全国の善良なる中華料理店の皆さん、餃子の売れ行きは如何ですか?
月河は、たこ焼き・パスタ・オムライスに並ぶ“食べることを想像しただけで幸せメニュー四天王”の一郭に餃子を位置づけている(←嗜好が小学生で止まっている)ので、今回の農薬混入騒動には胸が痛みます。なぜよりにもよって餃子なんだ。昨年の段ボール肉まんといい、ミートホープ偽装事件といい、“挽き肉系”はまじめに安全な原材料を選び、誠心誠意手作り物作り、商売してても受難の時期に入っていますね。
市内に2軒ほど贔屓のテイクアウト可のお店があるのですが、一連のニュースを見るたび、逆にムショーに食べたくなってきてしょうがない。地産地消を原則に、肉、玉葱、ニンニク、ニラはもちろん、つなぎや皮の小麦粉まで地元産を使用が売りなのに、トバッチリで売り上げ激減しているのではないだろうか。でも厳寒のさなか、2軒とも自宅からもデイリー買い物コースからもちょっと離れてるんだよねぇ。出来たてにラー油ジュワッとかけてホゥホゥ食べたいなぁ。あぁ食べたい。
昨年暮れに購入したDVDレコーダーを使いこなすべく、先月からいろいろな操作の試運転をしていますが、昨日は“HDDに録画したデジタル放送タイトルをDVDディスクにムーヴ”で一頓挫。
NHKBS‐2で録画した『アイガー・サンクション』(←監督主演クリント・イーストウッド39歳、見どころは敵役ジャック・キャシディのオカマ演技。レンタルビデオでも地上波放送でも何回も観ているんですけど)、本編後の番組予告その他をシーン編集して129分、ちゃんとVRモードで初期化したディスクにジャストダビング、高齢家族が視聴してないAM2:00~開始の予約でセットしたにもかかわらず、翌朝起床していそいそとディスクを再生してみると何も映ってない(唖)。
元のHDD録画リストに走ってみると、ムーヴどころかビクともしてない(微安堵)。昨夜2:30過ぎ、寝惚けマナコでレコーダー設置場所を見てみたときは、確かに“HDD”“DVD”作動中がほんのり青く点灯して床がほの白くなっていたので、「おぉ人が寝ている間にプログラム通り働いておるな、ご苦労ご苦労」と安心して寝入ってしまったのでした。あのとき、面倒でも本体フロント部分をもっとしっかりチェックしておけば、どこかがどうかなってエラーを告げていたのかも。
しかも、何も映ってないディスクをよく見ると、外周から2㌢ぐらいのところで、同心円状に色が変わっています。海流の“潮目”みたい。初期化しセットした時点にはなかったはず。これは何を意味するのか?噂に聞く、レコーダーとディスクの“相性”による不具合か?
ディスクはオンラインサイトでの特価購入ではありますが、それこそ中国製とかではなく、一応国産大手V社の国内工場産品(と外装フィルムに書いてあった)。同じ10枚セット内の別のディスクでは、同じVRモード初期化を経て、同じAM2:00~予約ダビングで、正月SPドラマ『鹿鳴館』(テレビ朝日系)のムーヴに先月成功したばかり。
どうもこのDVDレコーダーというやつ、パソコン同様、マニュアル通りの操作を毎度履行しているにもかかわらず、そのときの気分次第で飛んでもない作動をして、飛んでもない結果をきたすことがあるシロモノのようです。
救いはHDDの親元データが無傷なこと。こうなりゃ試しに、同じセットの別のディスクを初期化し、しつこく今夜同じ予約ダビングをセットしてみようと思います。これでもし同じ結果になるなら、録画データ含めて、レコーダー内に何かの問題がある可能性も。
めでたく成功したら、今度は色の変わったディスクをもう一度初期化し、HDD内の別の、ムーヴできなかったらできなかったであきらめのつくタイトルをダビング予約してみるとしよう。それでまたエラーだったり、ヘタすりゃ初期化の時点ではねられたりするようなら、ディスクが(ウチのレコーダーに対しては)ダメだったという結論になりますな。
『安宅家の人々』は7日(木)で第24話。銀器を磨く指導や接客英会話の初歩ぐらい従業員に教育しておかなかったのは、ホテルの実質支配人としての自分の無策なのに、指摘した譲二にキレついでに雅子の宗一への親切まで余計なお世話扱いしてビービー騒ぐ久仁子も久仁子なら、当てつけに目の前で「こんなものがあるから悪いのよ!」と文庫本バッサバッサ破いちゃう雅子も雅子。一応“無償の愛”がテーマってことになってるドラマですが、みんな自分のプライドオンリーな自分勝手おヒス。それとも2人とも生理中だった?
文庫本破りシーンで唐突に、88~90年頃新日本プロレスに参戦していたビッグ‐バン・ベイダーを思い出してしまいました。試合前レポーターの伊津野亮さん(『ぷっすま』のナレなどでご活躍中)の前で、毎度毎度東京都の分厚い電話帳、背から一気にベリリ破いて吼えてたなあ。また控室でも、廊下の突き当たりでも、どこでもベイダーがレポートされる場所で、都合よく電話帳が毎週置いてあるんだ。
…て言うより、毎回、伊津野さんが持ってきて「プリーズ」って渡してたのかな。
80年代エンドの当時はもちろんバブル期で広告出稿量も半端なく、しかもネット・携帯が一般化する前なので紙媒体がバリバリ主力。首都の電話帳は不二家のショートケーキくらいの厚さだったと記憶しています。しかも背が糊綴じですから、クネクネしてハードカバーよりある意味破きにくい。
それでもベイダー「こんなに怪力だぞオラオラ」アピも毎度電話帳じゃ飽きるから、あのまま日本にいたらそのうち……『知恵蔵』とか『イミダス』は当時あっただろうか。
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