カルカッタより愛を込めて・・・。

次のアピア40のライブは9月13日(金)です。また生配信があるので良かったら見てください。

ホワイトラム。

2008-07-04 11:47:16 | Weblog

 お酒好きの自分はよくお酒を飲む。

 いまは芋焼酎を楽しんでいる。前の日にしっかりと芋焼酎を美味しい水で割っておく。それが冷蔵庫で毎晩待っている。

 毎晩は言い過ぎかもしれない。たまに洋酒も飲むからだ。

 今回、カルカッタでいつも飲んでいたのはラム。McdowellsかOld Monkのどちらかであった。

 帰る頃にずっと飲みたかった少し高いホワイトラムを自分のご褒美に買った。

 テーブルの下の奥に隠すように収めておいたそのホワイトラムは、「さぁー、今日飲もう!」と思ったときに、シャリンシャリンと悲しげな音がテーブルの下から聞こえてきた。

 手を伸ばせば、ラムの香りが付いてきた。

 待ち待ったそのホワイトラムは床に一瞬のうちに飲まれてしまった。

 割れたビンが床に横になっていた。自分の気持ちも横になった。そして、肩も落ち、頭を抱えた。

 一緒に飲んでいた瞳ちゃんがどうにか自分を慰めてくれた。一人でいたら、きっとその一日丸つぶれになるほどに落ち込んだかもしれなかった。

 事実、さりげなくずっとほんの少し落ち込み続けた。三ヶ月の滞在のなかで最初で最後だと思い買ったホワイトラムですから、それも一滴も口にすることもしないうちにいなくなってしまうなんて、あまりにも悲しすぎた。

 次の日、れいこちゃんに「悲しいことがあったですよ」そう言うと、彼女は少し覚悟したように聞いた。
 「どうしたんですか?」
 「実はね、昨日、今回初めて自分のご褒美に買ったホワイトラムをなんと飲む前に割ってしまったんだ」
 「もう!もっとたいへんなことだと思ったじゃないですか」
 そう言われ、すぐに笑われた。

 自分にとってはほんとうに悲しいことだったが、それでも、仕方ないかとも思っていた。
 こうして書きながら、あのときの切なさが思い出している。けれど、なんだか笑えてくる。

 その日はホーリー。今回の滞在のなかで、この一日だけ、マザーハウスに行かなかった日であった。

 夜、満月がとてもきれいだった。夜空に流れ行く雲も満月の美しさを際立たせた。クラプトンを聞いていた。そのうたが身に染み入るように聴こえていた。

 
 

いま。

2008-07-02 12:11:51 | Weblog
 シアルダーの駅の構内でのボランティアは一時中止していることを知らされた。

 駅で働いていた韓国のボランティアの子が警察に呼ばれて「何をしているんだ。観光ビザだから働けないだろ」そう言われたらしい。

 暫くの間、駅周辺を回っているとのことだった。たまにシスターと一緒にプラットホームを歩いているらしい。

 こうした危険はいつでもあった。
 ボランティアは働くということで、実は観光ビザでは出来ないのが当たり前である。

 以前、書いたこともあるが、空港でボランティアをする{Work}という言葉を使っただけでマザーハウスに二度警察から連絡が行き、その頃、マザーの移動のための飛行機などを手配していたシスターに二度パスポートを渡し、そのシスターがうまく処理をしてくれたこともあった。

 心のなかではこうした恐怖心があったのも事実だ。
 国の病院などではなおさらだった。そこで捕まったら、強制送還されるかもしれないことも実は覚悟しながら働いていた。その日が自分の人生のなかで最後のカルカッタになることも考えながら働いていた。

 それと同時に誰かが守ってくれているとも信じながら働いていた。
 自分の病院での仕事はステーションの仕事をまとめているジムと知っていたし、MCのナンバー4、カウンセラーのSr,ニルマラマリアも知っていた。そして、神さまも、きっとどうにかしてくれるだろうと信じていた。

 駅で新しく働くボランティアは常に駅の構内でインド人から声をかけられることに注意していた。
 「何をしている?どこから来た?」など、声をかけられる場合はとてもナーバスにサラなどはなっていた。
 一度、サラといるときに、自分はそう聞かれた人に丁寧にここでしていることを言うと、隣いたサラにも、その人は同じようなことを聞いた。
 サラは最初嘘を付こうと少しあたふたしていたが、自分は大丈夫だよ、ほんとうのことを言えばいいと話したこともあった。結局、そのインド人とは握手をして別れた。

 カナダ人のデイブも同じことを悩んでいた。
 いつも自分は彼らに言った。
 相手を観て答えることをするように。そして、笑顔で必ず対処するようにと。
 大切なことは相手に不安や不満、不信感を抱かせないようなあたたかな態度で接するということである。

 しかし、路上での仕事に慣れていない者は、それはとても難しいものであったと思う。

 前々回の駅の仕事の初日にこんなことがあった。
 カーリーガートに患者を運ぶ途中、タクシーの運転手はカーリーガートを知らず、そして、道も間違えた。
 初日だったので、自分は静かにしていた。そして、患者を運ぶのに運転手には、道を間違えるまで何も話しはしなかった。

 ハウラーのニューブリッジの道を行こうとしたので、自分は止め、ちゃんと話しをした。Uターン禁止の場所を無理に引き返した瞬間、前からスピードを上げたバイク一台走ってきた。
 自分たちのタクシーを横切った瞬間から、彼が怒りに震えているのが分かった。

 そのバイクに乗っていたのは非番の警官で、自分たちの乗っているタクシーを止めた。
 目を大きく見開き怒り狂った顔をして、自分たちを怒鳴りつけた。
 タクシー運転手はUターン禁止のところをUターンしたことを怒鳴りつけられ、ボコボコに殴られ、鼻と口から血を流し、泣きながら誤っていた。
 「パスポートを出せ!お前たちは何をしているんだ!」怒り狂った顔はその怒りを留まらせず、乗客であるはずの自分たちを怒鳴り続けた。
 自分はとにかく冷静に誤り続けた。口答えはせずにただ静かに誤った。心のなかでは、これでボランティアはお終いかなって思ってもいた。

 一緒に乗っていたのはアイルランドとノルウェーの女性だった。そして、カーリーに運ぶ患者だった。

 インドではこうしたケンカや何かのアクシデントがある場合、すぐに人が集まる。集まってきたインド人のなかで冷静な者がいたため、自分たちは違うタクシーを拾い、カーリーに向かうことが出来た。

 しかし、深く心に傷付いたのは、そのドライバーがどうなったかがほんとうに心配なった。ライセンスを奪われてはいないか?そうすれば、養うべき家族はどうなってしまうのか?どんな怖い思いを今もなおしているのだろう?

 胸が激しく痛み続けた。

 カーリーガートに着いて、すぐにノルウェーの女性にタバコを吸ってくると言い、そとに出た。彼女は自分の対応の仕方をほんとうに褒めてくれた。
 初日の息苦しい仕事だったが、信頼感を得ることが出来たことがいくばくかの救いでもあった。

 路上で働くということは、こうした危険と常に伴う。だからこそ、笑顔の大切さを仕事中はなおさら一緒に働く人たちに伝えてきた。
 感情的になることでうまく行くものも行かなくなってしまうことが多いだろう。そして、いつも自分の思う通りには行かない。ならば、自分が何を思う通りにしようとし、出来ないことでどんな感情が生まれてきているのか、そこから、どう回避行動をしているのか、してきたか、そうした自分を知ることの意味の大切さを語ってきた。

 時はいつでも流れている。
 きっとまた彼らが思うように働けることを祈る。きっとそうできる。

忍者。

2008-07-01 11:39:26 | Weblog

 ステーションで一緒に働いていたミッキーもジャラマイアーも忍者が大好きだった。
 ジャラマイアーはアメリカ人、シアトルから来ている大学生で高校のときに日本語を学んでいた。そのとき、先生から日本の名前{吉和}をつけてもらった。それを知ってから、自分は彼をヨシ君と呼んでいた。

 ミッキーはアイルランド人、小さい頃から日本に興味があり、サムライ、将軍とかがほんとうに好きで、もちろん、忍者も好きだった。
 ミッキーは笑いながらこう自分によく言った。
 「Tetsuは自分の将軍だから、何を言っても、自分は断らない」
 「そして、自分はサムライだ」
 そして、チャンバラの物まねをして、みんなを笑わせていた。

 ヨシ君から、「日本ではTetsuは何をしているの?」聞かれては、「忍者はシークレットサービスだから、シースレット」そう答えていた。
 「分かったよ。それで、何をしているの?」
 「だから、忍者はシークレット・・・」
 しっかりと天丼して笑いを取っていた。

 忍者と言われることにはこう言ったことがあった。

 駅のプラットホームを歩くときは、自分は隣のホームを歩く人の様子をずっと見ていた。
 どの人に食べ物を与え、どのように歩いているか、ケアの必要な人との会話を大丈夫なのか、そして、その人自身の愛の行動を見ていた。
 隣のホームを歩く人が遅くなれば、先に待ち合わせるホームの先で、木陰で座っていたり、駅で働くクリー{駅で働く人をクリーと言う}と話していたり、ココナッツを飲んで待っていたり、たばこを吸って待っていたりした。

 こうした姿をしているとき、よく場所に馴染んでいる自分を遅れてきた相手が見つけることが出来ずにいて、それをまた自分は面白がって、後ろから、肩をたたいておどかしたりした。そして、笑っていた。

 こうしたことから忍者ということになってきた。

 患者のいない平穏な日はなおさら冗談も増え、笑顔をも増えていた。

 先日、カルカッタから電話がきた。
 ミッキーとれいこちゃんが電話をくれた。
 ミッキーは明日、アイルランドに帰る。帰る前に自分と話しがしかったみたいだ。自分も彼と話したかった。

 今日が最後の仕事になっているかな。顔を真っ赤にして見送られる彼の顔が簡単に想像付く。カルカッタから離れることはほんとうに難しい。
 アイルランド人特有の冗談をたくさん言っているのかな?
 アメリカ人から見たアイルランド人の冗談はかなり理解できないようだった。文化の違いはかなりあったが、それを見ているのも、自分は楽しかった。

 さて、ミッキーは今頃、どんな顔をしているかな?