クーチミラン

根を、張るときと花の咲くとき

枝の直径が15cmもありました

2017年03月31日 | 日記
60年ほども経過して生き続けている我が家の庭の柿の木、その枝を切りました。見上げてそんなに大きくは感じなかったのですが切り落とした枝を計ってみますと直径が15cmもありました。切除しようと思い立ってから着手までかなりの期間を要しましたが、それは、やり方を考えていたためです。時折、新聞広告で見かける高枝切りチェンソーは私が心を惹かれた道具ですが、屋敷内に存在する除去対象の高枝はごく僅かですので購入した当初は使用してもその後は死蔵品となってしまいます。このことから別の方法を考えました。先端に鋸を固定した(他の種類の鋸などと交換する為、着脱可能に)長い角材にもう1本の同様角材を柄の長さを変えられるようこの部分も着脱可能の状態で取り付けました。最初は地面に立って枝を切っていましたが、切った太い枝が頭を直撃することが予想出来た事からそれは取り止めて、屋根に上って作業することにしました。ケガ防止を含め安全は最優先のことですが、切断した重量も長さもある枝が建物や他の植木を傷つけないようにすることも対策を採る必要がありました。ロープを、切断する枝と残る幹や枝に幾重にも巻き付けて落下の衝撃を防止する対策を施しました。鋸引きにはかなりの苦労があり、時間がかかり身体の疲れも相当なものとなりましたが、実に幸運にもケガ無く建物、植木の損害もなく第1弾の切除を終えることができました。あと3本対象となる高枝があります。

「花は遅かった」

2017年03月30日 | 日記
山桜を観に行きました。例の山内分校の近くで、先日、私が尋ねた折、自分の屋敷内に在る山桜ではないか、と云われた男性の家のそれです。残念ながら訪れた期日が少し遅かったようで少しの花は残っていましたが、寂しい状態になっていました。その男性もご不在でしたのでその事を確認することは出来ませんでした。ところで、その一体に咲く菜の花、やはり色が際立っています。我が家の庭で観る花とは明らかに黄色の質が違います。より綺麗で、より濁りがなく、より爽やかで、より輝きがあり、より強く心に染みいります。妻に言わせると花弁も大きいそうです。空気、水、気温の違いでしょうか。なお、先日は気づかなかったのですが珍しい物をその近くで発見しました。小径が3方に分かれる交差点に小さな廃屋がありました。本来は観音堂、薬師堂などのようなものだったのだと思いますが、その屋根には鬼瓦が乗っていて、それは大黒さんでした。ハッキリとその姿が残っていて朽ちた下部建物とは違和感を感じる程でした。更に別件ですが、山内分校の前に架かった橋の名称が濁っていないことを先に書きましたが、そのわずかに下流の橋も同様に濁点がない読み方をしてありました。名称は忘れました。他にもその小川には橋がありますので、恐らくそれら全て名称は同様の命名になっているのでしょう。大黒さんの写真を添えます。

「事実は小説より奇なり」

2017年03月27日 | ブログ
数十年前のTVクイズ番組は毎回、司会のアナウンサーの「事実は小説より奇なり」の言葉で始まっていました。そしてこの表現は今でも社会で日常的に使われています。先日の国会証人喚問でもそうでしたし、昨日の大相撲の本割と優勝決定戦の2番も正にそれでした。100人が100人、違った結果を予想していた筈です。私の小さな出来ごとも当てはまります。所有のインパクトドライバーではドライバーやドリルの本体への装着部分は6角形の物を使うようになっていますが、開ける穴の大きさによっては、そして適した6角形を所有していない場合は軽作業用の電動ドライバーで使用していた丸形の物を使う事もあります。この場合、丸形の刃は専用の補助具に装着してその補助具をインパクトドライバーに挿入します。その状態で使用した時、穴開けは成功していたのですが刃を板から抜く時にいつも問題が発生していました。補助具の締め付けが緩み刃のみが板に刺さった侭になっていまいた。インパクトドライバーのスイッチの押さえ方を調節しても同様でした。ところが今回、何故か真逆の状態が発生して刃が嵌まった補助具は板から抜きとることができたのですが、補助具から刃を外すことが出来なくなってしまいました。即ち、他の大きさの刃と取り替えることができなくなったのです。凄い力が加わって締め付けられていますので、どうすることも出来ません。それまでの経緯からして全く想像出来なかった現象で、これまた「事実は小説より奇なり」です。

「我がものと思えば軽ろし傘の雪」を思い出しました

2017年03月26日 | ブログ
先日の妻不在の日、我が家の庭に咲いている菜の花を調理することを思い立ちました。作業の過程が複雑とは思えませんでしたので着手したのです。本当は菜の花のどの部分を採取するのかさえ知らなかったのですが、その点だけは事前に妻に聞いていました。いざ、湯を沸かし摘んだ菜の花をそこに投入、その場を離れず見守りました。煮ているものは小さな植物ですので煮る時間は僅かで良かったのでしょうが、妻に訊くこともせずネットで調べもせず、場当たり的に取りかかった為、かなりの時間茹でることになりました。火を止めて菜の花を取り出しましたら超軟体植物となっていました。それでもそれなりの調味料を加えて1人で食べ尽くしました。出来は悪くても正に、「我がものと思えば軽ろし傘の雪」でした。

黄スイセンルート

2017年03月25日 | 写真
所用ででかけました。徒歩で片道80分の目的地ですが、天気情報では今日は雨で傘携帯の要が告げられていました。ただし、雨量は僅か、とのことでもありました。我が家玄関を出た時1粒、50分ほど歩いた所で1粒、往路で感じた降雨はそれだけでした。帰路はそれに少しだけ輪を掛けた程度になりましたので念のため傘をさし、カメラを忍ばせたバッグだけにはビニールを被せました。ところで、この目的地の場合、通る道は堤防上が殆どですので川を観ながらのウォーキングとなりますが、ふと、反対側を見ましたら何と、黄スイセンが数百メートルに亘って植えてあり、そして満開となっていました。気づいて幸運でした。写真を添えます。

何ともややこしい充電完了の印し

2017年03月22日 | ブログ
私が日常頻繁に使用している器具類で充電式になっている物が7種あります。デジカメ関係、髭剃り、乾電池、インパクトドライバーなどです。それらの充電完了の知らせがそれぞれで、実にややこしいです。消灯であったり、点滅であったり、点灯であったりで、余分な神経を使わざるを得ない状況です。
それぞれの器具にその内容を書いて判断し易くはしていますが、それでも時には迷います。困ったものです。

2V

2017年03月21日 | ブログ
生まれつきなのでしょうか、それとも加齢によるものでしょうか。凄く2V(鈍い)神経です。先日、右目尻直ぐ上に直径2cmほどの円形の腫れが出来ていました。その中心には虫刺されを思わせる跡がありました。それは何の痛みも痒みも伴っていませんでしたので私は全く知りませんでした。妻から指摘されて鏡を見、初めて気づきました。そしてもう1か所、左肘には圧迫したらきつい痛みが伴う所がありました。後者についても鏡使用でないと確認することは叶いませんでした。虫から刺されたことは間違いない、と思います。が、それが何の虫だったのか、何時だったのか、何処でだったのかなど全て不明です。山道を歩き回った時もあり、我が家でサクランボの木の下に身を置いたこともあります。いずれにしろ、生まれつきの鈍感か加齢による神経の劣化かでしょう。

山鹿灯籠踊り

2017年03月19日 | 日記
朝9時前には家を出ました。ウォーキングで片道約1時間の場所で、目的は「山鹿灯籠踊り」撮影への初挑戦でした。本番開始は11時30分ですのでそれまでの待ち時間は場所確保で費やしました。勿論最前列中央です。徳島阿波おどりでは2~3時間前には現地に着くようにしていましたので、それに比べると今回はささやかなものでした。午後1時30分から第2回目の演舞がありましたので4時間座り続けたことになりました。昨日の撮影に至った経緯を次に書きます。先日、用件があって近くへ出掛けました。その途中、農道で1人の女子高校生と出会いましたので会話をしながら歩きました。見たことがない制服だったことから何処か遠くの学校へ通学しているのだと思い、その旨を尋ねました。答えは何と、その場所から見える、しかも数分で着く高校でした。「昨日卒業し今日は部活に行っているところです。」 とのことでした。同校では「山鹿灯籠踊り」を導入していることは知っていましたので、その事を私の方から話題にしようかと思いましたが、部活は何をしているかを問うことにしました。全く偶然にも「山鹿灯籠踊りです」との答が返ってきました。そして翌日のイベントで踊りを披露すること、及びその場所と開始時刻についてもスマホを取り出して教えてくれました。私は撮影への気持ちが微かに生まれました。本番での彼女の位置を尋ねようか、との気持ちも湧きましたが、そうすれば必ず足を運ばねばならなくことからこれまた、口には出しませんでした。暫く歩き続けて分かれ道に来たとき、私は阿波おどり撮影の為徳島へ通い続けた事を言いました。彼女は阿波おどりについては知らなかったようです。別れ際に「写しに来てください」と彼女が言いました。殆どそれに関心が無い「山鹿灯籠踊り」でしたので、昨日が初挑戦となりました。ほんの僅かの時間会っただけですので彼女の顔もよくは覚えていませんし名前も訊いていません。頭に灯籠を乗せ化粧をしているだけですので何とか本人を捉えられるのでは、との浅はかな考えで自分を収めて撮影に臨みましたが、100%その彼女を特定できませんでした。

本当に親切な方でした

2017年03月18日 | 日記
昨年閉校になった山内分校の直ぐ近くを訪れました。「古閑」という地域でした。大きな桜の木が在るとの情報を戴いて1年間待っていた機会です。都会なら色んな道案内の標識がありますが、田舎では目印になるものさえ存在しないことが殆どです。山の坂道で私を追い抜こうとされた軽トラック運転の老女の方に、目指す桜の場所を尋ねました。しかし、首を傾げられ銀杏の木なら大きなのが在る旨を答えられました。私は昨年教えて戴いた方が間違われたのだと思い直し、その方と別れて山道を上っていますと再びその方とお会いしました。「歩いて行かれるのですか」と問われましたので「はい」と返事しましたら、車の助手席を整理され「どうぞ、お乗りください」と言われました。私は心からお礼を申し上げて「歩くのが好きですから」と返し、丁寧にお断りしました。その親切さに心を打たれました。その後目指す場所に辿り着きました。その帰途、やはり1台の軽トラックが私を追い抜こうとした場所で停止しました。運転は私よりも若い男性の方でした。会話をしていて同地を訪れた経緯を話しますとその方は「それは我が家の桜かも」と言われました。50年以上も経った樹だそうで山桜との事でした。それを聞いて私も記憶が蘇りました。確かに山桜と聞いたことを。その時季が来たらお訪ねしたい気持ちを申し上げ、別れました。開花はもう、間近かでしょう。楽しみが出来ました。余談になりますが山内分校横を流れる小川に架かる橋は「こがはし」と印してあったように思います。「こがばし」ではありません。“ば”の部分が濁らないのです。私の記憶が正しければその名称はその地域の特徴をまさしく象徴しています。空気も水も景色も濁っていません。そこは「山内」でなく「古閑」に入るのでしょうか。写真5点を添えます。
    
  写真1      写真2      写真3     写真4      写真5
写真1:大きな銀杏と観音堂
写真2:水源の水たまり
写真3:山内分校横の小川
写真4:その小川の川面
写真5:写真4に同じ

 

  

明のこと、暗のこと

2017年03月17日 | ブログ
明のこと:先日訪れた熊本市内の医院でのことです。同院で最初に行われるのは検査ですが、その途中、私を担当しておられる女性の方が「趣味は何ですか」と尋ねられました。写真であることを答えました。すると「TVに出しておられるでしょう」と、言葉を継がれました。私はびっくり。最近は投稿していませんが以前はとても頻繁に写真を送り、それらの殆どが放送されていました。TV画面には私のフルネーム、居住地の市名が写真に添えて表示されていました。検査を担当されている方はそれを視られ、記憶に残っていたのだと思います。それらの表示項目が当該医院のカルテに書かれた内容と一致していたことから前記の発言が生まれたのでしょう。有り難く嬉しいことでした。

暗のこと:私は毎年、この時期に年1回の文書作りをします。A3版にびっしりと文字や画像を盛り込んでいます。内容は1年間に亘る日常の処理事項に関することですので、誤りは絶対に許されません。間違っていたらその文書は一文の価値もないのです。従って作成中は真剣勝負で神経を集中させます。最重要な部分だけは読み合わせの為妻の手伝いを貰いますが、それでも今回完成した文書の他の箇所に誤記があるのに気づきました。勿論訂正しました。組織内での仕事なら他の複数の方々のチェックが入りますので早い段階でミスは発見されますが、私の場合は単独での作業ですので、ことの危うさがつきまといます。

ウォーキング

2017年03月15日 | ブログ
ここ数回のウォキングは3時間から5時間にも及ぶものが続いています。快晴の天気が私をそう仕向けています。家の中は暖房器具を必要としますのに屋外はポカポカ、しかも空は真っ青。自然の恵みを活かさない法はありません。そしてもう1つの目的は被写体探しです。山の麓近くの集落の中を網羅的に歩き回ったりしています。また、別件では集落の入り口と思える場所に車を駐め散策に入りました。出会った地元の方々と会話を交わしたり、偶然にも県外から来られた方とお会いし、近くの観光スポットの案内をする場面まで出現しました。道があれば、その先はどうなっているだろうか、との強い好奇心が働き足が自然にそちらへ向かいます。あちこちを歩き回るとそのような楽しみがありますし、地理を覚えることにもなります。昔覚えた表現に「なかなかに 人里近くなりにけり あまりに山の奥を訪ねて」というのがありますが・・・。この長時間のウォーキング、果たして何時まで続けられるでしょうか。