紛らいもののセラ
セラは、一時間早く慰霊式会場に出向いた。
手紙の主の、佐藤良子に会うためだ。良子は事故で二人兄妹の兄を亡くした。その思いを手紙にして春美に送っていたのだ。
しかし、当の良子は耳が不自由で、唯一の生存者であるセラに代読を依頼してきた。
真剣に向き合おうとしたセラは、良子と話をしておきたく、また、良子も同様に思っていたので、一時間前の面談ということになった。
「まさか読んでもらえるとは思いませんでした。それもセラさんに」
手話通訳の母親が言っている間にも、良子はキラキラした目でセラのことを見ている。
「木本(春美)さんから、お話があったときはびっくりしましたけど、お手紙を読んで、わたしが読まなきゃと思ったんです。あれは、もう立派な詩ですね。どれだけやれるか分かりませんが、しっかり務めさせていただきます」
「……わたしこそ、セラさんに読んでいただいて光栄です。慰霊祭が間近に迫って、わたしなりに気持ちを表したくて居ても立っても居られなくなったんです。文章苦手なんで、あんな散文的なものになってしまいましたけど」
それから、亡くなった兄の事を、遠慮気味に話し出した。
「……兄は、わたしにスキーをさせてやりたくて、下見に行ってくれたんです。耳が不自由なもので、施設面や介助のことで問題が無いかどうか」
「そうだったんですか、優しいお兄さんだったんですね……今のお話し聞いておいて良かったです。単なるお兄さんのお楽しみでなくて、良子さんへの思いが籠っていることがよくわかりました」
セラにもワケ有の兄がいる。今回の事故で、事情は違うが兄妹の気まずさが緩んで、やっと打ち解けてきたところだ。
今日もセラを乗せて会場まで来てくれて、目立たぬよう明後日の方角を見て素知らぬ風を装っていたが、目には光るものがあった。
セラ自身も、時間いっぱい良子と話をして、手紙には書かれていなかった兄妹の思い出を聞き、目を真っ赤にした。
仕掛け人の春美も、その様子を見て胸が熱くなった。春美が仕事を離れて心から感動するのも稀有なことである。
時間になったので、一同は控えの公民館から、事故現場の慰霊祭会場に向かった。
春の気配を天気予報で言ってはいるが、スキー場近くの会場は、まだまだ真冬の気温。参列者の多くは、喪服の上から、コートやブルゾンを重ねていた。
「お兄ちゃん、持ってて」
セラは、Pコートを脱いで兄の竜介に渡した。
「大丈夫か、この寒さだぞ」
「ううん、ちっとも寒くなんかないわ」
「まるで、アナ雪だな」
竜介が、そう言うと、セラは泣き笑いの顔でマイクに向かった。
冬服とは言え高校の制服である。寒いのに違いはないが、セラは凛として、息を吸いこみ、ゆっくりと語り始めた。
男臭い六畳の窓を開け、寒さの中にも、かすかな春を感じる。
ちょっと多感すぎるかな。
机の下の綿ぼこりが、風におかしく踊ってる。ベッドの上には脱ぎ散らかした靴下やTシャツ。
洗濯籠に放り込み、掃除機のプラグを差し込んで、小さな火花。心に火花。
いつも通り習慣の掃除の手が止まる。
いつも通りにすることが、記憶を思い出にする、思い出を遠くする。
四十九日ぶり、部屋の掃除の手が止まる。
下の部屋から香るお線香、その分男臭さが抜けていく。
いつも通りにすることが、記憶を思い出にする、思い出を遠くする。
セラは、手紙を暗記していた。暗記していたから、自然に胸を張って、仮の慰霊碑に向かい、自分の言葉として語ることができた。
語り終え、セラは一礼すると「代読、世良セラ」と言うのを言い忘れて席に戻った。
「鎮魂の言葉は佐藤良子さん。代読は世良セラさんでした」
MCの春美がフォローした。
この様子は、昼のワイドショーで取り上げられたほか、YouTubeなどではセラの語りの全編が流れた。アクセスは10万近くいき、大勢の人たちが感動した。
作曲家の大木功は、気が付いたら、この手紙と言うよりは詩とよんでいい、それに音符を付けていた。
兄の竜介はただただ感動していたが、妹に対するそれではないことには、まだ気づいてはいなかった。