ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




出桁造りの民家。台東区下谷2-5。1991(平成3)年6月30日

鶯谷アパートの前の丁字路を北へいくと金美館通りの小野照崎神社の前に出る。写真の民家はその横丁に入ってすぐ目に飛び込んでくる。出桁造りの伝統的な商家の造りで間口が大きい。2階の連子窓は今ではめったに見られなくなった。建物両脇の雨どいがなかなかの仕事のものだ。1階の左側は住居に改装している。その右、1階中央に張り出しているのは戸袋らしい。
この近所には寺が多い。この家の向かいは正洞院、裏手は英信寺である。



近影。2008(平成20)年5月7日

写真左のマンションは1990年頃に建ったが、その前は秩父荘というアパートだったらしい。それを撮影しておけばよかった。写真右手の幅一間ばかりの家は1990年頃まで「大成火災代理店 入吉」の看板が出ていた。

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コメント
 
 
 
これは匂うぞ! (さあちゃん)
2013-03-01 09:43:20
東京雑写というサイトに「阿部定の足跡」というコーナーが度々登場します。昔の地図を元に紹介されているので、本当にここ?という気持ちがありますが、下谷2丁目、小野照崎神社、鶯谷アパート、そしてこの建物。やっぱり阿部定が歩いていたに違いありませんね。
 
 
 
>さあちゃん様 (流一)
2013-03-02 10:32:43
ご教示いただいたサイトですが、とても興味深いものですね。後ほど、じっくり拝見しようと思います。
阿部定が昭和30年代に鶯谷アパートの裏手に住んでいた……とすれば、「鶯谷アパート」の前、「正光社」の角を曲がって「出桁造りの民家」の前を通って「ふじ」の前に出てタクシーに乗る。あるいは通りを渡って「ヤマト電気製作所」の前から乗ったのでしょうか。
 
 
 
生き証人 (定マニア(さあちゃん))
2013-03-08 20:24:21
2013年3月7日に伺いました。鶯谷アパートを初めて見ました。何度も改築された感じですが、玄関周りとタイルは残されているんですね。この重厚なお宅は、何度も阿部定を見てきたし、当時の人々の暮らしも見てきた生き証人ですね。阿部定が当時働いていた民謡酒場は、東上野6丁目にあったので、電気店の前からタクシーに乗ったと思います。ここを散策した後、根岸4丁目界隈をブラブラしていたら、素晴らしい建物を何軒か見つけられました。出かけて良かったです。
 
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