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ガラクタと戦争(3) Oさんの退却戦

2012-07-23 14:36:31 | 想い出を掘り起こす
  写真は私の近所の雨後の散歩道で撮ったもので、本文に関係はありません。

 (承前)さて、Oさんが一家をあげて姿をくらました理由ですが、それは国家権力との壮絶な戦いの一環だったのです。
 というと、密かにテロルを準備してきた革命戦士かなんかが、それを摘発されそうになって地下に潜ったかのようですが、Oさんが革命などという一銭もお金にならないことに加担することはありえませんでした。
 むしろ、伝統的なものに価値を見出す「善良な」市民だったのです。
 ただし、「摘発されそうになって」の部分は当たらずといえども遠からずなのです。

             

 失踪が明らかになったさらにその翌日になって、名古屋市内で同業を営なんでいたOさんの兄によって、私たちは真相を知ることになるのです。そしてそれは、自慢ではないですが(ちょっぴり自慢かな)私の想像していたものとぴったり符合するものでした。
 もっとも私も、そこまでやるとは思っていませんでしたので、その決断というか蛮勇というか、大胆不敵な、あるいは無謀とも思える行動に多少の驚きは禁じえなかったのですが。

 Oさんは、すでに述べましたように、商才もあり、博才もあり、肩で風切る勢いで怖いものなどないように見受けられましたが、実は心底、恐れていたものがあったのです。「饅頭怖い」ではないですよ。
 
             

 それは税務署でした。
 Oさんの論理では、「俺が汗水たらして稼いだものを、なんで碌でもないお上に取り上げられられねばならないんだ」でした。したがって、しこたま稼いだものをひたすら隠匿していたわけですが、それは節税の範囲をはるかに越え、誰が考えても脱税の域に達していました。

 しかし、Oさんも税務当局の攻勢に無防備でいたわけではありません。
 彼は所轄の署に対してはちゃんとした対策を施していました。ようするに、署の特定の人たちをちゃんと自分の影響下に置いていたのです。
 私もそれらしき人が、Oさんの麻雀室でしかるべく勝って(勝たせてもらって)、しかも、おみやげ付きで上機嫌で帰ったりしたのを目撃しています。
 ただし、断定はしません。あくまでも「それらしき人」です。

               

 ですから、問題が所轄の範囲内でしたらOさんは安泰だったのです。
 しかしそれが、国税当局の査察とあっては話は別です。もはや麻雀室での接待では対応しきれないのです。ライバルの妬みか、あるいは正義感に萌えた人かは知りませんが、どうやらタレコミがあったようなのです。
 いいえ、私がたれこんだのではありませんよ。

 にもかかわらず、Oさんの所轄への懐柔策は決して無駄ではありませんでした。なぜかというと、◯月◯日に査察が入るという情報はちゃんと届いていて、それがOさん一家の退却戦に繋がったのですから。
 それにしても、一夜にして城を捨てて落ちのびるとはまことにもって大胆不敵な作戦というべきですね。

               

 Oさんの兄がもたらした情報に戻りましょう。
 それによれば、Oさんは決して債権者には迷惑をかけない、振り出した手形はちゃんと落とす、ただし、暫くの間、所在は明らかにできないし連絡もしない、しかるべき期間が経った後どうなるかは今のところ未定、その折にはまたちゃんと連絡するというものでした。

 その言葉通り、月々の手形は落ちました。その当時、私のいた業界では90日の手形が一般的でしたが、それらは全て落ちました。むしろ、Oさんが顧客に売ったものの回収の方ができなかったのではないかと思います。
 
 これが、Oさん蒸発の真相です。
 私は個人的にその兄に尋ねました。
 「一家は皆さん元気でちゃんと暮らしているのですか」と。
 兄は、Oさん一家がしかるべきところでちゃんと居を構えて生活していること、子どもたちも転校手続きをして新しい学校に通うことになっていること、などを教えてくれました。

             

 私が前回、Oさんがさんざん稼いだにもかからず、小金持ちにはなっても、資本家にはなれなかったといったことがお分かりでしょう。
 納税をしなかったり、あるいは所轄よりももっと大きなところに政治的なルートを持たなかったりする限り、稼いだ金を資本として投下することはできないのです。不動産の購入なども出来ません。

 Oさんの失踪に関するこの物語は、これでもってほぼ終了しました。
 え?その後のOさんがどうなったかですか?
 それを語るにはもう十分長くなりました。
 その後日譚はまた次回に。

 
 

 

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