大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 015『川を遡る』

2024-04-18 10:49:13 | 自己紹介
勇者路歴程

015『川を遡る』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者



「これって、本当に神さまのための……そのぉ……旅なのかい?」

「そうだ」

 前を歩くビクニは振り返りもしないで、木で鼻をくくったような返事。

 プータレる新米を面倒がりながら敵地に踏み込む少佐のようだ。

「じゃあ、なんで……」

 次の文句をプータレる前に蘇ってしまう。

 さっきの栞。

―― おにいちゃん……しおりね……いっぱい夢があったんだよ。よるねるときは、おにいちゃんお母さんといっしょだったでしょ。お母さんのおなかのかわとおしてくっついていたんだよ……ままごとしたかった……おにんぎょさんごっこ……ぴあのっていうのもやってみたかった……おりょうりもしたかったし……かみしばいみたかったし、ひろばでかけっこしたかったし……きょうだいさんにんでひなたぼっことかもしたかった ――

 そうだったんだ。

―― お父さんとお母さんがそうだんして、しおりをうまないってきめたよるにね、しおり、おにいちゃんにぜんぶの夢あずけたんだ ――

 そうか……わたしは料理も他の家事も苦にならない方で、一人暮らしになってからでも、さほどには不便を感じなかった。男のくせに人形が好きだったし、子どもの頃は姉の『りぼん』は『少年』と並んで毎月の楽しみだった。高校で女子ばっかりだった演劇部に誘われた時も抵抗は無かったし、逆にサッカーや野球にはとんと興味が無かった。

―― ごめんね夢をあずけすぎて……でも、夢はちからだからね……きっとおにいちゃんのやくにたつとおもうよ……おにいちゃん…… ――

 そう言うと、オーブの妹は静かに消えて、石積みは石一個分だけ高くなっていた。


「中村、お前の人生も神が創り給うた世界の一部なんだ、不思議はないだろ。それより、もっと早く歩け。先は長いぞ」

「あ、ああ」

 それは理屈だろうが、妹に出くわしただけで、こんなに気が重い。

 この先、なにが……思っていると、岸辺の岩にロープで繋がれた小舟が見えてきた。

「あれに乗るぞ」

「あれは、和船か?」

「猪牙舟だ」

「ちょきぶね……ああ」

「……と言っても吉原に行くわけではないがな」

 猪牙舟とは、江戸の河川を走っていた小船で、一般のチョロ船よりも速く「チョロまかす」という言葉の語源になっているほどで、吉原に通う旦那衆がよく使ったと言われている。

「フフ、乗らぬ授業で生徒を振り向かせる小話だな、効果は一瞬だがな」

 少佐になってからのビクニは人が悪い。

「でも、船頭の姿が見えないようだが」

「船頭はお前だ、しっかり漕げよ」

 ええ!?

 わたしの驚きなどものともせずに、艪ベソにガチャリと艪をはめると「ほれ」と顎をしゃくって渡すビクニ。

「わたしが漕ぐのかぁ?」

「船頭のスキルはインストールしてある。励め」

「あ、ああ……」

 舫いを解くと、舟は流れに乗って岸を離れる。

 まあ、流れもあることだし、ゆっくり漕いでも間に合うだろう。

「勘違いするな、川下ではない、川をさかのぼるんだ」

「ええ( ゚Д゚)!?」

「流れは5ノット、10ノットも出せば余裕だ」

「じゅ、10ノットぉ……」

 時速18キロ、めちゃくちゃ苦しい……と悲鳴が出かけたが、いざ、漕ぎだすと、それほど力がいるものでもない。

 舟は猪牙舟らしく、すいすいと進んで行く。

 インタフェイスを広げると相対速度で11ノットと出ていた。



 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 004・がんばり系リア充認定の千歳

2024-04-18 07:10:10 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

004・がんばり系リア充認定の千歳                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 惣堀高校は、見かけの割に充実したバリアフリーである。


 各フロアーごとに身障者用のトイレが完備、校内のドアの半分は車いすでの通行が可能で、そのいくつかには点字以外に音声案内まで付いている。エレベーターも早くから導入され、去年からは新型への更新も始まって、今では、バリアフリーのモデル校指定を受けるほどになっている。

 この充実ぶりには訳がある。

 大正の末にできた空堀高校は、第一次大戦の好景気や教育熱心な時代の空気を受け、敷地は広く校舎も間隔をあけて建ててあり、増改築が容易であった。
 それで全く新規に学校を建てるよりも、一ケタ少ない予算でほぼ完全なバリアフリーができるのである。慢性的に財政難な大阪府にはうってつけな実験校であったのだ。

 沢村千歳は、そんな情報をもとに空堀高校に入学した。

「なんだかなあ……」

 入学して4週間、すっかり口癖になった「なんだかなあ……」をため息とともに吐き出した。

 車いすの千歳にも申し分のない設備で、先生もクラスメートも親切に接してくれる。

「沢村さん、入る部活とか決まった?」

 今日も担任の村上先生が聞いてくる。

「いろいろ目移りして、なかなかです(^_^;)」

 もう100回目くらいになる答えをリピートした。

「あ、そう。なにか決まればいいわね」

 そう言って、村上先生は職員室に引き上げて行った。


「えと……部活とかもがんばりたいと思います」


 自己紹介で、うっかり言ってしまった。村上先生に指定された1分間の持ち時間を持て余していたからだ。

 その気になればいくらでも喋れたが、ピカピカの同級生たちは反応が薄かった。入学したてで緊張してもいるんだろうけど、これは元からこうなんだろうと思った。

 人への興味が薄く、薄い割には簡単に人をカテゴライズしてしまう。リア充、ツンデレ、ヤンデレ、オタク、モブ子、マジキチ、帰宅部、その他色々……。

 カテゴライズされてしまえば、それ以外の属性ではなかなか見られない。

 千歳は――足が不自由だけど頑張るリア充――とカカテゴライズされてきている。

 車いすという他にも、小柄で整った顔立ち、特に眉毛の頭が上がったところなど、微妙な困り顔。緊張すると潤んだ瞳と相まって――この子は頑張ってる!――応援しなくちゃ!――助けてあげなきゃ!――と人に思わせる。

 ほんとうは部活なんかに興味はなかった。

 最初に担任の村上先生が言った「空堀には20あまりの部活があります。きみたちも、ぜひクラブに入って、高校生活をおう歌してもらいたいものです!」という、ちょっと前のめりなエールというか演説はプレッシャーだ。

 5分ほどの演説の中で数十回繰り返された「部活」「がんばる」という言葉が刷り込まれ、残り15秒を持て余し、先生のウンウンと笑顔で頷くプレッシャーに「えと……部活とかもがんばりたいと思います」つい出てきた言葉なのだ。

 リア充と思われると、リア充として振る舞わなければならない。

 そんなシンドクサイことは願い下げだ。

 この二日歩で千歳は、ある決心をした。

 でも、その決心は口に出してしまっては顔に出て悟られそうなので、言わない。

「クラブ見学とか行くんやったら、押していくよ」

 くららが笑顔で寄って来た。なにくれと千歳の世話を焼きたがる真中くらら。悪い子ではないけどリア充としてしか会話が成立しない。

「ありがとう、今日は図書室行くから」

「そうなんや、沢村さんて、どんな本読むんやろなあ? また話聞かせてね。あたしクラブ行ってるさかい」

「うん、またね」

 そうして、千歳はエレベーターに乗って図書室を目指した。


 エレベーターが上昇するにつれて、千歳の決心はさらに強くなっていった……。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        真中くらら
  • 先生たち        姫ちゃん(現社) 村上(千歳の担任) 隅田(世界史)

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