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映画とサウナ。

ボーダーライン 【感想】

2016-04-15 08:00:00 | 映画


麻薬というウィルスが現代アメリカを浸食する。但し、本作で描かれるのは麻薬がもたらす社会問題ではない。麻薬がもたらす戦争の姿だ。9.11以降、アメリカの危機管理レベルは上がり、「やられる前にやれ」に変わったと思われる。それは麻薬戦争も同じことだ。ドゥニ・ヴィルヌーヴが描く世界は一貫していて、本作では「戦争」をテーマに倫理や善悪を超えた先にある人間模様を描く。原題は「シカリオ」。メキシコの言葉で「暗殺者」というが、その意味を知ることになるラストに戦慄する。

アメリカVSメキシコの麻薬カルテル。
メキシコの巨大麻薬カルテルを殲滅するために編成されたアメリカの特殊部隊に、エミリー・ブラント演じる女性FBI捜査官「ケイト」がスカウトされ、彼女はそれに参加する。誘拐事件担当であった彼女が、麻薬絡みの誘拐事件の捜査中、爆破事故に遭遇し仲間を失ったことで、その黒幕を突き止めることが彼女の動機だ。そこで出会うのがジョシュ・ブローリン演じる特殊部隊のリーダーと、ベニチオ・デル・トロ演じる特殊部隊に雇われた傭兵アレハンドロだ。「俺たちがやることを見とけ」と、ミッションの目的を明かされないまま、ケイトは壮絶な戦争の渦中に放り投げられる。

まず脳天を打たれるのは、麻薬カルテルの残虐性だ。個人の判別ができないほど顔面を殴打し、ビニールで圧死させたのち、家屋の壁の中に死体を隠ぺいする。あるときは、殺した死体を裸にして首を切り(順序は不明)、町中の目立つ場所に吊るし上げる。それは「見せしめ」であり、見る者に恐怖を植え付け、黙らせ従わせることが狙いだ。しかし、その恐怖のバラ撒きは、同時に多くの憎悪をバラ撒くことに等しい。かの有名な麻薬王パブロ・エスコバルが罪なき市民をテロによって殺した結果、無力と思われた一般市民たちが立ちあがり、血で血を洗う報復戦争に至った歴史を思い出す。本作で描かれる報復戦争は麻薬カルテル同士によるもので、メキシコ国内で起こっていることだ。しかし、本作の特殊部隊のリーダーはケイトに言い放つ、「この戦争はアメリカでも起きる」と。

ケイトが最初に参加するミッションは、メキシコで捕えた麻薬カルテル幹部をアメリカ側に移送することだ。チームはアフガン帰りの屈強な兵士たちで編成されている。何台ものトラックで隊列を組み、そのトラックの荷台には大きな機関銃までスタンバイされている。人を1人移送するだけなのにとんでもない重装備だ。しかも、そこは一般の民間人が生活している町なかである。その作戦の一連の動きを捉えたロジャー・ディーキンスのカメラワークと、ヨハン・ヨハンソンのスコアが秀逸。何かが起きる不気味な空気が充満し、ついには破裂してしまう。凄まじい緊張と臨場感。警察の多くはカルテルによって買収されており、カルテルの手先たちも命がけで幹部の奪還に挑んでくる。そんな中、危険をいち早く察知するアレハンドロの嗅覚が発揮される。先制攻撃による瞬殺と民間人が密集する場所での銃撃戦にケイトは強く反発する。

正義と法規を重んじるケイトは観客側の視点を1人で背負う。作戦に参加するケイト以外の主要キャラは「自由射撃」であり常識的な尺度から外れている。「毒をもって毒を制す」プロットはファンタジーの世界であれば魅力的なのだが、本作のようなリアルな世界で描かれるとあまり気持ち良くない。本作ではそれをアメリカの国家レベルの意思として描いている。ある意味、挑戦的な映画ともいえるが、本作が描こうとするのは国家の政治的判断ではなく、人間の個人レベルの感情に結び付けられた動機だ。ケイトがスカウトされた本当の理由、謎の傭兵アレハンドロがアメリカに雇われた理由、そしてアレハンドロが特殊部隊への参加に応じた理由が明らかになる。それは戦争の普遍的な本質であり、特段、目新しいテーマではないものの、隙のない演出と一流キャストの確かなパフォーマンスによって強い説得力をもったスリラー映画に仕上がっている。

エミリー・ブラント、ジョシュ・ブローリン、ベニチオ・デル・トロ、3者が素晴らしい。正義と善悪の境界に立たされ、必死に抗いながら翻弄されるケイトをエミリー・ブラントが熱演。作戦の遂行者としてケイトの信念を捻りつぶすリーダーを演じたジョシュ・ブローリンの生々しさ。そして、本作で最も強烈な存在感を放つのがアレハンドロ演じたベニチオ・デル・トロだ。個人的には「トラフィック」のハビエル以来の当たり役と思われる。壮絶な過去を持つ男の闇と、それゆえに揺らがぬ執着心を迫力たっぷりに表現する。暗闇から出現する彼の顔面シーンが脳裏に焼きつく。

本作の撮影地は海外ドラマ「ブレイキング・バッド」の舞台でもあったアルバカーキとのこと。ブレイキング・バッドでブロックを演じた子役の少年を劇中で発見。本作でも多くのメキシコ人の子どもたちが出てくる。他の国の子どもたちと変わらず、楽しくサッカーで遊んでいるなか、その近辺では銃声が鳴り響いている。麻薬戦争と密着した環境で成長する子どもたちの将来には、平和な世界が待ち受けることを願う。

【70点】




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