から揚げが好きだ。

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ルーム 【感想】

2016-04-13 08:00:00 | 映画


ジャックの声が胸中に響く。女の子の声にも聞こえる無垢で澄んだ声だ。毎朝、目覚めたジャックはその愛らしい声で部屋にある1つ1つの置物に「おはよう」と挨拶する。ジャックを想い、「部屋」を幸福な空間に変えるための母の教えだろうか。一見、そこには当たり前の平穏がある。ジャックの傍らには常に、自分を愛し自分が愛する母親がいる。母と自分。3メートル四方の部屋。天窓からわずかに見える空。テレビから流れる映像。。。それがジャックが知る世界のすべてだった。

7年間の監禁生活から解放される親子を描いた本作「ルーム」は、感動的な親子愛を描いたドラマであるとともに、「部屋」と「世界」、「個人」と「社会」、「本物」と「偽物」の境界を見つめ、多面的なテーマをはらんだ映画だった。

物語の視点が終始、子どものジャックにあるのがユニークだ。閉鎖的な部屋の価値観しか知らない5歳児が、見て感じて触れるものを丁寧にすくい取っていく。彼が住む「部屋」は、外部の世界から遮断され第三者によって監禁されているという異常な環境なのだが、ジャックはそれを知る由もなく、彼にとっては当たり前の日常として存在するだけだ。それだけに新たな世界との遭遇は、彼にとって全ての価値観がひっくり返るほどの衝撃であり、その恐怖心と高揚感を見事に捉えた脱出シーンが素晴らしい。一方、ジャックの成長を見守る母ジョイはそれとはまったく違う。7年前に誘拐され監禁され、監禁された男にレイプされている。外の世界を知っていて、今の状況を異常と自覚し、外の世界に戻りたいと考えている。彼女は過去の脱出未遂による残酷な失敗によって、部屋から脱出をもはや諦めている。そんな絶望の中で唯一の希望は息子ジャックの存在だった。

そんなジョイを「息子想いの善き母親」という解釈だけでは終われない。子どもを宿し、生まれ出た子どもを慈しむ母性愛は、おそらく本能的なものだろう。彼女がとった行動は彼女自身のエゴにも映り、ジョイとジャックを独立した存在として描く本作の象徴的な描き方ともいえる。嫌がる息子に現実を押し付け、嫌がる息子に大きなリスクを背負わせる。「脱出することがジャックにとって真の幸せ」という信念もあっただろうが、そのためにジャックを利用したという側面は変わらない。「生まれた子どもだけ、外の世界で生活させる方法もあったのではないか?」という心ない第三者の発言も、もしかするとジャックの幸せを考えれば最良の選択だったのかもしれないのだ。しかし、ジョイはそんなことを考えようともしなかった。

本作は母性のエゴを見逃さず、甘い親子愛に溺れていない。ジョイにはジャックへの贖罪の想いが少なからずあったと想像する。だからこそ、ジャックとの束の間の再会にエモーションが爆発し、観客の胸を大きく打つ。

ジャックの動機は母を虐める男から母を救うことであり、外の世界に脱出することではなかった。「配達」なしで好きなときに好きなだけ求めることのできる豊かな世界に順応しながらも、何もかもが不自由であった「部屋」に戻りたいとするジャックに、子どもの想像力の強さを見る。新たな世界を発見したジャックに対して、元の世界に戻ったジョイは、その平和な世界に順応することが難しい。7年間の牢獄生活の後遺症と、愛しいはずのジャックと密接してきた距離の反動ともいえそうだ。また、本作のプロモーションでよく流れていた「好奇の目で見る社会」は実際の映画を見てみると、それほど主張して描かれておらず、周りの社会はデリカシーをもって接しているようにも見える。無用な悪意を提示し、テーマが発散するのを避けたのかもしれない。

しかし、どうしても避けられないことがある。それはジャックが監禁レイプ犯の子どもであるという事実だ。ウィリアム・H・メイシー演じる父親のリアクションの描き方が誠実だ。無論、ジャックに罪はない。7年間の地獄の中でジョイの希望であり続けた存在でもある。ジョイの家族にとっては孫であると同時に、娘の命を救った恩人ともいえる。しかし、2人に待ち受ける将来を考えると複雑だ。今はジャックの愛らしい外見に隠れているが、成長とともに顔立ち、骨格など、憎むべき犯人のDNAを感じるシーンが出てくるだろう。ジャック自身も自らの出生秘密を探り、その父の存在を知ったときは苦悩するに違いない。拭うことのできない事実とどう向き合っていくのか。ジャックの視点から描かれているので、描くことが難しいテーマであるが、そこまで踏み込んで欲しいというのは欲張り過ぎか。少なくとも「ジャックが可愛い!」だけでは済まされない。

親子を演じたブリー・ラーソンとジェイコブ・トレンブレイの名演が忘れられない。ブリー・ラーソンの「ショートターム」でスルーされた悔しさ(個人的に)を見事に晴らしたオスカー受賞に心からの拍手だ。ジェニファー・ローレンスの若手演技派女優「一強」に待ったをかけた彼女の堂々の開花に、今後のアメリカ映画の活況を期待してしまう。そして本作の最大収穫はジャックを演じたジェイコブ・トレンブレイの発見だろう。一連の彼のインタビュー記事を見ていると、そのパフォーマンスは天然ではなく、実年齢よりも幼いジャックを客観的に捉えプロとして演技に臨んでいることがよくわかる。ジャックに起きた心理状況を掌握し、演技する相棒であったブリー・ラーソンとのマを理解しているようだ。つまり子役ながらいろんな演技ができる俳優ということ。今後の彼の活躍に目が離せない。もう1人の天才子役と注目する「ヴィンセント~」「ミッドナイトスペシャル」のジェイデン君との共演予定作にワクワクだ。

【75点】

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