大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・アーケード・12《30センチほども》

2018-03-09 18:14:42 | 小説

・12
《30センチほども》



 芽衣は後悔していた。

 おとつい生徒会室の前で佐伯先生に古い写真を見せられた。
 写真には6人の男子に混ざって、自分と同じ17歳の母が緊張して写っていた。これから生徒会の役員としてやっていくんだと言う初々しい決意が見えた。
 芽衣は前日の失敗で制服を汚してしまったので母の制服を着ていた。それは偶然だけど運命のように感じた。

「あたし、生徒会の役員選挙に立候補するの!」

 家に帰って報告すると、祖父母も喜んでくれた。
「それはいい! 芽衣も、たまには積極的にならなくっちゃな」
「思い出すわ、結衣さんも、初めて来たときは、こんなだったわね」
「そうだったな。泰介といっしょに帰ってきて、最初は言葉が無かったんだよな……」
「モジモジ俯いてばかりで、やっと『小池結衣です、お邪魔します』って言って、また俯いちゃって」
「そう、で、泰介が宣言したのよ『俺の彼女なんだよ』って……すると結衣さん、真っ赤な顔を上げてね」
「『あたし、生徒会の役員選挙に立候補するんです! 百地くんとは立候補仲間なんです!』。なんだかムキになってねえ」
「結衣さんは恥ずかしかったんだよね……でも、手をつないだままだったから、バレバレだったけど」

――そうなんだ。お母さんにはお父さんが付いていたんだ……あたしは、一人ぼっち――

 お客は西慶寺の諦観(花子の兄)さんと診療所のケンニイだけなので、芽衣は奥のテーブルで立会演説の原稿を書いている。
 でも、ちっとも言葉が浮かんでこない。浮かんでくるのは体育館の演壇で立ち往生している自分の姿とため息ばかりだ。
――雰囲気にのまれただけなんじゃないのかな……こんなの引き受けて、芽衣のバカ!――
 そう思うと、プスー! と、ビーチボールから空気が抜けるような盛大なため息が出た。
「なんだ、芽衣ちゃん、スランプかい?」
「え、あ、いや、これは……」
 諦観に言われて、芽衣はアワアワしてしまう。
「芽衣の童話読んでみたいなあ」
 ケンニイが勘違いして腰を浮かす。
「だ、だめー! これはちがうんだからあ!」
「んー、このたび書記に立候補……芽衣、生徒会に立候補するのか?」
「わ、わわわわ、ちがうんだから、だから、だから……」

 芽衣は、道具一式を抱えると店を飛び出してしまった。

 アーケードを西に歩いた。

 途中、遼太郎と文香が声を掛けたようだけど、芽衣は気づかなかった。
 で、鎧屋の前で立ち止まってしまった。鎧屋を過ぎてしまえば商店街を抜けてしまう。抜けてしまえば、なんの解決にもならない。
――作品読んでって言えばいいか。こーちゃんには、いつも読んでもらってるから――
 そう思うと、芽衣は鎧屋のガラス戸に手を掛けていた。
「あのう、こーちゃん居ますか?」
「ああ、メイちゃん。甲、メイちゃんが来てるぞ!」
――う~ん……いま行く――
「あの声はトイレだな。上がって待っててよ」
「あ、はい……」
 勝手知ったる鎧屋なので、芽衣はリビングに向かった。途中トイレの前を通る。幼なじみの気安さで声を掛けてしまう。
「がんばってね~」
 声の代わりに唸り声が聞こえてきて吹き出してしまう。
 リビングに収まると、主人の甲太郎がジュースを持って現れた。
「あ、おじさん、すみません」
「いや、仕事も一段落したんでね」
 いつになくおじさんがニコニコしているので、芽衣はとまどった。
「メイちゃん、生徒会に立候補するんだってね」
「え、えええ……!?」

 あっさり言われてしまったので、芽衣はソファーの上で30センチほども飛び上がってしまった。


※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年

 岩見   甲(こうちゃん)    鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子

 岩見 こざね(こざねちゃん)   鎧屋の娘 甲の妹

 沓脱  文香(ふーちゃん)    近江屋履物店の娘

 室井 遼太郎(りょうちゃん)   室井精肉店の息子

 百地  芽衣(めいちゃん)    喫茶ロンドンの孫娘

 上野 みなみ(みーちゃん)    上野家具店の娘

 咲花 あやめ(あーちゃん)    フラワーショップ花の娘

 藤谷  花子(はなちゃん)    西慶寺の娘

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・16『巻き爪』

2018-03-09 18:06:09 | 小説3

通学道中膝栗毛・16

『巻き爪』        

 

 あいた!

 

 野菜炒めの仕上げに塩コショウ、テーブルの向こう側にあるのをフライパン持ったまま手を伸ばしたら、右足の親指に痛みが走った。

 フライパンを放ってはおけないので……って分かるわよね。放っておくと水分が出てビチャビチャになる。

 痛みを堪えて野菜炒めを完成させ、お皿に盛ってからソファーに腰掛け靴下を脱いでみる。

 

「え、なにーーこれ!?」

 

 おもわず叫んでしまった。

 右足首は、われながら可愛いんだけど、親指の先、形のいい爪がカチューシャみたく丸まって肉に食い込んでいる。

 生え際はいたって普通なんだけど、先に行くほど丸みがきつくなって先っぽはほとんど半円形……どころか、内側の端っこなんて垂直みたくなって、まるでホチキスの先っぽだ。

「あーー巻き爪だよ!」

 いつの間にか帰って来たお母さんが、梅干を食べたような顔して宣言した。

「そんなになるまで気が付かなかったのお?」

「ちょっと爪が切りづらいとは……でも、痛いとかは感じなかったからさ」

「どれどれ……」

 ムンズと足を掴むと目の高さまで持っていくお母さん。

「ちょ、股関節いたいよー!」

「体硬すぎ……あ、端っこの方切れてないよ、肉に食い込んでる」

「う、うそ?」

 たしかに右親指の爪は切りにくいんだけど、それでもちゃんと切って……いなかった。お母さんがムギュっと広げた指先には一ミリ幅くらいの爪が残っている。

「よし、お母さんがオペしてあげよう!」

「あ、いいって。料理できたところだから、食べてからでいい。野菜炒め水が出ちゃうよ」

「よし、じゃ食べてから」

 

 メインディッシュの炒め物は薄味だった。塩コショウは掴んだものの、足の痛みでかけるのを忘れてしまっていたのだ。

 でも、お母さんは巻き爪のオペは忘れなかった。

 

「い、いたたたた、痛いよ!」

 

 わたしの右足はお母さんの腕(かいな)でロックされ、爪きりで穿り出されるようにして食い込み爪が除去された。

「で、でもまだ痛いよーーーー」

「ちょっと化膿しかけてるねえ……こりゃお医者さんだな」

 

 というわけで、学校の帰り道、皮膚科のお医者さんに行くことになった。

 でもね、不思議と靴履いて歩いてると痛みが無いんだよね。痛みが無いと、お医者さん嫌いのわたしは――ま、いっか――という気持ちになってしまう。

「あ、そうだ、ファンシーショップ新装開店!」

 わざとらしく思い出して、お医者さんへの道の直前、鈴夏の肩を叩いて駅の向こう側へ。

 よし、今日こそは! 決心しなおしのあくる日。

 お医者さんに行くために、いつもとは違う道に入ったので鈴夏が不思議な顔をする。

「え、あ、いや、なんとなくだよ、なんとなく」

 わたしは皮膚科の看板を素通りしてしまっていた……。

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