3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

2019年10月の台風19号がもたらしたもの: 不動産価値の大きな変化

2019-10-17 15:50:56 | 現代社会論
19号が立ち去ったあと、とはいうもののまたこの週末は雨だそうで、気を許すことができないが、それにしても19号は大きな価値の転換をわれわれにつきつけた。

田園調布や世田谷のニコタマやタワマン林立する武蔵小杉などは住みたい街の上位にランクされていた。が、今回の19号によって、停電と断水といった絶望的な状態がもたらされた。住民は水浸しの家財道具を家から出して掃除をするとか、40階から階段で上り下りしているとか、という生活を強いられていて、その映像は衝撃的である。

武蔵小杉は若いファミリーの聖地のようで、これまで、大人気だったそうである。
私のように古い町並みが好きで縁あって文京区にすんでいるものからすると武蔵小杉のタワマンは選択肢にならないが、モダンな若夫婦にとっては魅力的な街、武蔵小杉なのだろう。

しかし、19号以来、タワマンの評価は明らかに急落し、大変なことになっているようだ。
地震台風火事に弱いのかもしれない。倒壊しなくても停電断水によって、タワマン生活はあっというまに不可能になる。

私のように階段が嫌いなものにとってはタワマンはまったくもってありえない選択である。
いざというときに30階や50階に上るなんてのは無理である。
よって、せいぜい5F以下の低層マンションに限る。
世田谷は人気だそうだし、田園調布は豪邸のイメージが強いが、道が狭くて駅からはバスしかないようなところが多く、徒歩での生活を基本とすると生活しにくいのではないかとおもっていた。
それだけでなく、今回の台風でその水害に対する脆弱性があらわになった。

逆に19号は水害に強い街の価値を高め、不動産の地図を大きく変化させたと思う。
地方でなく、東京中心にあらゆるインフラは整備されていることを知らしめた。
東京のなかでも水害に強い地域と弱い地域があることもわかった。
東京の地盤のしっかりした地域の高台の低層マンションの4階以下で、電源や水のタンクが水害に強いこと、これが新たな不動産の選択基準に加わったのである。
子育てしやすい、鉄道がいつくも乗り入れている、豪華なタワマンより、子育てしやすい、鉄道がいくつも乗り入れている、低層のマンションに資産価値が発生している。

といってもだからといって地震に強いかというとそれはわからないけれど。
いざというときに徒歩でなんとかなるという環境が大切である。3階や4階ならシーツを綱にして地上におりることも何とか可能である。

いつなんどき災害に巻き込まれるかわからないご時勢である。
温暖化で大型台風は毎年2回程度はやってくる気配である。
せめて生きている間、地震台風火事などに遭遇したくないというのが本音である。

静かに一生を全うしたいものである。

災害に見舞われた方々に心からお見舞い申し上げたいのである。
明日はわが身だから、安心していられないのである。



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成田空港のワクワク感

2019-10-17 15:37:34 | DVDノート
江國香織さんにとっての空港 成田、フランクフルト……自由な気持ちになれる場所

というエッセイを読んだ。
「20代のころ、よく行っていたのが成田空港だそうで・・・・朝の9時くらいにリムジンバスで新宿を出発して、お昼前に成田空港へ着き、一日中空港にいて、夕方になって夜になる、というのを見届けてから、またリムジンバスで帰ってくるというのを、よくやっていたんです」

!!!
成田空港にいっていたというのに驚く。

そう、海外に行かないのに国際空港に行くという感覚、すごくわかるのである。
リムジンに乗るかどうかは別として、あの海外に行くときのワクワク感を味わいたい気持ちがわかる。

「・・・ドイツのフランクフルト空港も好きです。あの空港に行くためだけにドイツに行きたいくらい。広くて機能的で、いろんなところにつながっているし、ビールが飲めるところがいっぱいある(笑)。何か、空港にいると自由な気がするんです」

同感である。
フランクフルト空港、いいいですよね。

コーヒーと焼きたてのパンとそして香水のかおりが混ざったあの感覚に会いたくて成田にいきたくなります。私も時々。
成田はヨーロッパの文化の窓口なんです。

ドイツに行きたくても行けない私はせめて成田空港でコーヒーとパン、そして香水のかおりに酔う、といったところである。


「旅 上」   萩原 朔太郎



  ふらんすへ行きたしと思へども

  ふらんすはあまりに遠し

  せめては新しき背広をきて

  きままなる旅にいでてみん。

  汽車が山道をゆくとき

  みづいろの窓によりかかりて

  われひとりうれしきことをおもはむ

  五月の朝のしののめ

 うら若草のもえいづる心まかせに。

           (『純情小曲集』 1925年刊)

朔太郎的にいえば、せめて当たらし背広きて気ままなたびにでようか、というところだ。

ドイツの街角を思い出している。
ああ、次はいつ行くのだろうか。
せめて、秋を装い、香水を振り、焼きたてのパンとコーヒーの香りに酔おうか。

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