誰にでも起こりうる特別でない話を、ここまで胸に響くドラマに昇華させてしまう韓国映画の強さ。本作をフェミニズム映画と定義することに自分は反対で、男性側も大いに共感できる。家族を持つという人生について想いを巡らす。主人公が生まれた日、自分や兄妹を育てた両親の姿に重ね、映画館で泣きはらしてしまった。
結婚と出産を機に仕事のキャリアを諦め、専業主婦として育児に追われる主人公。彼女の夫は、妻を愛し、子どもを愛し、家事や育児にも積極的、勿論仕事もしっかりこなし、まさに理想的な夫といえ、何も欠点が見当たらない幸せな家族。姑との多少のいざこざはあれど、周り親戚との関係も極めて良好で、主人公の家族をいつでもサポートしてくれる。だけど、主人公の心は壊れていく。
子育てと家事の両立は大変な仕事だ。新米母の「あるある」を本作は詳細に描きこんでいく。その忙しさは見れば、ノイローゼに陥ることも不思議ではない。だけど、本作の主人公の場合、揺るぎない子どもへの愛情が、精神的、肉体的疲弊を上回っているように見え、彼女の問題の直接的な原因ではないと思える。
「気づいたら出口が見えなくなっていた」。社会の価値観やシステムが、無自覚のうちに主人公を閉じ込めていた。家族の中にある彼女の価値と、社会の中にある彼女の価値。彼女にとっての生きがいは社会での自己実現にもあったはず。とりわけ競争性の強い韓国社会においては、女性であることのハンデが大きく、キャリアを継続することは困難だ。家庭と仕事を両立させること、その実現は、会社側の制度や家庭の理解云々のレベルの話ではなく、想像以上に根深く、実は複雑な問題であることを本作は提示する。姑の無理解とも思える発言も、あながち間違ってはいないのだ。
結局のところ、どうすれがよいのかわからない。だけど、正解はないのが正解と思えた。正解は1つではない。本作の主人公にとって大切だったのは、自身の問題にしっかり向き合い、夫婦間でどうすべきか話し合い、自らの意思で決断したことにあった。それが、社会復帰という選択でなくてもだ。
本作のテーマをより浮きだたせるために、一番の近親者である夫の描き方がとても重要になってくるが、「優しい夫」として描いた判断は的確だった。妻を思いやり、寄り添い、妻の幸せを自身の幸せに置き換えることのできる人だ。そんな夫も知らぬうちに妻を追い込んでいた事実に愕然とする。演じるは、男が惚れる男、コン・ユである。抜群の長身スタイルはいつまでも変わらず、彼の人間性と本作の役柄が高い確率でシンクロしているように思えてリアルに映った。男性側が感じる「壁」も逃さず描かれていて、いろんな生き方が許容されつつある時代の潮流にあって、性別の垣根を越えて、大きな道しるべになる映画だった。
【80点】