ロシアのウクライナ侵攻が長期化してきて問題がより複雑化してきているように思う。毎日、ウクライナ報道に接する度モヤモヤ感に襲われる。そういう中で、切り口の異なるものに触れると霧が少し晴れた感がする。
今日の会川晴之さんの『木語~moku-go~』がそれである。タイトルは米国の「原罪」。ロシアのウクライナ侵攻の背景はいろいろな側面から解説されているが、大きな要素として米露関係がある。ということが目に見えてはっきりしてきた。
会川さんは、その転換点として20年前の2002年6月13日に米国が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から離脱したことだと指摘する。
1972年に、ニクソン米大統領とソ連のブレジネフ共産党書記長が、戦略兵器制限交渉(SALT1)とABM条約に合意した。前者は核ミサイルの数、後者は核ミサイルを撃ち落とす迎撃弾の数と設置場所に制限をかけた。相手が核ミサイルを増やせば、それを上回る迎撃弾を作る。そんな無限ループともいえる世界に別れを告げる条約から、ロシア、欧州の説得に応じず米国は離脱した。
そのことが接近していた米露の距離を再び対立の道へと導いただけでなく軍拡競争にも火を付けた。それは関係諸国の軍拡をも促進させたという点で、会川さんは冷戦に勝利し、唯一の超大国となった米国のおごりが生んだ「原罪」と断じる。
昨日の「余録」で、第二次世界大戦で、ナチスと戦うソ連への米国の援助について書かれていた。
▲米国は参戦前の1941年3月、英国の要請で「武器貸与(レンドリース)法」を成立させた。独ソ戦勃発後はソ連も対象にし、航空機のほか、輸送車両40万台、戦車1万3000台など膨大な物資を送った。スターリンも「援助なしには戦えなかった」と語ったという▲バイデン米大統領は先月上旬、当時と同じ名前の法律に署名した。今度はウクライナ支援のためである。総額5兆円を超える追加予算も成立し、射程80キロの高機動ロケット砲システムやドローンなどが供与される▲
歴史には「もし」はない。分岐点での決断の大切さ難しさをあらためて思った次第。
今日の会川晴之さんの『木語~moku-go~』がそれである。タイトルは米国の「原罪」。ロシアのウクライナ侵攻の背景はいろいろな側面から解説されているが、大きな要素として米露関係がある。ということが目に見えてはっきりしてきた。
会川さんは、その転換点として20年前の2002年6月13日に米国が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から離脱したことだと指摘する。
1972年に、ニクソン米大統領とソ連のブレジネフ共産党書記長が、戦略兵器制限交渉(SALT1)とABM条約に合意した。前者は核ミサイルの数、後者は核ミサイルを撃ち落とす迎撃弾の数と設置場所に制限をかけた。相手が核ミサイルを増やせば、それを上回る迎撃弾を作る。そんな無限ループともいえる世界に別れを告げる条約から、ロシア、欧州の説得に応じず米国は離脱した。
そのことが接近していた米露の距離を再び対立の道へと導いただけでなく軍拡競争にも火を付けた。それは関係諸国の軍拡をも促進させたという点で、会川さんは冷戦に勝利し、唯一の超大国となった米国のおごりが生んだ「原罪」と断じる。
昨日の「余録」で、第二次世界大戦で、ナチスと戦うソ連への米国の援助について書かれていた。
▲米国は参戦前の1941年3月、英国の要請で「武器貸与(レンドリース)法」を成立させた。独ソ戦勃発後はソ連も対象にし、航空機のほか、輸送車両40万台、戦車1万3000台など膨大な物資を送った。スターリンも「援助なしには戦えなかった」と語ったという▲バイデン米大統領は先月上旬、当時と同じ名前の法律に署名した。今度はウクライナ支援のためである。総額5兆円を超える追加予算も成立し、射程80キロの高機動ロケット砲システムやドローンなどが供与される▲
歴史には「もし」はない。分岐点での決断の大切さ難しさをあらためて思った次第。