イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

餅も電波も活動も

2018-01-15 23:05:11 | テレビ番組

 『新春TV放談 2018』(NHK総合、1月2日放送)の中で、もうひとつ、特に個人的に刺さった話題に“ドラマ最終回いきなりメディアミックス”の件があります。

 昨年7月期の日本テレビ地上波のドラマ『愛してたって、秘密はある。』の最終回の後、有料配信サイトHulu(フールー)の「本当の結末はこちらで」という意味の告知が流れ、視聴者から抗議の電話やメッセージが殺到して大荒れ・・という事案が昨年実際あったらしいのです。

 月河はリアルタイムで見てないのですが、このドラマは基本、事件真相究明・真犯人捜しのサスペンスに恋愛ラインの成否もからむ作品だけに、結末が「いま見終わったテレビで完結しない」というのは、客にはかなりショックです。テリー伊藤さんに言わせれば「キャバクラ行ってさ、“次のサービスは別室(別料金)で”って言われる様なもんだよ。これしか金持ってないのにちょっと待ってって」。

 ・・例えるに事欠いてという話ですが。オレぁそんくらいキャバクラにカネつぎ込んでんだよと、個人消費活性化貢献自慢をしたかったのか。

 ・・それはともかく、このたぐいでいちばん先に思い出したのが、2009年8月の『仮面ライダーディケイド』最終回です。ものすごく“着地感”の少ないラストシーンだった上に、同年12月公開予定の劇場版の告知が間髪を入れず流れたため「“結末は映画館で”ってことか」「映画館に連れてってくれる親の居ない子供や貧乏な子供は結末を見られないのか」と非難の嵐で、バラエティのやらせ演出や差別発言事案の際におなじみの放送倫理・番組向上機構(BPO)が審議出動する騒ぎにまでなりました。

 制作側としては『愛ある』も『ディケイド』も、地上波放送の最終回でドラマとしてはきっちり完結していて、ディケイド劇場版はドラマ世界観と旧作諸ライダー+次作『仮面ライダーW(ダブル)』を包括してプレゼンするための全く独立した作品、愛あるHulu配信続編は“ストーリー性のある特典映像”みたいなものだったのだけれども、“映画館に行かなければor有料サイトに加入しなければ本当の結末は見られない”かのような誤解を招く広報のし方に問題があった・・という認識を示しています。

 “誤解を招く”とは言い条、半分は確信犯で“狙って”誤解させたふしも大いにあるとニラんでいるのは月河だけではないと思いますが、テレビという自宅のお茶の間から入場料払う映画館へ、月額定額払う配信サイトへという“おカネ”の敷居の高低をどう評価するかは別として、“テレビでやる事はテレビの中で完結させる”ほうが仕事として綺麗ではないだろうか、と改めて思ったのでした。

 たとえば東映製作の子供向けアニメ、特撮ヒーロー等は昔から夏休み春休みに『東映マンガまつり』と銘打って劇場版オバQやサイボーグ009を公開し「テレビのお気に入りキャラを大スクリーンで見たい」という小さなお友達の夢に対応していましたが、月河の記憶する限り、大スクリーンに映って、尺もいつもの放送より拡大してはいてもやっぱりテレビのアニメでありヒーローでした。ウツワが違っただけでテレビ番組でした。劇場版制作に携わったスタッフも、あくまでテレビ番組のキャラであり世界観なんだということを尊重して、小さなお客様がお茶の間に帰ってまたチャンネルを合わせてくれることを願って作ってくれていたと思います。

 「餅は餅屋」じゃありませんが、テレビ番組はテレビで見てこそいちばん輝くように、いちばん魅力的になるように作ってほしい。テレビを見る以外の時間を捻出して映画館に行く、ネットをつなげて配信ソフトを買うをプラスしなければ輝きが十全にならないのであれば、それはもうテレビ番組であることをやめた別の何かです。

 逆に言えば、ネットでできる、映画館でできるのと同じ事はテレビでやるべきではないと思います。べきではないと言うより、やっても仕方がない。

 『新春TV放談』の中で日本テレビの小田Pが「若い子に訊くと“テレビっていつも途中からやってる”“アタマから見たいのに何で見れないの”と言う」とご自身の新鮮な驚きをまじえて話していましたが、完全に自分の生活サイクルで、自分の恣意で再生したりリピートしたりできる動画サイトは“見たいものだけを、見られる時、見たい時に”という利便性があるのに対して、テレビは逆に言えば“見るつもりではなかったのにたまたま見てしまう”“見せられてしまう”というチャンス、糸口がたくさんある媒体です。

 ちょうど、電子辞書だと調べたい単語・言葉“だけ”がピンポイントで調べられるが、紙の辞書だと目指す言葉の前後の言葉にも自然と目が行って、調べるつもりではなかった言葉の意味まで覚えてしまうようなもの。見る気で見た番組のあと何となくつけっぱなしにしていたら、次の枠で思いがけない面白い番組やってた、という経験は誰にもあるはず。NHKなどは民放の様な時間帯スポット販売のCMがありませんから、レギュラー番組の合間に自局の番宣をとっかえひっかえ流すことができ、ここで相当な客をつかんでいるはずです。

 “テレビでしかできないこと”“テレビだけができること”は、原点に帰ればまだまだ数多あるはずです。「テレビに“テレビ以外の何か”を継ぎ足したり抱き合わせたりしないとスマホに太刀打ちできない、少子高齢化市場を生き延びられない」なんて事は、テレビの作り手に努々思ってほしくない。何かをプラスすることでテレビが輝きを増すとすれば、ネットでも映画でもない、まだこの世に存在しないまったく新しい何かだと思います。

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