クーチミラン

根を、張るときと花の咲くとき

今年もお付き合い戴き本当に有り難うございました

2016年12月30日 | ブログ
今年も又、拙いブログをお読み戴き心からお礼を申し上げます。本当に有り難うございました。新しい年も変わらずお付き合いくださいますよう何とぞ宜しくお願いいたします。毎年、新年に向けての準備に取りかかっていた年末のこの時期、今年はどうしてか気乗りがしませんでした。しかし、窓拭きに着手してからは次第に事は運ぶようになり遂には例年通りの作業を終えることが出来ました。窓拭き、餅搗き、洗車、門扉洗い、三宝への飾り付け、3件の餅飾り作りなどです。赤ちゃんの肌を想像させる搗きたての餅に納豆を添えたり、粒餡を入れたものも試食し充分の満足感に浸ることが出来ました。
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初体験 腰抜け

2016年12月27日 | 日記
腰抜け、とは精神的な面で使われる表現ですが、一昨日は私は身体に関して完璧な文字通りの腰抜け状態に陥りました。朝起きて立ち上がった時、全く立位を保てず勿論、動くことさえ出来ませんでした。言葉では表現出来ない、これまでに経験したことがない不快感が下半身を襲いました。後へ倒れて布団の上に長く寝そべって耐えました。その状態なら本当に車イス生活になるしかない、と思いましたが、やがて回復するに違いない、との自信はありました。その思い通りやがて元に戻り通常の活動に移ることが出来ました。何故、腰抜け状態になったかを考えました。前日は約半日、10mほどもあるフェンスに這った蔓物の取り除き、それもフェンスに食い込んでいますのでかなりの難作業でしたし、その前は墓掃除、そして屋根上での柿の木剪定までしていました。それらのことが恐らく影響したのではないか、と思います。
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〇〇屯家の墓

2016年12月25日 | 社会
この表現は私は初めて見ました。屯の意味は理解していましたのでその点は納得出来ないことはありませんでしたが、墓碑でそのように使われていたのは「目から鱗」でした。帰宅してから辞書で調べましたが、屯家という単語は載っていませんでした。しかし、その意味からその表現もあるのだろう、と思います。好天気となった昨日午後、墓掃除に行きました。新年に備えての毎年の行事です。墓掃除は年に4回行いますが年末のこの時だけは墓石へ上がり墓全体に雑巾掛けをしています。昨年までは軽くジャンプして最下段の墓石に飛び乗っていましたが、今年は脚立を持参し使用しました。また、拭き掃除中は足を置く位置にも最大の注意を払いました。昨年まではそんな特別の注意は要りませんでしたので、自分の老化をいやというほど認識しました。我が家の掃除を終えてから、直ぐ隣に在る友人宅の墓にお参りしました。そこで屯家という表現に出会ったのです。彼の自宅も我が家のすぐ近くではありますが、高校卒業後上京しそこで暮らしていて最近、亡くなった、とのことでした。墓には彼の氏名は記載されていませんでした。実は、昨日の自宅出発時、もしかすると(彼の)お姉さんが墓掃除に来ておられるかも、との閃きがありました。現地へ着きますと本当にお姉さんが来ておられました。
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銀塩が遂に、スキャナからも消えました。

2016年12月24日 | 写真
今回購入した複合機にはフィルム読み取り機能は付いていません。正に、時代の流れを表していますし、そのこと自体が私としてはとても悲しく残念なことです。幸い、以前に買った同社のスキャン専用機が35mmやブローニ、そして使用することはありませんが8×10インチのフィルムまで対応出来ますので胸を撫で下ろしています。今後、相当の長い期間、社会的には現在の状況が継続されていくと思われますので、銀塩対応の手持ちの機械をより一層、可愛がり大切にしなければなりません。
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背筋が伸びた青年に・・・

2016年12月23日 | 日記
ユズ胡椒の刺激と臭いがまだ、鼻、口、などに残っていますがその程度は極めて軽くなりました。それが酷いときは流石にユズ胡椒を使う気になりませんでした。漸く、味噌汁に入れるようになりましたが、それが作り出す味はまるで、背筋がピンと伸びた若々しい青年に出会ったような感じです。味が際立ち身も心も引き締まったような満足感が出てきます。
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待ーてど暮ーらせーど来ーぬ・・・

2016年12月22日 | 写真
あれは何ヶ月前だったでしょうか。買い物に行ったスーパーでデジカメを落としたのは。それからというものは日に数回、それも毎日、もう、発売されたかも、と期待しながらPCを開いています。しかし、未だ、「発売日未定」の表示は変わりません。熊本地震の災害でIC部品の生産が停止しているためだそうです。ある情報ではこの暮れぐらいには解決するかも、とのことでしたので、それに期待してそれまで自制していた購入予約を入れました。勿論、代金払込はしていません。具体的発売日も分からない対象に予約をしたのです。“その時”を待つ今の私にとっては楽しみの1つではありますのでそれはそれでいいのですが、明日からもまた、PCでの確認を繰り返すことになる、と思います。
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新プリンターの印刷不具合

2016年12月21日 | PC
50枚の葉書印刷に入りました。順調に印刷は進んでいましたが何故かそれは中断し、プリンターのディスプレイにはその旨のメッセージが表示されて葉書は印刷途中の侭で排出されました。PCはそれでも印刷画面でしたので該当項目をクリックしました。印刷は継続されました。この繰り返しが何と、6回も発生しました、わずか50枚の印刷で。最終的には印刷は終了させることが出来ました。排出された葉書も、既に印刷された部分に完璧に重なって印刷されましたので何も問題はありませんでした。(葉書をセットする装置が固定されていることからそれが可能だったのです)今後の事もあり、また購入したばかりの機種でもありましたのでメールで問い合わせすることにしました。会社のHPで該当項目を探し出し尋ねる内容を入力しました。必要な部分の入力を終え確認画面になりましたが、入力に不具合が存在する旨が示されました。どの項目がそれかは指示がありましたが文章のどの部分がそうか、までは示されません。半角カナが混じっている、との指摘でした。その部分を全角に変更するのは言葉としては全くおかしいのですが、敢えてそのようにしました。しかし、それでも画面は同じメッセージが出て先に進みませんでした。数回、画面を元に戻して文章を確認し文章を削れる部分は削っていきました。そして漸く、受け付けて貰えました。全角、半角の約束事についての基本的なことについて私に間違った解釈があるのかも知れません。
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あまりの好天気に屋根上に

2016年12月20日 | 日記
昨日午前は所用で外出し、その帰途はウォーキング90分としました。午後は炬燵に入って賀状の仕上げをする予定でしたが、屋外は気温も高く風も無く、あまりにも良い天気の為急遽、屋外の作業に変更しました。屋根に上りました。柿の木の枝切りです。天に向かって直立した枝を切り取りました。午前のウォーキングの疲れもあり途中、2度の休憩を屋根上でとりました。枝切りは常時、上を向いての作業ですので凄い疲れが出てきました。高枝切りノコを使用して私で出来る範囲は全て“散髪”出来ました。私にしては珍しくケガもなく終了させることが出来ました。残った数本はノコの長さが足りなかったり、角度が悪かったりで私ではどうにもならない場所のものばかりで、木全体の見かけは少し、劣りますが致し方ありません。
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他人の親切と私のお粗末

2016年12月19日 | 日記
朝、目が覚めると同時に唱歌「蛙の笛」が頭に飛び込んできました。時期でもないのに何故、その曲が浮かんだかは分かりません。曲を口ずさみながらハーモニカを置いている所へ行き早速、「探り吹き」をしました。概ねは演奏できましたが当然のことながら音符が分からない部分も多く正確を期すことは出来ませんでした。この曲もなかなか良い感じですのでマスターしたく思い後刻、開館の時間を待って近くの図書館を訪れました。以前にもその経験がありますので該当の書棚を探しましたが私が求めている童謡唱歌の書籍はありませんでした。以前はあったのです。カウンターへ戻って担当の方に尋ねました。やはり、私が探している書棚を確認されましたが、見当たらなかった為、倉庫に収められた分をわざわざ探しにいってくれました。暫くして該当のものを持って来られました。帰宅して私が所有している楽譜のファイルを確認しましたら何と、既に持っていました。全くの自分のお粗末、呆れかえりました。所有していない、との思い込みと、そのことがもたらした事前確認の怠り、困ったものです。図書館の担当者の方には要らざるご迷惑をお掛けしましたが、お借りした書籍内に私がまだ所有していず、だけど興味がある童謡唱歌が7曲含まれていました。幸運でした。
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季節が進み、演奏曲も変わりました。

2016年12月18日 | 日記
季節が変わりました。先日までは自宅での演奏は「里の秋」、「紅葉」が主たるものでしたが、現在は変わりました。今は「冬景色」、「冬の星座」、「冬の夜」としています。私の勝手な感じ方だとは思いますが、演奏中、これら冬のメロディーからは何か、乾燥した冷気と何処までも汚れのない澄み切った大気みたいなものを感じます。他の季節、他の曲ではなかったことです。そのムードをハーモニカ演奏で少しでも表現出来るようになれば大したものですが・・・。
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そこに思い至らぬことが情けない

2016年12月17日 | ブログ
1,000枚の葉書を印刷したとき、その乾燥には、考え付いた専用とも云うべき用具を利用しています。これはその印刷の依頼を初めて受けた時に導入して以後、ずっと使い続けています。従ってもう、相当の年数になります。我が家分の葉書印刷時も当然、それを使用しています。ところが、葉書の宛名は万年筆使用の為、書き上げた葉書は床に広げて乾燥させていました。それも置き場所に苦労しながら。上記の用具を活用すれば場所も取らず極めて合理的なのにです。今回初めてその事に気づきました。去年までそこに思い至らなかったのは何と申しましょうか、お粗末というか、嘆かわしいというべきか、悲しむべきと云うべきか。私の脳みそは穴だらけのようです。
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考えてみると、面白い 「裏」と「前」

2016年12月16日 | 日記
昨日の記事のバス停名ですが、普段は何も考えずに口にしていますが考えてみると言葉の不思議な使い方です。通常、裏の反対語は表、前の反対語は後です。しかし、バス停に「〇〇表」、「〇〇後」では何か違和感があり相応しくない感じがします。その表現を聞き慣れないことも影響しているのでしょうが。

現在使用中のブルートゥースマウスが突然作動しなくなることがあります。最近入手したばかりの新品ですが。幸いその復帰方法が分かりましたので解決はしています。何かの具合で、あるいは私が気づかないで押下したキーの為に「機内モードオン」になり不具合が発生しているのかも知れません。そのことから考えると先に廃棄処分した純正マウスはもしかしたら、それ自体に問題はなく上記の状態に陥っていたことも考えられます。しかし、その時点では解決方法を知りませんでしたので処分は仕方ないことでした。ただ、その時のマウスの状態は今回の症状とは少し異なる部分もありましたので、何とも云えません。

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裏・前・裏・前

2016年12月15日 | 社会
私達の町には2つの高校があります。そしてその間の距離は400mくらいでしょうか。通学の生徒達の為にバスはその両方を通りますが、そのルートは簡単にいえばアルファベットのUに近いです。停留所の名称が面白いです。一方からみた場合、〇〇裏→〇〇前→〇〇裏→〇〇前の順序になっていて、〇〇はそれぞれの高校の名前が入ります。
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これを拷問と云わずに何と云いましょうか。

2016年12月14日 | 日記
先日、胡椒を戴きました。以前に戴いたご自製のユズ胡椒が色も綺麗で味噌汁に入れたら、えも云えない魅力ある味を作ってくれましたので、そのことを報告していたのです。戴いたユズ胡椒はとっくに消費してしまっていましたので今回、胡椒を戴いたのは自分で作る為には丁度良いタイミングとなりました。作り方を記した紙を添えてありましたし、胡椒の凄い臭いと刺激について充分のアドバイスを直接、口頭で戴きました。天気の良い日を選んでユズ胡椒作りに取りかかりました。部屋の中では臭いが充満してとんでもない環境に陥ることが予想されましたのでベランダを選びました。ユズは我が家で生ったものですが、ここ数年間は肌が汚いものばかりですので、比較的綺麗な物ばかりを選び出し、その中の綺麗な皮の部分のみを切り取りました。さて、その後が問題の段階でした。アドバイス通りに塩ビの手袋を両手に着け、知恵を働かせて俎板の代わりに紙パックを利用、刃物は包丁をやめて事務用品のカッターを使いました。何れも事後、廃棄処分にするためです。左手で胡椒を押さえてカッターで切り込み、胡椒を縦に2分割しました。そして種を除きました。この作業中、左手だけは常に胡椒に触れていました。手袋着用ではありましたが、全過程終了後、手には微かなヒリヒリを感じ続けましたし、臭いも残り続けました。しかし、その度合いは耐えられる範囲のものでした。ところが、その夜の入浴時、左手を湯に浸けますと正に拷問を受けることになりました。凄い、凄い痛さでした。耐えられず、その後は手は湯から出したままにしました。胡椒作り終了後、何度も手洗いはしましたのにその有様でした。3、4日間はその状態が継続したように思います。また、その後も目を触れば瞼に、口へ手をやれば唇がヒリヒリとしていました。後で気づいたのですが、カッターナイフの柄や刃の部分、種を捨てていたバケツの柄、それらに胡椒がくっついていたのです。勿論、着用していたエプロン、洋服には臭いが染み込んでいました。そして、1週間も経った今日でもまだ、臭いが鼻に残り続けています。しくしゃみも出ます。果たしていつまで続くのでしょうか。次回作業時は鳥インフルエンザ消毒時のような格好が必要になります。胡椒と、完成のユズ胡椒の写真を添付します。
 
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またまた1つ、消えて行きます。

2016年12月13日 | 社会
我が家から手を伸ばせば届くほどの所に幼い頃から友人だった人の家が在ります。本人は早めに上京して就職し、お母さんが独り、その家で暮らしておられました。しかし、ある時期から施設に入られ、その家は空き家となりました。近くに住んでおられる娘さんがお母さんの存命中も空き家となってからも家屋に風を入れるために訪れておられました。しかし、友人は数年前、お母さんも先般、その生涯を閉じられました。昨日、家財道具などが運び出される様子に出会いました。この後、その家はどうなるのでしょうか。空き家の侭か、取り壊されて更地になるのか。私が物心ついた時から目にし接してきた、色んな想い出も含まれた対象がまたまた1つ、消えて行きます。
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