家の建て直しをするので引越しをしなくてはならなり、それに仕事以外の時間は追われています。なので、暫くの間、ブログをあまり書けないと思います。
いろいろなものを片付けているとちょくちゅくその手が思い出のものに止まる。なかなか進まない。
マザーの祈りのコピーが出てきた。
「自分より他人を」
主よ、私が空腹を覚えるとき、
パンを分ける相手を出会わさせてください。
のどが渇くとき、
飲み物を分ける相手を出会えますように。
寒さを感じるとき、
暖めてあげる相手に出会わさせてください。
不愉快になるとき、
喜ばせる相手に出会えますように。
私の十字架が重く感じられるとき、
だれかの重荷を背負ってあげられますように。
貧しくなるとき、
貧しい人に出会わさせてください。
暇がなくなるとき、
時間を割いてあげる相手に出会えますように。
私が侮辱を味わうとき、
だれかを褒めてあげられますように。
気が滅入るとき、
だれかを力づけてあげられますように。
理解してもらいたいとき、
理解してあげる相手に出会えますように。
かまってもらいたいとき、
かまってあげる相手に出会わさせてください。
私が自分のことしか頭にないとき、
私の関心が他人にも向きますように。
空腹と貧困のなかに生き、そして死んでいく世の兄弟姉妹に
奉仕するに値する者となれますように。
主よ、私をお助けください。
手を止め、ただ静かに祈った。
いまこの祈りが必要なときだった。