大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・栞のセンチメートルジャーニー・2

2018-09-16 07:36:00 | ライトノベルベスト

栞のセンチメートルジャーニー・2
『その始まり』
 
          

 いちだんと出不精になったね

 冷蔵庫から、お決まりのコーヒー牛乳のパックを二つ取りだし、炬燵の上に並べながら言った。

「オレは、そんなに肥えてない。現役時代の67キロをキープしてる」
「そのデブじゃないよ。相変わらずのダジャレだなあ」
 パックにストローを刺して、わたしに寄こした。
「還暦前のオッサンが、引きこもって、コーヒー牛乳飲みながら、パソコン叩いてるのは……」
「なんやねん?」
「うら寂しいね……」
 そう言って、栞は、コーヒー牛乳を飲みながら、部屋を眺め回した。

「あ、カレンダーが二月のままだ」

 身軽に立ち上がって、従兄弟のお寺さんからもらった、細長いカレンダーをめくった。寺のカレンダーなので、月ごとに、教訓めいた格言が書いてある。

「人間には 答の出ない悲しみあり……か」

 格言を音読した栞を見上げるようなかたちで目が合った。

「兄ちゃんの悲しみは……悲しみの象徴が、わたしなんだよね」
「何を勝手にシンボライズしとんねん」
「ほらほら、言ってみそ。『神崎川物語 わたしの中に住み着いた少女』に書いてるでしょ。『こいつには、いっぱい借りがある』って。あれは素直で、たいへん結構でした、花丸!」
「あれは、文飾や文飾!」
 わたしは、飲み終わったコーヒー牛乳のパックを屑籠に放り込んだ。見事に決まり、ガッツポーズ
「ナイス、ストライク!」
「子供じみたことを……雫が垂れて拭くのはわたしなんだよ」
 栞は、卓上のティッシュを引っぱり出して拭いた。
「今、拭こうと思たとこや!」
「どうだか……」

 栞は、天井に付いたままのシミを見上げながら言った。

「あれ、リョウ君が小さいときに、チュウチュウ握って吹き上げたときのシミ。すぐに拭くからって、そのままにしたもんだから、もう取れなくなっちゃったんだよね」
「なんで、そんな細かいとこまで知ってんねん!?」
「だって、妹だもん。それも悲しみの象徴の……」
 おちょくった憂い顔になった。
「これ、見てみい……」
 本棚から、一枚の封筒を取りだし見せてやった。
「公立学校共済……年金見込額等のお知らせ?」
 コーヒー牛乳の最後の一口を口に含んで、栞は吹き出しそうになった。
「安……!」
「せやろ、シブチンやないと、長い老後はやっていかれへんのや!」
 わたしが二十七年間勤めて、確定した共済年金額は1165900円に過ぎない。老齢年金や、個人年金を加えてもカツカツである。

「でも、それが出不精の言い訳にはならないわよ!」

 その一言で、栞を乗せて、玉串川の川べりを自転車で二人乗りするハメになった。

 むろん栞の姿は見えないので、人にはえらく重い自転車を漕いでいるように見える。

「なんで、幻の栞に体重があるんや!」
「兄ちゃんには、栞は実在だからね。悪しからず」
 この二三日暖かくはなったが、玉串川の桜は、まだまだ固い蕾だった。
「まだ、ちょっと早かったなあ……」
「ちょっと、待っててね」

 栞は自転車を降りると、あたりを見渡し、一番老木と思われる桜に、何やら話しかけ、気安く「お願~い!」という風に手を合わせた。

 すると……その桜が、みるみる満開の桜になった。

「うわー、ごっついやんけ!」
 思わず、河内弁丸出しで声を上げてしまった。
「この桜はね、もう歳をとりすぎたんで、この春には咲かないんだ。咲かないと分かったら、もう切り倒されるだけ……で、お願いしたの。元気だったころの姿を一度だけ見せてちょうだいって」
「ほんなら、これは……」
「この桜の青春時代……三十分ほどしか見られないから、しっかり見て上げて」
「うん……」

「これは見事やなあ……!」

 十分ほどたったころ、後ろで声がした。

 見ると、目のギョロっとした坊主が、後ろ手を組んで満開の老桜を見上げていた。

「このお坊さん、この桜が見えるんだ……」
 この桜の満開の姿は、他の通行人の人には見えない。なのに……。
「フフ、お嬢ちゃんの姿も見えてるで。お嬢ちゃんが、この桜を励ましてやってくれたんやな」
「あ、あ、あの、お坊さん……」
「孫ほど歳が離れてるように見えとるけど、あんたら兄妹やな……」
「坊んさん……ひょっとしたら、天台院の?」
「せや、今東光や……」

「これ貸したげよ」

 満開の桜の下で、事情を説明すると、東光和尚は、衣の袖から、何やら取りだした。
「これは、地図帳と年表ですね……」
「せや、ただ特別製でなあ。力のあるもんが念ずると、それで、旅行がでける。地理的にも時間的にもな」
「ボクに、そんな力が!?」
「アホいいな。あんたは、ただの初老のおっさんや。力があるのは、妹さんの方や」

「わたしが?」

 栞もびっくりした。

「この桜を元気づけて、昔の姿を思い出せたんや、あんたには、そのくらいの力はある。まあ、家帰って試してみい。単位にしたら、地図の上ではほんの何センチやけど、ほんまに行けるよって。まあ、ちょとしたセンチメートルジャーニーやな」
 そのダジャレが自分でもお気に召したのか、東光和尚は呵々大笑された。
「こんな貴重なもの……どんなふうにお返しにあがったらよろしいんでしょう?」
「あんたが、要らんようになったら、自然にワシとこに戻ってきよる。気いつかわんでええ」

「ありがとうございます」

 兄妹そろって、頭を下げた。

「ほんなら、もういに。あんたらは、もう、この桜堪能したやろ……こいつは、もとの老桜に戻るとこは見られたないらしい」
「あ、ほんなら、これで失礼します」
 わたしは、自転車に跨った。妹の体重が掛かるのを感じてペダルを踏もうとしたとき、東光和尚の声がかかった。
「お嬢ちゃん、あんた名前は?」
「はい、栞っていいます」
「ええ名前や。人生のここ忘れるべからずの栞やなあ……大事にしたりや、兄ちゃん」

 和尚が桜を見上げるのを合図のように、ボクはペダルを漕ぎ出した。

 そして、後ろはけして振り返らなかった……。


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