ちょっとマンネリですが・・・

ダラダラ過ごしている毎日のことあれこれ・・・・

どうやら秘話に類する話ではなかった・・・

2008年05月12日 | Weblog
「阿久悠のいた時代」柏書房より。

(前日のつづき)
池上さんの文章のあとには、たまたまここには4社のコラムがそのまま掲載されていた。ついでに、各社のコラムから初めの数行だけを抜粋してみよう。

○天声人語(朝日新聞)・・・『冬の曲もあるけれど、亡くなった作詞家の阿久悠さんは「8月の人」だろう。瀬戸内海の淡路島で終戦を迎え、8月15日をつねづね第二の誕生日だと語っていた。・・・』

○余録(毎日新聞)・・・『「阿久悠作詞憲法」は全15条から成る。その第1条は「美空ひばりによって完成したと思える流行歌の本道と、違う道はないものであろうか」だ。作詞家の阿久悠さんにとっては、同い年の大歌手、美空ひばりさんが歌いそうもない歌を作るのが大テーマだった。・・・』

○編集手帳(読売新聞)・・・朝、グラスに昨夜の酒が残っている。男がいる。ぼくが書く詩の男は、起き抜けに酒を流しに捨てるだろう。なかにし礼さんが書く詩の男は多分、グラスをそのままにしておくだろう・・・。ある対談で阿久悠さんが語ったことがある。・・・』

○洗筆(東京新聞)・・・『数ある阿久悠さんの歌はみな好きなのだが、石川さゆりさんがレコード大賞を取った「津軽海峡・冬景色」の歌を思い出し、上野発の夜行列車下りた時から…雪の青森駅になる場面転換のうまさに、いつもしびれる。・・・』

朝日、毎日で“阿久さんが美空さんと同い年(昭和12年生まれ)”、という部分はともに共通していた。また、その両社のコラムでは“美空ひばりさんが歌いそうもない歌”を秘話に類する話としているがどちらも出典は同じだったようだと池上さんは指摘している。さすがジャーナリストを感じさせますね。(今日は引用が多くていささか長くなってしまったか。)