から揚げが好きだ。

映画とサウナ。

ブルックリン 【感想】

2016-07-09 09:00:00 | 映画


変化を成長に繋げられる人は、変化を受け入れた人だ。今から60年近く前の上京物語に強く共感するのは、未知の世界に飛び込んだ不安や興奮を身に覚えのある感覚として持っているからだろう。とりわけ情報量が少なく、今よりも世界が広かった当時においてはさぞかし想像を越える体験だったに違いない。アイルランドからニューヨークへ、新たな生き方を模索する主人公を応援せずにはいられない。そして、しなやかに成長する彼女の姿を見届け感動する。主演のシアーシャ・ローナンが銀幕で輝く。

閉鎖的な故郷のアイルランドから、開放的なニューヨークに出稼ぎで移住したきた女子「エイリッシュ」が成長を遂げていく物語。

エイリッシュは美人として描かれない。こっちから観ると十分に可愛いのだけれど、友達の引き立て役のような扱いで、男性から色目を使われるような存在ではない。「美人は得をする」展開は排除され、自身の力で人生を切り拓いていく女性像として確立される。また、主人公をごく普通の一般人として描くことに、当時、ニューヨークへ移住してきた多くの先人たちへのオマージュが込められているようにも思えた。

といっても、まだ少女であるエイリッシュが自分1人の力だけで、新たな環境に順応していくわけではない。多くの人たちが彼女に手をさしのべる。まず、エイリッシュがアメリカへ初めて渡航する旅客船での、洗練されたお姉さんとの出逢いが印象的だ。右も左もわからず酷い船酔いに襲われる彼女を介抱し、アメリカ入国とアメリカ生活のいろはを颯爽と教える。そのエピソードが実に素敵で、冒頭からイイ映画の臭いをプンプンさせる。そしてのこの冒頭シーンが、終盤の彼女の成長を実感させるシーンにも繋がる。巧いな~。

アメリカ入国後の住まいの世話をする下宿先の女将や、エイリッシュの生活をサポートする神父、彼女が勤務することになったデパートの女教官など、ユーモアを交えながら暖かい交流が描かれる。エイリッシュへの思いやりの背景には、彼らもかつてエイリッシュと同じ境遇にあったと想像する。ホームシックのために泣き伏せてばかりいたエイリッシュは少しずつ、ニューヨークの生活に慣れていくが、彼女の人生を劇的に変える出来事が起きる。本作のそれはシンプルに恋だ。

アイルランドにいた時と同じように孤立していたダンスフロアで、エイリッシュに声をかけてきた青年と恋に落ちる。その青年「ジム」がとても良い。アイルランドのコミュニティから外れたイタリア系移民であり、顔も特段ハンサムというわけではなく、体も小柄だ。彼の取り柄は真面目で働き者なところだ。ジムの猛アプローチと誠実さに、エイリッシュが惹かれていくのも納得だ。「君にお願いがあるんだ」と、「チューしてくれ~!」とでも言うのかと思ったら、「家族に会ってほしい」なんて。この2人の奥ゆかしく清い関係性が不思議なほど魅力的に見えるのは何でだろう。見つめ合う2人の眼差しに幸福感が漲っていて観ているこっちも嬉しくなる。

ジムとの恋愛が彼女の生活を変え、ニューヨークで生きる喜びに変わり、やがて多くの場面で彼女に自信を与えていく。エイリッシュがどんどん垢抜け、洗練されていくのがわかる。順風満帆なニューヨーク生活だったが、ある日突然、彼女に悲劇が訪れ、それをきっかけにニューヨークでの生活と、故郷アイルランドでの生活、2つの天秤にかけられることになる。

ポイントは彼女は戻ったアイルランドにも幸せな人生が待っているということだ。ニューヨークに来る前は、しがない雑貨店の小間使いをされていたが、戻ったあとの故郷ではやりがいのある安定した仕事が待っていた。そして、魅力的な男性との出逢いに恵まれ、残された肉親である母のそばにいることもできる。本作は2人の男性を巡るラブロマンスがベースになっているものの、描かれる最大のテーマは、1人の未熟な女子が成長し、自立した女性となって自らの意志で人生を選んでいく生き様だ。

ストーリーは極めてシンプルながら、生きたキャラクターに密着した脚本と、感情の機微を丁寧に掬い取ったジョン・クローリーの演出が素晴らしい。昨年のロッテントマトの中で最高スコアを叩き出したことも納得の完成度だ。同時代を描いた「キャロル」の上流階級ファッションではなく、当時の市井の人たちのお洒落を取り込んだファッションが鮮やかで可愛く、いちいち目の保養になる。エイリッシュのカラーであるパステルグリーンがナイス!

そして本作の最大の引力は何といっても、エイリッシュを演じたシアーシャ・ローナンだ。いつもよりふっくらとした肉付きで、柔らかな頬がとてもチャーミングだ。感情の細やかな表現も、エイリッシュの成長とともに変わっているのがわかる。スクリーンいっぱいに広がる彼女の美しい顔立ち、その瞬きから息づかいまで、エイリッシュの鼓動が伝わってくるようだ。本作による彼女のオスカーノミネートで驚いたのが、彼女がまだ20歳そこそこの女の子ということ。「つぐない」の出演時がまだ13歳のときのことで、以降、主演、脇役を問わず、いろんな映画で観ていて豊富なキャリアを積んでいる印象だったのだ。まだまだこれからということ。演じたエイリッシュと同じく、シアーシャ・ローナンの女優としての成長を目撃するとともに、彼女のさらなる飛躍を期待してしまう。

【75点】



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