わははっ、出たねーラーメンズ片桐貧乏神(@『ゲゲゲの女房』)。ヒョウゴ、ギフ。ヒョギフ大統領。ヒョギフ大統領の貴重な産卵シーン。しつこい。
“生出演”ならぬ“現物出演”という感じでしたな。業界紙漫画家・只野という設定だけど、片桐仁さんの貧乏神姿、まるごと降臨。
「漫画が刺身のツマほどにも扱われなくても、構うことはありません、カネになればいいのですから」ってアンタ、カネになってないだろうが。見せろよカネ。浅茅が宿みたいなあばら家の、どこにあるんだカネ。「読者に、漫画への理解や愛情がなくても関係ないのです、儲ければ勝ちです」って、儲けてから言えと。青の洞門掘ってんのかっていうアタマ指さして異臭放ちながら「人間のアタマは、金儲けを考えるためにあるのです」って言われても説得力無いにもほどがある。
貸本漫画をあきらめて、数売ることを考えて業界紙に転じたことどうこうじゃなく、みずから漫画を愛し、より多くの人に愛してもらうために、ワリが合わなくても描き続ける“漫画家魂(だましい)”、スピリットを捨てたら、骨の髄まで貧乏神に乗っ取られてしまいましたという比喩なのでしょうね。ボロ部屋に、化身とか憑き物とかが出る、夢幻能の能面飾ってあったし。
悪魔ならぬ貧乏神からの手招きに「魂までは売り渡さんぞ!」と一喝して仁王立ちもすればそれこそ絵に描いたヒロイズムですが、そこを「なるほど、結構なアイデアだ、あんた、なかなか大したもんですなあ、わはは」と、相手をエキサイトさせないようソフトに斥けるところが“妖怪慣れ”している(?)しげるさんらしい。
寒風の中、ヒネ大根(にしては結構育ちが良く見えたが)洗って干して、藍子ちゃんおんぶして国分寺の戌井(梶原善さん)の自宅兼北西出版まで原稿料受け取りに行ったら空振りで、力の抜けた布美枝さん(松下奈緒さん)、とうとう熱を出してしまいましたよ。いやー寒いにつけ暑いにつけ、いままで一度でも寝込まなかったのが不思議なほど。どうする、しげる(向井理さん)…というところで明日に続くになって、そのまま『あさイチ』ゲストインの向井さんが「いや、なんとかなるでしょう」と先バレしてたのには笑いました。
以前、はるこ(南明奈さん)を俄かアシに徹夜した翌日熱を出して原稿を届けに行けなくなったときのしげるもそうでしたが、このドラマ、“熱を出した”という表現を、頬っぺた赤くするメイクでするので、「うわー大変」と観客に思わせながらも、どこか救いがあるんですよね。微量、コント的に笑える逆境というか。
向井さんも松下さんも、すらっとした体型ながら栄養の行き届いたヴィジュアルなのも絵柄を暗くしない効果大。リアルに貧しげな、青白い虚弱そうな役者さんに、迫真の貧乏話を演じられた日には、朝から耐えられたものじゃない。
ドラマにリアリティは必須ですが、何でもかんでも稠密に、濃厚に、抜かりなくリアルにすればいいというものでもない。敢えて抜からせるというか、“リアリティの引き算”“出し入れ”というのも大事だなと、昼帯ドラマの良作品に出会うとよく思うことですが、朝ドラは一層ですね。
戌井の奥さん・早苗さん(馬渕英俚可さん)の「かなッらず(原稿料)届けさせますからね」にも救われたなあ。こんなに旦那の良いところ悪いところ、良いけれど困ったところ、噛み分けてさばいてくれる女房、布美枝さんとは違った意味で、そうそういないよ。
でも、「いないよこんな出来た人」と思わせつつ、「物語的に、いてくれると心強いよね」と受け入れられてしまう。前半の、vs.生身貧乏神の寓話的ファンタジーに対し、こちらは地に足のついた、市民的なあらまほしファンタジー。
本当に、『ドラマにおけるリアリティの匙加減』という教科書があったら、いの一番に教材として載せたいドラマです。
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