「おかえりなさい」一年ぶりに会いに行ったシスターの最初の言葉だった。瞬間的に花が咲いたような笑顔で彼女は言った。そして、その花はすぐにしぼみ、ほっとした同時にその落差に寂しさと緊張も感じていた。
小さい身体がなおさら小さくなり、左肩が下がり手には震えがあった。顔の表情はこわばっていることからもパーキンソンかも知れないと思った。しかし、病名のことなど聞く意思はまったくなかった。ただ彼女の顔を見たかった。
三人で会いに行った自分たちに相変わらずお茶を自分で入れようとしていた。こうした心使いは変っていない。シスターに連絡をしてくれた一緒に行った山谷のボランティアの女性が「私がやりますから」すばやく動きコーヒーを入れ、お菓子を皿に載せて持ってきてくれた。その傍でシスターはそれをずっと見ていた。
自分はゆっくりでもいいからシスターにやらせてあげたかったが、それは叶わなかった。誰かに何かをしてあげることということがほんとうに少なくなってしまった今のシスターにとって良いものではないかと思ったが、その思いを静かにしまい、シスターの顔を見ていた。
この場所は修道院の食堂である。4,5人座れるテーブルが何個かあり、床も壁も綺麗だった。
「ここがシスターが座る場所です」案内をしてくれた人がテーブルを教えてくれた。そこで自分たちは何分か待っていた。
あとでシスターに聞いた。「いつもシスターはあの席で食事をするの?」
シスターいわく、いつの間にか座る場所も決まってしまったと言っていた。
「自由が無くなった」と言っているように思えた。
テーブルに座り、みんなでコーヒーを飲み始めた。
シスターは意識しているかどうか分からなかったけど振るえるその手をテーブルにあて震えを止めていた。
それを見て重苦しさを感じた。それはアサダと目黒のファミリーレストランでランチをしたときにテーブルに座り、アサダが手の震えを隠すためにそうした行動をしたことが鮮明に思い出された。すでに杖をつき、片手でどうにか首からさげた薬箱から薬を出して飲んでいた。少し時間がかかった。その時間が自分にはとても長く感じたことを忘れていない。それがアサダと二人での最後の食事になった。そんな大事な時間になるとはそのとき、何も考えていなかった。ただ目の前のアサダの病状の悪化だけに心を奪われてしまっていた。
まだ微かに震えたシスターの手を見ながら、あのときのアサダを想っていた。
{つづく}