カ中車可愛いや

『赤と黒』もいいけれど、ヘタなドラマよりよっぽど、三代目市川猿之助さんのお宅のほうがドラマしている件。実父同士が実兄弟という、市川亀治郎さんと香川照之さんが2ショットで並ぶと、従兄弟同士ですが実兄弟のようにそっくりですな。ずっと映像作品や現代演劇で活躍してきた香川さんも、歌舞伎畑にずっととどまって、お稽古しキャリアを積んでいたら、いまのワイルドさや庶民性、反骨性がもすこし削れて、ちんまりおっとりの歌舞伎顔になっていたかもしれませんね。

いや、亀治郎さんに、おっとりはともかくちんまりは失礼でしたか。だけどこの人、俳優としてはNHK大河『風林火山』での武田晴信＝信玄役と、テレビ朝日新春ワイド時代劇での木下藤吉郎＝秀吉役ぐらいしか個人的に見る機会がなく、いちばん印象に残っているのは『Qさま！』だったかのSPで半端ない歴史知識をバリバリニコニコおもしろ披露していた姿です。慶應義塾大文学部国文学科出身。伝統芸能の人だし、数々の歴史人物を演じてきているんだからある程度当然ですけど。

歌舞伎の人って、幼い頃からどこに行っても「○代目」「御曹司」と呼ばれ慣れ、リスペクトされ慣れてるせいか、畑違いのバラエティに出てもどこか余裕綽綽なんですよね。嵌まれば嵌まってるなり、浮いてれば浮いたで「浮きますが何か？」みたいに、いっこうにあわてないへこまない。“常に自分には日が当たっていて当たり前”という揺るぎのない確信とともに人生何十年も生きてきている。

街でスカウトされたり、スターに憧れてオーディション挑戦したりして芸能界入りした人たちとは、芸のレベル、クオリティウンヌンより漂わせる空気が決定的に違う。芸能人、芸人というのは根本がそれこそ傾（かぶ）き者、ですから、どんな経緯道順であれ、めでたく売れっ子になって華やかに見えてもどこかに陰を背負っているものです。歌舞伎の人、とりわけメジャー一門の大きな名跡の人にはそれがない。良くも悪しくもガツガツしていない、飢渇感がないんですね。普通のタレントやアイドルなら、「この人ひとりが売れて生き残るまでに、蹴落とされ敗退したライバル百人、千人の苦渋や悔し涙」が背後霊の様について回るけれど、歌舞伎の御曹司は「御曹司を盛りたて輝かせるため」に周りのすべてが存在し働いてくれて、それが日常なので、どこにもイタさや苦渋が漂わないのです。

顔かたち、造作は兄弟並みに似ていても、香川照之さんには亀治郎さんにはない雑草的切迫感がある。整った美男子ではないし、体格も小柄め、外観的には俳優としていたく恵まれているとは言い難い。宝塚トップスターから東宝専属現代劇女優となった浜木綿子さんが三代目猿之助さんと電撃結婚、香川さんが誕生しましたが3年で離婚。2歳の香川さんは母の浜さんとともに梨園を出ました。嫡出の男子ですから猿之助さん側は後継者として香川さんを置いていって欲しかったはずです。しかし母は強し。成長した香川さんが東京大学入学を果たしたとき、「浜木綿子の勝ち」と思った芸能ウォッチャーは少なくなかったと思います。

あらかじめ将来および生涯が約束された名門おっとり御曹司としてではなく、光も影もまとった起伏のある名優として役者・香川照之を芸能界に送り込んでくれたのだから、歌舞伎座や南座に足しげくというわけにはいかない大衆観客、芸能界の“平土間”ファンとしても「浜さん、ありがとう」と言っておくべきかもしれません。浜木綿子さん。昔はこの芸名が読めなかったなあ。「“はま・もめんこ”と書いてなんでハマユーコなんだろう？」と長年不思議でした。一昨年NHK朝『つばさ』の放送中は、いつ室生医院が映るかと思って楽しみにしていましたが、甘玉堂からは距離があったんでしょうな。シーズンオブラブ。

脳梗塞でこの数年舞台を離れておられる三代目猿之助さんを継いで、亀治郎さんが四代目を、実子の香川さんは市川中車を襲名し、ともに歌舞伎の舞台に立たれることが決まったようです。香川さんの7歳のご子息も同時に市川團子を名乗るというところをみると、このお孫さんにいずれは五代目をとの含みもありそう。リハビリ中でまだ舌が不自由そうな三代目が、会見の最後の「隅から隅までずずずいとオン願いたてまつり…」の口上のときだけ、おそろしくカツゼツよくなったのは驚き、というより鬼気迫るものがありました。芸に身体を張り、名の継承に命を賭け。日のあたる場所に居続け、盛りたてられ続け、リスペクトされ続け、なおかつ“あわてずへこまず、余裕綽々であり続ける”のも、何もせず寝ていてそうなるわけにはいかない。

光と影の深いコントラストを肌で知る香川さんが、世が世なら自分が中央にいたかもしれない歌舞伎の舞台をどうこじ開け、どんな新風を送り込み、同じ血を引く亀治郎さんたち一門の皆さんとどんな芸のハーモニーを響かせるか、平土間ウォッチャーとしても劇評が軽く楽しみです。