベッドから降りることを禁止され安静の日々を送った。
その4日後に左腸骨動脈瘤を手術し治療できたのは、非常に幸運だったと思っている。
動脈瘤は、自覚症状がないので、気づかないまま放置され破裂して死に至ったり、死ななくても大事になることが多いようだ。
11月には右腸骨動脈瘤の手術治療のため入院した。
11月に退院した時、体力筋力は想像しなかった、レベルまで落ちていた。
洗い物や調理といった家事をするだけで、激しく疲れた。
一つ家事をするたびに、疲れて休んだ。
街中で歩くスピードは、手押し車を押す老人より遅くなった。
自転車に乗っても、多少ふらつくし、思い切り力を入れてもスピードは出ず、橋の坂道では入院前は、すいすいと上った短い坂道も、少し上がって止まり、自転車を押して上りショックを受けた。
地下鉄の階段も、途中で立ち止まって休まなければならない状態だった。
普通に道を歩いても、体はふらついていた。
筋力体力の回復に、何となく絶望的にもなった。
12月に外来で診察を受け、激しい運動をしてよいとの許可が出た。
このままトレーニングしなければ、死ぬまで人並みに歩けなくなると思った。
トレーニングしても、後期高齢者の私の筋力や体力が回復し人並みに歩けるようになるか、誰もわからない。
だめもとで必死にトレーニングしようと思い、実践した。
記録を確認しながら計画的に強い運動をし、たんぱく質も多くとった。
筋力体力持久力の回復を生活の中心に置き生活してきた。
当然のことだが、激しい運動をすると、疲労も激しくなり、日常生活でやる気をなくすことが多いが、仕方ない副作用と思っている。
その結果、最近は街中で何とか人並みに歩けるようになりだした。
入院前の状態まで戻らないだろうが、今後少しでもそれに近づくように努力したい。
健康第一という話をよく聞いていたが、掛かりつけ医もなく健康第一の実感もなくて他人事として聞いていたが、今は自分のこととしてとらえるようにもなった。
検査の結果、左足側に約45ミリ右足側に約35ミリの腸骨動脈瘤が発見された。
左腸骨動脈瘤の手術を終え退院したのは、10月9日で、右腸骨動脈量は、11月13日に入院し11月24日に退院した。
腸骨動脈瘤は破裂すると、命にかかわる可能性がある。
救急車が到着後、救急隊員は、長時間多くの病院とやり取りしていた。
私の症状が、熱や脈の乱れもなく痛みもなく、ただ左足だけに痺れと足に力が入らないだけの症状で、右足や腕やその他の部位の臓器は何の異常もなく、体調も問題ない症状だったので、近隣病院に受け入れてもらえなかったようだ。
結最終的に、入院せず外来の診療のみという条件で、国立病院の外来に救急搬送された。
そこで、原因不明のまま時間が過ぎ、麻痺も徐々に収まり足に力が入るようになり帰宅準備もした。
最終的に、念のために行った夜遅くのCT検査の結果、大きな腸骨動脈瘤が発見されて、緊急入院が決まり、ICUや救命病棟に入れられ多くの点滴や、血管挿入型の血圧・酸素濃度測定器や心電図測定装置がつけられ、ベッドから降りることを禁止され安静の日々を送った。
その4日後に左腸骨動脈瘤を手術し治療できたのは、非常に幸運だったと思っている。
動脈瘤は、自覚症状がないので、気づかないまま放置され破裂して死に至ったり、死ななくても大事になることが多いようだ。
11月には右腸骨動脈瘤の手術治療のため入院した。
11月に退院した時、体力筋力は想像しなかった、レベルまで落ちていた。
洗い物や調理といった家事をするだけで、激しく疲れた。
一つ家事をするたびに、疲れて休んだ。
街中で歩くスピードは、手押し車を押す老人より遅くなった。
自転車に乗っても、多少ふらつくし、思い切り力を入れてもスピードは出ず、橋の坂道では入院前は、すいすいと上った短い坂道も、少し上がって止まり、自転車を押して上りショックを受けた。
地下鉄の階段も、途中で立ち止まって休まなければならない状態だった。
普通に道を歩いても、体はふらついていた。
筋力体力の回復に、何となく絶望的にもなった。
12月に外来で診察を受け、激しい運動をしてよいとの許可が出た。
このままトレーニングしなければ、死ぬまで人並みに歩けなくなると思った。
トレーニングしても、後期高齢者の私の筋力や体力が回復し人並みに歩けるようになるか、誰もわからない。
だめもとで必死にトレーニングしようと思い、実践した。
記録を確認しながら計画的に強い運動をし、たんぱく質も多くとった。
筋力体力持久力の回復を生活の中心に置き生活してきた。
当然のことだが、激しい運動をすると、疲労も激しくなり、日常生活でやる気をなくすことが多いが、仕方ない副作用と思っている。
その結果、最近は街中で何とか人並みに歩けるようになりだした。
入院前の状態まで戻らないだろうが、今後少しでもそれに近づくように努力したい。
健康第一という話をよく聞いていたが、掛かりつけ医もなく健康第一の実感もなくて他人事として聞いていたが、今は自分のこととしてとらえるようにもなった。