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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

街なかの公園で鮭弁を食べる人

2020-02-16 14:00:43 | 日記

 街なかのほぼ正方形をした小公園は、かつてはしもた屋造りの家屋に囲まれ、近くの長屋からは鼻垂れ小僧や少女が三輪車など漕いで遊びに来る場所だったが、時の移ろいに従い、四方にマンションなどが建ち並び、今やまるで四角い井戸の底のようになってしまった。
 訪れる子どもたちもいない。

 それでも、申しわけ程度に数本の桜が並んでいて、一角には立派な銀杏の木がそびえていた。その対角線には花壇とおぼしきスペースもあり、夏には真っ赤なカンナが咲いたりした。

 しかしこの時期、そのカンナも桜も静まり返り、銀杏の黄葉もとっくに過ぎ去って、なんの色気もない空間がむき出しになっていた。
 かつては、ここを囲むようにマサキかなんかの常緑樹の生け垣が張り巡らされていたのだが、防犯上の理由とかで、そのすべてが撤去され、のっぺらぼうな空間がむき出しになったままだ。

 私は幼馴染ともいえるような古い付き合いの女性とベンチに座り、ある相談をしていたのだった。その相談の内容はというと、彼女とは別の女性と私との間のことで、この幼馴染には何でも相談できるという甘えもあって、かなり際どい立ち入った話もしていた。

 しかし、事態は思いがけず微妙に変化しはじめていた。
 というのは、話している途中でその問題自体がどんどん背景に退き、それを語る私の言葉も空疎になったまま、隣りにいる幼馴染が気になり始めたのだった。当然のこととしてぴったりくっついているわけはないのだが、そこはかとなく彼女の体温のようなものが感じられ、急にそれが艶かしく魅惑的に思われてきたのだった。

 相談内容はとっくに宙に飛んでしまって、幼馴染の体温のようなものをより感得したいものだと、1mmでも彼女に近づけないかと希求する私と、それだけはしてはならないと止める私とに引き裂かれた私がいた。
 私の視線は定まらないままにあちこち泳いでいたのだと思う。その視線に、ちょっと離れたベンチこに座っている人の姿が入るやいなや、私は弾かれたように立ち上がっていた。

 そこにいたのは、幼馴染の女性の連れ合いだったからだ。もちろん私とは顔なじみである。
 つい先刻まで、私を捕らえていた気持ちを知ってか知らずか、あるいは私たちがいたことに気づいていたのかどうかもわからない彼は、ベンチでサケ弁当を食べていた。
 鮭の切り身の赤さがなぜか鮮明で、これは紅鮭を使った上等な弁当だなと検討をつけた。

 「こんにちは。お食事中すみません」
 と、そちらへ駆け寄って声をかけた。
 「あれ、どうしたのですか?こんなところで?」
 と、彼は一見、無邪気そうに笑ってみせた。しかし、何もかも見通した上での対応かもしれないと思い、正直に相談の内容も含めて話したほうがいいと判断した。

 「じつはですね、あそこであなたの・・・・」
 と、さっきまで座っていたベンチの方を振り返って驚いた。幼馴染の姿が消えていたのだ。生け垣もなにもないこののっぺらぼうの場所からどうやってその身を隠したのだろうか。
 
 「いや、その、じつはですね・・・・」
 と、改めて彼の方を見て再び驚いた。彼もまた綺麗サッパリ消えていたのだ。しかし、彼を見たのは幻視ではない。その証拠に、ベンチの上には確かに食べかけのあの紅鮭を用いたサケ弁が残っていたのだから。

 マンションに囲まれた四角い空を見上げた。白い月がぼんやりと所在なげにそこにあった。
 ゴォと風が鳴って、銀杏の枝を揺らし、どこかに残っていた黄色い葉が一枚だけ、ハラハラと風と戯れていた。

                   (「夢六話」より 其之五

 

 https://www.youtube.com/watch?v=3Z6exFSma0I

 https://www.youtube.com/watch?v=KxrmdZyfOnI

 https://www.youtube.com/watch?v=I2zQGpdcpQg

 

コメント
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