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潜水艦イー57降伏せず

2011-07-25 | 映画

     

池部良という俳優さんが亡くなったとき、一般の有名人の死とは少し違う感慨を持ちました。
実は父の若いころにどことなく感じが似ているので、他人のような気がしないのです。
身内を二枚目映画スターに似ているなどと実にあつかましいのですが、亡くなってもいることですし、
そのあたりは子の欲目に免じてご容赦ください。


池部良。
圧倒的に海軍軍人姿の似合う美男俳優のひとりであったとは思いますが、
それでは演技は上手かったか?ということになると、非常に微妙です。

若い時に出ていた映画は皆が棒読みの様にしゃべる時代だったせいかとも思ってみましたが、
ルーカス&コッポラプロデュースのアメリカ映画MISHIMA(このDVDも手に入れました)などでも、
もうすでにこの頃中堅と言われる頃なのですが、この頃ですら演技が生硬に思えます。

しかし、この人が画面に出ると文句なしに画面が華やぎ他を圧する。いわば役者として華がある。
スターではなく、「スタア」の風格です。
「名優必ずしも演技巧者ならず」というのはこの人のためにある言葉ではないでしょうか。

さて、この映画、1959年作品。
監督は「連合艦隊」の松林宗恵。脚本は須崎勝彌の黄金コンビです。

昭和20年、太平洋戦争の敗戦色濃くなった夏、
河本少佐(池部良)を艦長とするイ号潜水艦57(実在するがこの話はフィクション)は、
早期講和を計画する大本営の密命を受けて、
某国外交官親娘をアフリカ沖のカナリー諸島まで送り届ける任を負う。

「和平工作などまっぴらだ」
とその任務を渋る河本少佐。
それを説得するのが、またまた登場、戦争映画といえばこの人、
藤田進(この人も演技は実に微妙ですが・・・・・でも大好き)。
司令は言わずと知れた大河内傅次郎。安心の配役です。

この「和平など望まない、軍人として死ぬことをより選ぶ」
という河本少佐の覚悟は、映画のラストへの伏線となっています。

この艦にはいかにもインテリがよく似合う、軍医役の平田昭彦、そして熱血士官の三橋達也、
と、松林監督お気に入りの「海軍軍人」が勢ぞろい。

船に女は乗せないのがジンクスだった、と書いた直後に、これはいかなることか、
この映画のもっともセンセーショナルな(映画的には売りの)部分は
「男ばかりの潜水艦に何故か若い外国人娘が乗ってくる」
ということ。
このフランス語をしゃべる親子が何国人かは映画では語られません。

それにしてもこの娘、ミレーヌがまたなんだか演技が輪をかけて微妙な、と思いきや、女優ではなく
「当時の駐日イタリア外交官の娘」であったことが判明。
つまり、全くの素人起用だったのです。

このあたりに当時の日本映画のお財布事情が透けて見えます。
1959年ごろといえば、
「ハンドルの値段は?」「180円」「してそのこころは」「ドル(360円)の半分」
というジョークがあったと言うのをご存知ですか。
天下のハリウッドスターをとんでもない駄作に出演させてしまうという盛大な無駄遣いさえ、
ジャパンマネーの力で可能となった現在(例:ゲイリー・オールドマン@レイン・フォール)
からは信じがたいことですが、
ほいほい外国から女優さんを呼んでくるなんて、当時、ものすごいぜいたくだったのです。
ましてや、日本の戦争映画に出てくれる連合国側女優?を探すのは、いろんな意味で難しかったと。
で、知り合いを探せば元同盟国外交官の娘にちょっときれいめのお嬢さんがいたので、
日本滞在の思い出に出演してもらった、ってことなのだと思います。(たぶん)

日本の映画界も稲川素子事務所の誕生まではまだ四半世紀を待たねばなりません。
この映画を作るのがもうせめて30年後なら、日本にはジュリー・ドレフュスがいましたのに・・。

さて、潜水艦の中といえば、密封された男たちの汗と脂と排泄物とその他いろいろなものが混然一体となり、
きれい好きや潔癖症なんかには気の狂いそうな阿鼻叫喚の世界。
男でもうんざりするこの艦内、ミレーヌはなんと貴重な水で水浴びしたい!とわがままを言いだします。
まあ同じ女性としてこの気持ちはわかるが、そもそも潜水艦に女を乗せるなとあれほど(略)
ついにはヒステリーを起こすミレーヌ。

「誰のために俺らこんな苦労してんだよ!腹立つから水浴び覗いてやる!」

なんて穏やかでない一触即発状態になる乗組員。(辛うじて一人が背中を見ただけ。残念でした)
つか、何のためにこの親子が乗っているのか、彼らにはまだ知らされていないのです。
そりゃモヤモヤしますがな。いろんな意味で。

そうかと思えば暑さで病気になった彼女のために氷まで作らなくてはならなくなります。
そのためには貴重な水とともに一切クーラー送風を犠牲にしなくてはならないのですが、
軍医の中沢中尉を始めとした皆の献身的な努力により、氷を得たミレーヌは回復します。

この中沢中尉が・・・・
何度もしつこいようですが、10年若ければ笹井醇一中尉役をして欲しい俳優ナンバーワンの
平田昭彦に実にはまり役です。
中沢軍医はミレーヌ親子につきっきりなので日本語より英語の台詞の方が多いほどです。
因みに平田、池部共に日本語より英語の方が演技できているような気が・・・おっと。
平田昭彦は優しく思いやりがあり、英語でジョークもさらっと言ってしまうソフトな知性派でありながら
「しかしわたしは帝国海軍の軍医です」
と、最後の一線できっぱりと軍人として死ぬ覚悟を見せる、という実に男前な役をしています。

最初は「下品で野蛮な日本人なんて」と人種差別丸出しのミレーヌ、
病気の辛さで「死んでしまいたい」と口走る彼女を叱責する中沢軍医や、命を捨てて艦を守る乗組員の姿、
なかでも自分のためにに貴重な卵を届けてくれた若い水兵が、
敵発見のための潜航の際避退できず、艦上に脚を挟まれたまま壮絶な戦死をするのを見て、
その考えを改めるのでした。

河本少佐はそこで初めて艦の任務を明かすのですが、
やはり「和平工作」という任務は、皇国の勝利を信じ死を覚悟している皆には全く納得いきません。

さて、このイ―57の無線が暑さで一週間壊れて大本営との連絡が取れなくなっている間に、
ポツダム宣言が受諾され、この任務は全くの無駄となってしまいます。
帰還を命じられるも、総員命を捨てる覚悟でいた河本少佐以下乗組員はそれを拒否。
ミレーヌ親子を敵に渡した後、決死の攻撃を決意します。

そして河本少佐は艦内に「第二種軍装に着替え、総員集合」を命じます。

そう、松林監督が「連合艦隊」で沈みゆく大和の有賀艦長に史実とは違う第一種軍装を
「死に装束として」着せた、と言う話を覚えておられますでしょうか。
監督の旧軍軍装姿にこめる思い入れがここでもいかんなく発揮されます。

着替えて甲板に上がって来た先任将校の三橋達也(髭を生やしたバンカラ風士官)に、
「馬子にも衣装だな」
と冗談を言う河本艦長。
海軍軍人同士なら、二種軍装姿を見るのがこれが初めて、ってわけでもなかろうに、
わざわざこのシーンを作った監督の真意が・・・・・・。泣かせます。

そして、この映画のもっとも(個人的に)しびれた本日の画像シーン。
総員を集めた艦長は、通信将校に「只今から言う文を打電せよ」と命じます。
司令部に向けて

「伊号第57潜ハ任務ノ解カレタ事ヲ確認シ
只今ヨリ敵駆逐艦ト戦闘ニ入ラントス
全員士気旺盛ニシテ ソノ責任ヲ 全ウセリ
伊号第57潜水艦長 ヲハリ」

続いて敵艦隊に向けて

「日本潜水艦伊57ハ 降伏セズ 戦闘ヲ 開始スル」

もとより生きて帰る気など全くない戦闘。
なぜ、このような不合理な戦いにあえて命を賭けるのか。
しかしながらその理由や意味など彼らは問うこともなく、自らの命を日本人以外から見れば
ファナティックとしか理解されない一途さの中に投げ出してしまう。
最近の戦争映画が「命の重さ」や「戦争と言うものの残酷さ」を全面に謳っているのと違い、
(例:男たちの大和、君を忘れない、今君のためになんたら、ローレライ、出口のない海etc)
このころの戦争映画は命や戦いの意味を平時の価値観に立って問うことをしようとしません。
おそらく実際の彼らがそうであったように。

あえていえば、最近の戦争映画には決定的に無い何かが、ここにはあります。
そして、さらに言えばこの頃の戦争映画の方が結果として訴えるものは大きく、なんといっても
戦争映画として、純粋に面白いのではないかと思うのですが。
 


潜水艦でありながら洋上をまっすぐに進み敵駆逐艦に向けて体当たりしていく伊57。
純白の第二種軍装を血に染めて、中沢軍医も、志村大尉(三橋)も、次々と斃れていきます。
伊57の体当たりを防ぐためにミレーヌ親子の乗った駆逐艦が立ちはだかり、
河本艦長は絶叫します。

「どけーっ!どいてくれ!」

彼らが死を引き換えにしたものは何だったのか。
その数日後原子爆弾が投下された、という文章でこの映画は終わります。

「潜水艦イー57降伏せず」は、その死が全く無駄でかくのごとく戦争は無慈悲なものだ、
という角度から彼らの戦いを描写してはいません。
そこに覗えるのはただひたすら母国に、そして何よりも己の信念に殉じる男たちの生き方。

「公」に死ぬため白の第二種軍装に「私」を包み隠した河本艦長、いや池部良。
まさに総員一丸、人艦一体となって敵に突入していく護国の鬼そのものと化しています。

軍人を演じるのに小賢しい演技などいらん!
松林監督が想いを込めた第二種軍装が似合っていれば良し!
したがって池部良は最高の軍人俳優である!

って三段論法で独断してしまいますがいいですか?
ただし戦争映画以外での演技については当方関知せず。



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