ここしばらくの毎朝、わが家では、他ならぬこの私の争奪をめぐって激しい闘いが展開されている。私を奪い合うこの闘争の当事者たちというのは、布団とその外部である。
目覚ましが鳴るやいなや、それがゴングであったかのようにその闘争は開始される。
まず、外部が闘いの火蓋を切る。外部は私に告げる。
「オイ、早く布団から出ろ! ただださえもう遅いのに、まだ布団のなかに居つづけるなんて許されない。」
布団が反論する。
「誰が許さないんだ。この男は、昨夜からず~っと俺が温め、必要な睡眠時間を快適に過ごさせてやって来たのだ」
外部「それをもう切り上げるときだと言ってるんだ。世間では、もう多くの人達が働いている時間だ」
布団「世間がなんだっていうんだ。どうせ、もうこの男は働いたりはしない。この歳で肉体を酷使するより、俺のなかで快楽をむさぼっていたほうがいいのだ。なあ、そうだろうお前」
急に振られて私は戸惑う。確かに、ここから抜け出して寒気にさらされながら世間とやらに交わるのは億劫だし、このまま留まることのほうが快適なのは間違いない。
が、一方、このまま留まることへの罪悪感のようなものもある。布団のなかに留まるという単純な快楽に身を任せてしまってもいいのだろうか。
外部「そのまま布団にとどまりたいというのはこの厳しい寒さのなか、わからぬでもない。しかし、お前にはそうした単純な快楽の他にも、まだまだ、さまざまな欲求があるはずだ。食欲、情報に接したいという欲求、何らかの仕方で自己表出をしたいという欲求。それらを通じた他者からの承認を得たいという欲求・・・・」
布団「くだらぬまやかしに乗ってはいけない。〈他者からの承認〉?冗談じゃない。そのためにお前はどれだけ自分を誤魔化してきたのかを考えてみろ。それはお前をお前ではなくする。そんなモノに耳を貸すことなく、その折々の自分の欲求に忠実であることがお前がお前であるということだ。今のお前の欲求は何だ。このまま温かいままで居たいということだろう。だったらそれに忠実に従うことこそがお前がお前であることだ」
外部「寝たっきりでいることが〈お前がお前であること〉だって。笑わせるんじゃないよ。起きて他者と接触し、それと向き合うことによってはじめて〈お前〉があるんだよ。今のお前は、その暖かさから離れがたく、そこから起き出すことが面倒なだけの怠惰に支配されているだけだろう。さあ、四の五のいってないで早く起きるんだ」
私はやはり起きることとする。布団から出るのは辛い。ましてや着替えのために薄着になることは辛い。でも仕方がない。今日、しようとしていることを念頭に浮かべながら着替える。
布団は慌てて、そんな私を非難する。
布団「この裏切り者! お前が暖かくその必要な睡眠を確保できたのは誰のおかげなんだ。なんでそれを振り切ってまで世間とやらに迎合するのだ。この恩知らず!」
自分「ごめん、許せ。私もお前のなかでぬくぬくして居たい。でもそうはいかぬのだ。食事の支度や洗濯、などなど、日常生活維持のための行為はお前のなかに居たままでは出来ないのだよ」
でも布団は、まだブツブツいって私を責め立てる。外部の方は、もうここまで来たら私が布団に戻ることがないのを知って、ただ布団の方を冷ややかに見やるのみだ。
ところで、布団から抜け出て世間とやらに交わる私は本当に〈お前〉、つまり〈私〉になったのだろうか。それ自身、世間体を気にしたたんなる惰性に過ぎないのではないだろうか。
いずれにしても、今夜、私はまた布団へと戻るであろう。そして翌朝、またあのバトルが繰り返されるであろう。とくに、これだけ寒い朝が続く限り、私はその争奪戦のなかで翻弄されざるをえないのだ。
目覚ましが鳴るやいなや、それがゴングであったかのようにその闘争は開始される。
まず、外部が闘いの火蓋を切る。外部は私に告げる。
「オイ、早く布団から出ろ! ただださえもう遅いのに、まだ布団のなかに居つづけるなんて許されない。」
布団が反論する。
「誰が許さないんだ。この男は、昨夜からず~っと俺が温め、必要な睡眠時間を快適に過ごさせてやって来たのだ」
外部「それをもう切り上げるときだと言ってるんだ。世間では、もう多くの人達が働いている時間だ」
布団「世間がなんだっていうんだ。どうせ、もうこの男は働いたりはしない。この歳で肉体を酷使するより、俺のなかで快楽をむさぼっていたほうがいいのだ。なあ、そうだろうお前」
急に振られて私は戸惑う。確かに、ここから抜け出して寒気にさらされながら世間とやらに交わるのは億劫だし、このまま留まることのほうが快適なのは間違いない。
が、一方、このまま留まることへの罪悪感のようなものもある。布団のなかに留まるという単純な快楽に身を任せてしまってもいいのだろうか。
外部「そのまま布団にとどまりたいというのはこの厳しい寒さのなか、わからぬでもない。しかし、お前にはそうした単純な快楽の他にも、まだまだ、さまざまな欲求があるはずだ。食欲、情報に接したいという欲求、何らかの仕方で自己表出をしたいという欲求。それらを通じた他者からの承認を得たいという欲求・・・・」
布団「くだらぬまやかしに乗ってはいけない。〈他者からの承認〉?冗談じゃない。そのためにお前はどれだけ自分を誤魔化してきたのかを考えてみろ。それはお前をお前ではなくする。そんなモノに耳を貸すことなく、その折々の自分の欲求に忠実であることがお前がお前であるということだ。今のお前の欲求は何だ。このまま温かいままで居たいということだろう。だったらそれに忠実に従うことこそがお前がお前であることだ」
外部「寝たっきりでいることが〈お前がお前であること〉だって。笑わせるんじゃないよ。起きて他者と接触し、それと向き合うことによってはじめて〈お前〉があるんだよ。今のお前は、その暖かさから離れがたく、そこから起き出すことが面倒なだけの怠惰に支配されているだけだろう。さあ、四の五のいってないで早く起きるんだ」
私はやはり起きることとする。布団から出るのは辛い。ましてや着替えのために薄着になることは辛い。でも仕方がない。今日、しようとしていることを念頭に浮かべながら着替える。
布団は慌てて、そんな私を非難する。
布団「この裏切り者! お前が暖かくその必要な睡眠を確保できたのは誰のおかげなんだ。なんでそれを振り切ってまで世間とやらに迎合するのだ。この恩知らず!」
自分「ごめん、許せ。私もお前のなかでぬくぬくして居たい。でもそうはいかぬのだ。食事の支度や洗濯、などなど、日常生活維持のための行為はお前のなかに居たままでは出来ないのだよ」
でも布団は、まだブツブツいって私を責め立てる。外部の方は、もうここまで来たら私が布団に戻ることがないのを知って、ただ布団の方を冷ややかに見やるのみだ。
ところで、布団から抜け出て世間とやらに交わる私は本当に〈お前〉、つまり〈私〉になったのだろうか。それ自身、世間体を気にしたたんなる惰性に過ぎないのではないだろうか。
いずれにしても、今夜、私はまた布団へと戻るであろう。そして翌朝、またあのバトルが繰り返されるであろう。とくに、これだけ寒い朝が続く限り、私はその争奪戦のなかで翻弄されざるをえないのだ。