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「第三の翼」と再び『エレニの帰郷』について

2014-02-14 16:29:47 | 映画評論
 Kさん、映画『エレニの帰郷』のご感想、ありがとうございました。
 描かれた人物たちは、大きな物語のうねりに翻弄された自分たちについてはある程度意識的だったように思います。それは、私が前に引用した次の会話にも見られます。

 ヤコブ「別世界を夢見たあの夢はどこへ消えた?始まりは全て違っていた。風も吹いていた。空にも住める。そう思う人までいた」  
 スピロス「誰かが言ったよね。歴史に掃き出された、と」

 エレニのそれについての言及はありませんが、彼女の愛し愛された軌跡そのものがそれを雄弁に語っています。

                   
 
 Kさん、私が前回触れ得なかったこの映画のひとつのキーワード、「第三の翼」についてのご指摘、ありがとうございました。この映画の原題は『 The Dust of Time 』ですが、当初、邦題は『第三の翼』に内定していたようでした。これを取り逃がしてはいけませんね。

 映画の中でも、収容所で女性の詩人が撒く詩に始まり、断片的にではありますが、再三再四台詞として登場し、ホテルが荒らされたシーンではずばりその翼が映像として出てきますね。また、ヤコブが船から身を投じるシーンんでのあの立ち姿は、明らかに翼を広げた像をイメージしています。
 
 そのヤコブは、女性詩人の撒いた詩を拾ったといって、その一部を引用するシーンがあります。
 「群衆の喧騒の中を歩みながら、不安なことに天使が沈黙していた。天使は翼を地に垂れ、泥で汚してこう叫んだのだ。唯一望みうるユートピア。第三の翼」

 ここで朗読される詩は、三者の愛の物語のなかでヤコブが置かれた立場を考えると痛切なものがありますが、もちろん、ヤコブ個人にかかわらず普遍的な意味をもつものと思われます。ただし、一貫してこの言葉に固執していたのはやはりヤコブであることは事実です。
 そしてこの、ヤコブを演じるのが、かの『ベルリン・天使の詩』(ヴィム・ヴェンダース監督)で天使ダミエルを演じたブルーノ・ガンツとあっては、アンゲロプロスの凝った演出を思わずにはいられませんね。

                    

 「唯一望みうるユートピア。第三の翼」と歌われてはいるのですが、しかしながら、例えば政治的な左右両翼に対する「第三」とする短絡はいささか違うような気もします。時代的にナチズムやスターリニズムの暴虐に苦しめられた彼らの状況下にあっては、そうした寓意は全く否定し得ないとは思いますが、もう少し広い見方もできるように思います。
 
 Kさん、私はむしろ、ありえたかもしれない世界の別の様相を想起します。これは、SFでいうところのアナザー・ワールドとは少し違うのですが、私たちが誕生し、そこへと参入する世界はあらかじめ先行する世代の実践によって築き上げられたものであり、私たちはそれを己の実存の条件として受容しつつ、その世界での実践へと参加します(不参加もまたひとつの参加の形態です)。そして、その結果として幾つもの悲喜劇が誕生します。
 エレニ、スピロス、ヤコブの織りなすドラマもそうしたもののひとつです。

 彼らはやり直すには十分老いています。したがって、そうではない世界、つまり第三の翼への希求は、次の世代に託されざるを得ません。それがおそらく、ブランディンブルグ門を背景に駆けるスピロスと孫のエレニの継承のイメージだと思われます。
 そうすると、冒頭のモノローグ、「何も終わっていない。終わるものはない。帰るのだ・・・。物語はいつしか過去に埋もれ、時の埃にまみれて見えなくなるが、それでもいつか不意に、夢のように戻ってくる。終わるものはない」がニーチェの永遠回帰のように不死性を伴った物語の継承として深く重い意味を持ってくるのです。

           

 アンゲロプロスの映画は、状況的だといわれます。不断に状況に支配され揺れ漂う人々が描かれているからです。しかし、そこに登場する人たちはそうした状況下にあっても、それを自然必然のように一方的に受容するのではなく、自己の尊厳をかけて生き抜こうとする人たちなのです。
 この映画の中での三者も、けっして自らの被った運命的な足跡を、ルサンチマンをもって振り返るのではなく、それ自身を自らの生として引き受けていると思います。

 Kさん、改めて私にいろいろ考える機会を与えていただき、ありがとうございました。以下が私の結語のようなものです。
 「これぞわが生だ!」と愛をもって生き抜く人々の生は、永遠に回帰し、したがって、「終わるものはない」。

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