かの世界この世界:177
キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
オノコロジマの産屋にイザナミの悲鳴が響き渡った。
「なにごとだ!?」
岩陰に移って、最初に生まれるのは「男の子かなあ(^_^;)女の子かなあ(^o^;)」と心待ちにしていたわたしとヒルデは反射的に剣の柄に手をかけて産屋の窓の下に駆けつけた。
「あ……あれは!?」
イザナミの足元には、まだへその緒が付いたままの……ちょっと表現するのも憚られるものが転がっている。
「ふ、二つか……?」
さすがはヴァルキリアの姫戦士、それを見ても動じることは無かったが、どうにも判断しかねているようなのだ。
「一体は、手足も目鼻もない……もう一体は……」
わたしも言葉にはできない。
イメージとして浮かんだのは、まるで祖父が酒のつまみに好んでいた『いかの塩辛』だ。
バラバラの体が粘液の中でグニャグニャと動いている。
イザナギは妻の肩を抱くと、冷静に優しく諭した。
『女の方から声をかけたのが良くなかったんじゃないかなあ……』
『ナ、ナギ君……』
『ごめん、こういうことは男がリードしなきゃなあぁ、オレが気が回らずにナミに辛い思いをさせてしまったな』
『ごめんは、わたしの方よ、ちょっと焦ってしまって』
『よし、またやり直そう。とりあえず……まずは、この子たちだ』
「お、なにかやり始めたぞ!」
「声が大きい」
あやうく気づかれそうになり、ヒルデの頭を押さえて身をかがめる。
イザナギはアメノミハシラの葉っぱで洗面器ほどのボートを作ると、二人の赤ん坊を載せて海岸に向かった。
「この子はヒルコ、こっちはアハシマだ。海の向こうで幸せになってくれよな……」
「ごめんね、ヒルコ、アハシマ」
葉っぱの船は、そよそよ、ゆらゆらと沖に向かって流れていく。イザナギ、イザナミは抱き合ってその行方を見えなくなるまで見送った。
「あれでいいのか……?」
「ちょっと待って」
スマホで検索してみる。
「ああ、このあと、二人はアメノミハシラを巡って、子作りをやり直すことになる」
「流された子供が気になる……ちょっと、行くぞ」
「分かった」
波打ち際に向かって助走し、ジャンプすると海鳥のように飛べた。
「あ、あれか?」
「あれは!」
五カイリも飛んだだろうか、海は凪いでいるんだけども、そこだけ海面が泡立っていて、海の中で何かが暴れているような感じなのだ。
「上がってくる!」
シュババーーーーーーーン!
二つ飛び出してきた。
一つは、ヒルコとアハシマが合体したモンスター、もう一つ、いや一人は……
「「ケイト!?」」
それは、向こうの世界で別れて以来のケイトだ。
「トリャアアアアアアアア!」
海中から打ち出されたミサイルのように上空まで飛び上がったケイトは弓をつがえていて、水の抵抗が無くなるのを待ち構えていたんだろう、気合いと共に矢を放つ。
矢は過たず、哀れなクリーチャーとなり果てた神の子を射抜いた。
グオオオオオオオオオ
口の無い体のどこから出てくるんだと言う悲鳴を上げて、神の子は海上に落ちてしまった。
「トドメだあああああああ!」
ケイトは弓をタガーに変換し、両手で構えると、自分を一本の銛にしたようにダイブアタックをかけた。
「待てええええ!」
「テル!」
わたしは、反射的に剣を構えるとケイトのタガーに打ちかかっていった。
ガキーーーン!
火花が散る。
なんとかケイトのアタックをキャンセルする。
「何をする!」
「おちつけ、ケイト、わたしだ! テルだ!」
「テ、テル!?」
「ああ、テルだ! 見ろ、ヒルデもいるよ!」
「ケイト、無事だったか!」
「ヒルデ! テル! さ、探したよおお! 寂しかったよおおおおおお!」
懐かしさのあまり三人でハグすると、団子になって、そのまま海に墜ちてしまった。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神