江國香織さんにとっての空港 成田、フランクフルト……自由な気持ちになれる場所
というエッセイを読んだ。
「20代のころ、よく行っていたのが成田空港だそうで・・・・朝の9時くらいにリムジンバスで新宿を出発して、お昼前に成田空港へ着き、一日中空港にいて、夕方になって夜になる、というのを見届けてから、またリムジンバスで帰ってくるというのを、よくやっていたんです」
!!!
成田空港にいっていたというのに驚く。
そう、海外に行かないのに国際空港に行くという感覚、すごくわかるのである。
リムジンに乗るかどうかは別として、あの海外に行くときのワクワク感を味わいたい気持ちがわかる。
「・・・ドイツのフランクフルト空港も好きです。あの空港に行くためだけにドイツに行きたいくらい。広くて機能的で、いろんなところにつながっているし、ビールが飲めるところがいっぱいある(笑)。何か、空港にいると自由な気がするんです」
同感である。
フランクフルト空港、いいいですよね。
コーヒーと焼きたてのパンとそして香水のかおりが混ざったあの感覚に会いたくて成田にいきたくなります。私も時々。
成田はヨーロッパの文化の窓口なんです。
ドイツに行きたくても行けない私はせめて成田空港でコーヒーとパン、そして香水のかおりに酔う、といったところである。
「旅 上」 萩原 朔太郎
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。
(『純情小曲集』 1925年刊)
朔太郎的にいえば、せめて当たらし背広きて気ままなたびにでようか、というところだ。
ドイツの街角を思い出している。
ああ、次はいつ行くのだろうか。
せめて、秋を装い、香水を振り、焼きたてのパンとコーヒーの香りに酔おうか。
というエッセイを読んだ。
「20代のころ、よく行っていたのが成田空港だそうで・・・・朝の9時くらいにリムジンバスで新宿を出発して、お昼前に成田空港へ着き、一日中空港にいて、夕方になって夜になる、というのを見届けてから、またリムジンバスで帰ってくるというのを、よくやっていたんです」
!!!
成田空港にいっていたというのに驚く。
そう、海外に行かないのに国際空港に行くという感覚、すごくわかるのである。
リムジンに乗るかどうかは別として、あの海外に行くときのワクワク感を味わいたい気持ちがわかる。
「・・・ドイツのフランクフルト空港も好きです。あの空港に行くためだけにドイツに行きたいくらい。広くて機能的で、いろんなところにつながっているし、ビールが飲めるところがいっぱいある(笑)。何か、空港にいると自由な気がするんです」
同感である。
フランクフルト空港、いいいですよね。
コーヒーと焼きたてのパンとそして香水のかおりが混ざったあの感覚に会いたくて成田にいきたくなります。私も時々。
成田はヨーロッパの文化の窓口なんです。
ドイツに行きたくても行けない私はせめて成田空港でコーヒーとパン、そして香水のかおりに酔う、といったところである。
「旅 上」 萩原 朔太郎
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。
(『純情小曲集』 1925年刊)
朔太郎的にいえば、せめて当たらし背広きて気ままなたびにでようか、というところだ。
ドイツの街角を思い出している。
ああ、次はいつ行くのだろうか。
せめて、秋を装い、香水を振り、焼きたてのパンとコーヒーの香りに酔おうか。