初めて水戸を訪れたが、ほんとに素敵な街だ。
十分開けているのに、浮ついた喧騒感がなく、落ちついた雰囲気がいい。
水戸へ着いて、まず向かったのが偕楽園。
表門の近くが工事中だったので、御成門から園内へ入った。
とにかく広い。そして平日であったこともあり、とても静かだ。
お天気もよく、紅葉を愉しみながらゆっくり散策する。
こんなにゆったりした気分を味わうのは、本当に久しぶりだ。
ひとしきり歩いた後は、東門から外に出た。
東門のそばに茶店があって、梅大福と甘酒をいただく。
大福と梅の甘酸っぱい食感が絶妙だ。
東門から偕楽橋を渡ってゆっくり階段を下っていくと千波湖にでる。
水鳥たちが可愛い。
そして湖の畔には「徳川斉昭公と幼少の慶喜公の像」があった。
すっかり癒されて、いったんホテルへ。
そのあとは前回書いたように、水戸室内管弦楽団の素晴らしいコンサートを聴いて一日目は終わった。
二日目は弘道館へ。
弘道館は、第9代藩主徳川斉昭によって創設された藩校。
江戸時代の全国の藩校の中でも最大のものだそうだ。
弘道館で若者に武術と学問を教え次代を担う人材を育てる一方で、休養とリフレッシュを図るための偕楽園を造る・・・。
光圀(義公)の遺志を受け継いで実現させた、名藩主徳川斉昭(烈公)の偉大な功績のひとつだろう。
これが、その弘道館の正門。
正席(藩主の執務所)からみた対試場。
対試場とは武術の試験が行われた場所で、今はひっそりと静まりかえる対試場をじっと見つめていると、170年の歳月を飛び越えて、当時の若い俊英たちの気合いや熱気が伝わってくるようだった。
「至善堂」の扁額。
至善堂は藩主の御座所であり、明治元年に、徳川最後の将軍慶喜が恭順謹慎した部屋でもある。
今回は時間の関係もあって偕楽園と弘道館にしか行けなかったが、こんなに穏やかな気持ちになれたことは最近ほとんどなかった。
是非、またこの素晴らしい水戸を訪れてみたい。
もちろん、水戸芸術館で水戸室内管弦楽団を聴くことも併せて・・・。
十分開けているのに、浮ついた喧騒感がなく、落ちついた雰囲気がいい。
水戸へ着いて、まず向かったのが偕楽園。
表門の近くが工事中だったので、御成門から園内へ入った。
とにかく広い。そして平日であったこともあり、とても静かだ。
お天気もよく、紅葉を愉しみながらゆっくり散策する。
こんなにゆったりした気分を味わうのは、本当に久しぶりだ。
ひとしきり歩いた後は、東門から外に出た。
東門のそばに茶店があって、梅大福と甘酒をいただく。
大福と梅の甘酸っぱい食感が絶妙だ。
東門から偕楽橋を渡ってゆっくり階段を下っていくと千波湖にでる。
水鳥たちが可愛い。
そして湖の畔には「徳川斉昭公と幼少の慶喜公の像」があった。
すっかり癒されて、いったんホテルへ。
そのあとは前回書いたように、水戸室内管弦楽団の素晴らしいコンサートを聴いて一日目は終わった。
二日目は弘道館へ。
弘道館は、第9代藩主徳川斉昭によって創設された藩校。
江戸時代の全国の藩校の中でも最大のものだそうだ。
弘道館で若者に武術と学問を教え次代を担う人材を育てる一方で、休養とリフレッシュを図るための偕楽園を造る・・・。
光圀(義公)の遺志を受け継いで実現させた、名藩主徳川斉昭(烈公)の偉大な功績のひとつだろう。
これが、その弘道館の正門。
正席(藩主の執務所)からみた対試場。
対試場とは武術の試験が行われた場所で、今はひっそりと静まりかえる対試場をじっと見つめていると、170年の歳月を飛び越えて、当時の若い俊英たちの気合いや熱気が伝わってくるようだった。
「至善堂」の扁額。
至善堂は藩主の御座所であり、明治元年に、徳川最後の将軍慶喜が恭順謹慎した部屋でもある。
今回は時間の関係もあって偕楽園と弘道館にしか行けなかったが、こんなに穏やかな気持ちになれたことは最近ほとんどなかった。
是非、またこの素晴らしい水戸を訪れてみたい。
もちろん、水戸芸術館で水戸室内管弦楽団を聴くことも併せて・・・。