昨日は、ジョン・ウィリアムスのギターコンサートを聴いてきた。
「キング・オブ・ギター」とか呼ばれることもあるようだが、そのようなキャッチフレーズはともかくとして、彼は間違いなく世界最高のギタリストだ。
何度かブログでも書いてきたが、ジョン(一面識もあるわけではないが、敬愛の念を込めてジョンと呼ばせていただく)は、私にとって文字通り「永遠のアイドル」で、その敬慕の念は今も全く変わらない。
明けても暮れてもギターに没頭していた高校時代、自分の目指す方向性を見失いそうになったときに偶然ジョンの弾く1枚のレコードを聴いた。
忘れもしない「ジョン・ウィリアムス コンサート」というタイトルのLPで、ムダーラの「幻想曲」に始まり、最後はモレノ・トローバの「ラ・マンチャの歌」で終わる選曲で、私がギターで弾かれた最高のバッハ演奏だと信じて疑わない「プレリュード・フーガ・アレグロ」もA面の最後に収められている。
聴き始めた途端、私はあまりの感動で金縛りにあったような状態になってしまった。
だって、思い悩んでいた私の理想とするイメージが、突然目の前に現れたんだから。
「こんな音で、こんな風に弾きたかったんだ。ギターって、こんなに素敵な楽器なんだ」
理想ははっきり見えた。しかし、今度は理想と現実のギャップの大きさに絶望させられることになる。(泣)
でも人生で最も多感な時期に、自分にとっての理想の演奏スタイルが見つけられたのは本当にラッキーだったと思う。
先日亡くなったラローチャもそうだが、ジョンの演奏スタイルも基本は「透明感をもった豊かな音楽」だった。
ラローチャに比べるといささか冷やかな佇まいではあるが、湧き出てくる豊かな音楽は楽器の違いを超えて私の心を捉えた。
前置きが随分長くなったので、そろそろ本題に。
<日時>2009年10月31日(土)14:00開演
<会場>すみだトリフォニーホール
<曲目>
■プレトリウス:3つの舞曲(「テレプシコーレ」1612より)
■D.スカルラッティ:2つのソナタ ニ短調 K.213/ホ長調 K.380
■アルベニス:アストゥリアス/マジョルカ
■ドメニコーニ:コユンババ
■タルレガ:アルハンブラの思い出
■アルベニス:コルドバ
■バリオス:フリア・フロリダ/2つのワルツ
■ジョン・ウィリアムス:
・プレリュード・トゥ・ア・ソング
・無言歌
・ハロー・フランシス
■マイヤース:映画「ディア・ハンター」のテーマ、カヴァティーナ
■アイルランドの歌(伝承曲 ジョン・ウィリアムス編曲):
・キャロランのコンチェルト
・ザ・リトル・アンド・グレート・マウンンテン
・ザ・ボトム・オブ・ザ・パンチボウル
・ジャクソンのモーニングブラシ
(アンコール)
■カタリ・カタリ
開演30分前にすみだトリフォニーホールの入口の前に行くと、まさに人・人・人。
おやっ、アイドル歌手のコンサートでも近くであったのだろうかと一瞬考えたが、大外れ。
「人・人・人」はすべて、この日のジョンのコンサートの聴衆だったのだ。
ギター1本でトリフォニーの大ホールを満員にできるのは、世界広しといえジョンだけだろう。
ジョン・ウィリアムス恐るべし。
ギターを2本抱えてステージに登場したジョンは、68歳という年齢よりもずっと若く見える。
2本のうち1本は、前半のメインの曲である「コユンババ」専用。
例によってPA(パワーアンプ)をセットしての演奏だった。
ジョンは、所謂大ホールで演奏する時は遠慮せずにPAを使う。
音色を若干犠牲にしても、「音がよく聴きとれない⇒音楽そのものが伝わらない」という致命的な問題の解消には、これもやむを得ないと考えているようだ。
しかし、たとえ5割増しの料金であっても中規模のホール~たとえば紀尾井ホールとかカザルスホール・・・~で、一度ジョンの演奏を聴いてみたいと思ったのは、私だけだろうか。
最新の音響機器を用いているはずだが、それでも音色の微妙なニュアンスが聴きとりにくいし、また消音できない響きが増幅されて残ってしまうからだ。
さて肝心の演奏だが、前半では何といっても「コユンババ」が良かった。
才能豊かなギタリストでもあるドメニコーニの作品だけに、もともと演奏効果満点の傑作だが、これほどの名演奏にはめったに出会わない。
トルコの土の香り・空気の匂いまでもが漂ってくるような描写が秀逸。幽玄といってもいいかもしれない。
また、アルベニスのアストリアスでは、再び冒頭のカンパネラの部分に戻るときの一瞬ためらいを見せるような表情が忘れ難い。
やはり、ジョンだ。
後半では、バリオスでちょっとっしたハプニングがあった。
フリア・フロリダは可憐な曲で私の大好きな曲でもあるのだが、「3+3」の典型的なバルカローレ。
ところが冒頭の3つの音が、なぜか4つになってしまった。まったく予期しないアクシデントだったのだろう、ジョンにしては珍しく最後まで硬さがとれなかった。
次のワルツ第3番は無難に終わったものの、第4番で最初にハイポジションに駆け上がるところで最高音が決まらない。これに動揺したのか直後のフレーズで一瞬止まりそうになる。しかしジョンの真骨頂はここから。
テンポを2段階くらい速めたかと思うと、即興的な雰囲気でこの難曲を一気に最後まで弾ききってしまった。
さすが・・・。
これも生演奏の醍醐味か。
マイアーズの「カヴァティーナ」を弾き忘れて、アンコールのような形で演奏してくれたのもご愛敬。
名手と呼ばれるギタリストは、現在何人も存在する。
ピエッリ、ラッセル、セルシェル、バルエコ、アウセル、フェルナンデス・・・。
いや、もっと若い層にも俊英たちがでてきた。
しかし、ブリームが事実上引退した今、ジョン・ウィリアムスほど音楽で強いメッセージを伝えられるギタリストはいない。
「ひょっとしたら現役ギタリストとしてのジョンを聴けるのは今回が最後かもしれない」と思ってチケットを買ったのだが、まったくの杞憂だった。
たとえ一瞬とはいえ、大変失礼なことを想像したとジョン様にお詫びしないといけない。
それほど、格調高くかつ瑞々しさを失わない演奏だったから・・・。
ジョン・ウィリアムス様
来年いや再来年でもいいから、日本で元気な姿をステージで見せてください。
そして、最高のギターを聴かせてほしい。
できることなら、そのときはバッハも聴かせてほしい。
今から楽しみにしています。
「キング・オブ・ギター」とか呼ばれることもあるようだが、そのようなキャッチフレーズはともかくとして、彼は間違いなく世界最高のギタリストだ。
何度かブログでも書いてきたが、ジョン(一面識もあるわけではないが、敬愛の念を込めてジョンと呼ばせていただく)は、私にとって文字通り「永遠のアイドル」で、その敬慕の念は今も全く変わらない。
明けても暮れてもギターに没頭していた高校時代、自分の目指す方向性を見失いそうになったときに偶然ジョンの弾く1枚のレコードを聴いた。
忘れもしない「ジョン・ウィリアムス コンサート」というタイトルのLPで、ムダーラの「幻想曲」に始まり、最後はモレノ・トローバの「ラ・マンチャの歌」で終わる選曲で、私がギターで弾かれた最高のバッハ演奏だと信じて疑わない「プレリュード・フーガ・アレグロ」もA面の最後に収められている。
聴き始めた途端、私はあまりの感動で金縛りにあったような状態になってしまった。
だって、思い悩んでいた私の理想とするイメージが、突然目の前に現れたんだから。
「こんな音で、こんな風に弾きたかったんだ。ギターって、こんなに素敵な楽器なんだ」
理想ははっきり見えた。しかし、今度は理想と現実のギャップの大きさに絶望させられることになる。(泣)
でも人生で最も多感な時期に、自分にとっての理想の演奏スタイルが見つけられたのは本当にラッキーだったと思う。
先日亡くなったラローチャもそうだが、ジョンの演奏スタイルも基本は「透明感をもった豊かな音楽」だった。
ラローチャに比べるといささか冷やかな佇まいではあるが、湧き出てくる豊かな音楽は楽器の違いを超えて私の心を捉えた。
前置きが随分長くなったので、そろそろ本題に。
<日時>2009年10月31日(土)14:00開演
<会場>すみだトリフォニーホール
<曲目>
■プレトリウス:3つの舞曲(「テレプシコーレ」1612より)
■D.スカルラッティ:2つのソナタ ニ短調 K.213/ホ長調 K.380
■アルベニス:アストゥリアス/マジョルカ
■ドメニコーニ:コユンババ
■タルレガ:アルハンブラの思い出
■アルベニス:コルドバ
■バリオス:フリア・フロリダ/2つのワルツ
■ジョン・ウィリアムス:
・プレリュード・トゥ・ア・ソング
・無言歌
・ハロー・フランシス
■マイヤース:映画「ディア・ハンター」のテーマ、カヴァティーナ
■アイルランドの歌(伝承曲 ジョン・ウィリアムス編曲):
・キャロランのコンチェルト
・ザ・リトル・アンド・グレート・マウンンテン
・ザ・ボトム・オブ・ザ・パンチボウル
・ジャクソンのモーニングブラシ
(アンコール)
■カタリ・カタリ
開演30分前にすみだトリフォニーホールの入口の前に行くと、まさに人・人・人。
おやっ、アイドル歌手のコンサートでも近くであったのだろうかと一瞬考えたが、大外れ。
「人・人・人」はすべて、この日のジョンのコンサートの聴衆だったのだ。
ギター1本でトリフォニーの大ホールを満員にできるのは、世界広しといえジョンだけだろう。
ジョン・ウィリアムス恐るべし。
ギターを2本抱えてステージに登場したジョンは、68歳という年齢よりもずっと若く見える。
2本のうち1本は、前半のメインの曲である「コユンババ」専用。
例によってPA(パワーアンプ)をセットしての演奏だった。
ジョンは、所謂大ホールで演奏する時は遠慮せずにPAを使う。
音色を若干犠牲にしても、「音がよく聴きとれない⇒音楽そのものが伝わらない」という致命的な問題の解消には、これもやむを得ないと考えているようだ。
しかし、たとえ5割増しの料金であっても中規模のホール~たとえば紀尾井ホールとかカザルスホール・・・~で、一度ジョンの演奏を聴いてみたいと思ったのは、私だけだろうか。
最新の音響機器を用いているはずだが、それでも音色の微妙なニュアンスが聴きとりにくいし、また消音できない響きが増幅されて残ってしまうからだ。
さて肝心の演奏だが、前半では何といっても「コユンババ」が良かった。
才能豊かなギタリストでもあるドメニコーニの作品だけに、もともと演奏効果満点の傑作だが、これほどの名演奏にはめったに出会わない。
トルコの土の香り・空気の匂いまでもが漂ってくるような描写が秀逸。幽玄といってもいいかもしれない。
また、アルベニスのアストリアスでは、再び冒頭のカンパネラの部分に戻るときの一瞬ためらいを見せるような表情が忘れ難い。
やはり、ジョンだ。
後半では、バリオスでちょっとっしたハプニングがあった。
フリア・フロリダは可憐な曲で私の大好きな曲でもあるのだが、「3+3」の典型的なバルカローレ。
ところが冒頭の3つの音が、なぜか4つになってしまった。まったく予期しないアクシデントだったのだろう、ジョンにしては珍しく最後まで硬さがとれなかった。
次のワルツ第3番は無難に終わったものの、第4番で最初にハイポジションに駆け上がるところで最高音が決まらない。これに動揺したのか直後のフレーズで一瞬止まりそうになる。しかしジョンの真骨頂はここから。
テンポを2段階くらい速めたかと思うと、即興的な雰囲気でこの難曲を一気に最後まで弾ききってしまった。
さすが・・・。
これも生演奏の醍醐味か。
マイアーズの「カヴァティーナ」を弾き忘れて、アンコールのような形で演奏してくれたのもご愛敬。
名手と呼ばれるギタリストは、現在何人も存在する。
ピエッリ、ラッセル、セルシェル、バルエコ、アウセル、フェルナンデス・・・。
いや、もっと若い層にも俊英たちがでてきた。
しかし、ブリームが事実上引退した今、ジョン・ウィリアムスほど音楽で強いメッセージを伝えられるギタリストはいない。
「ひょっとしたら現役ギタリストとしてのジョンを聴けるのは今回が最後かもしれない」と思ってチケットを買ったのだが、まったくの杞憂だった。
たとえ一瞬とはいえ、大変失礼なことを想像したとジョン様にお詫びしないといけない。
それほど、格調高くかつ瑞々しさを失わない演奏だったから・・・。
ジョン・ウィリアムス様
来年いや再来年でもいいから、日本で元気な姿をステージで見せてください。
そして、最高のギターを聴かせてほしい。
できることなら、そのときはバッハも聴かせてほしい。
今から楽しみにしています。