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宜候(ようそろ)

2011-07-07 | 海軍

昔、マンガで「さあ出発だ」「やったるで」
みたいな場面で男たちが「ヨーソロー」
と言っているのを見て「何語?」と不審がっていたものです。
今は亡き鈴原研一郎先生のマンガだったかと・・・。

いつの間にか(本当にいつの間にか)、それがどうやら海軍用語らしい、と言うことを知ったのですが、
このようそろ、表題にあるように

「宜しく御座候(よろしくござそうろう)」が変化したもので、「了解」「問題無し」の意

です。
これは幕末海軍からの航海用語で、船を直進させるための操舵号令です。
候、という古めかしい言葉を、昭和の世になっても海軍は受け継いでいたんですね。



この、幕末海軍時代にできた海軍用語が連綿と受け継がれている例はたくさんあって
「面舵」
「取り舵」

というのもその一つ。
これについてはもしかしたらご存知でない方が多いかもしれません。

そこで本日画像を見ていただきたいのですが、船の舳先を干支の子(ね)として、
時計と同じにぐるりと取り囲むように考えたとき、3時と9時の位置にあるのが卯(う)と酉(とり)。


船の舳先を「とり」の方向、つまり左に向けることを「とり舵」
舳先を「う」の方向、つまり右にかじを取ることを「う舵」・・・・あれ?


う舵では言いにくいので(たぶん)・・・なまっただけかもしれませんが、「うむ舵」→「おも舵」

に変化したのだそうです。
風や波の強いところで発せられる号令ですから、少しでも口を大きく開ける発音のものに
変化していったとしても何の不思議もありませんね。

映画「男たちの大和」での発音法は
「おもーかーじ」
「とーりかーじ」

ようそろはもちろん
「よーそろー」

です。
両者のリズムをあえて一緒にならないようにしているのは、たとえ音声が聴き取れなくても
リズムで判断できるように、という工夫だと思われます。

昔は船頭の号令ですが、戦艦などでは航海士がかけました。
そして、なんと今でも海上自衛隊では同じ意味で使われているのです。

「何と今でも」
などと言ってしまいましたが、先日「海軍のジンクス」でお話ししたように、
海上自衛隊というのは、日本海軍が培ってきた操船技術などのノウハウやマンパワーを維持して、
つまり実質解体することなく続いた組織。
海自は我々が思うよりよりずっと「旧海軍」そのものなのだそうで。
そう言えば、第二種軍装、まったく同じですよね。

かわぐちかいじの「ジパング」でも「おもーかーじいっぱいー」ってやってました。
(先日ようやく読破しました。最後の二巻がなかなか出なくて・・・)

横須賀には上陸所の向かいに土産物屋があり、そこは大きな看板をあげていて
「此処は土産の買い処」と書いてあったそうですが、ここに入港して内火艇の艇指揮をする士官は
「『此処は土産の買い処』ようそろー」
とかけ声をかけていて、初めて聴くものは
「海軍と言うところは実に適切具体的な面白い号令を下すものだ」と感心したということです。

因みに先日横須賀探訪を果たしたときにここが
「此処は土産の買い処」であったと思しき場所を写真に撮ってみました。
マクドナルド・・・・・・(´・ω・`)



さて、映画「タイタニック」で、救命ボートを下ろす時に
「ステディー・・・ステディー」(steady
と言っていたのを覚えておられる方はおられませんか?
このステディーは、落ち着いている、とか安定した、固定した、という意味に使われますが、
これが海外の船乗りにおける海事語の「ようそろ」です。

語源の意味の違いが「結構です」に対し「安定させる」であるのは面白いですね。

ついでに説明すると、右に切る面舵を「starboard」取舵は「port」といいます。
starはオール、boardは船の横腹の意。

昔の帆船は右舵で舵と利用のオールを用いたことから右に取る面舵をstarbord
船の左舷部分をportというので左に舵を切る取り舵をport
となったのです。
ちなみに左=portの由来は、船は荷の積み下ろしを必ず左舷で行うからだそうです。


そして、海軍用語はどこまでもキャリーオーバーされます。
海軍は航空隊もこの「ようそろ」を、目標補足、針路決定の際に

「筑波山よーそろー」

という感じで普通に使っていました。



昭和19年のこと。
陸軍の飛行第九八戦隊が、海軍の指揮下で作戦するために
鹿屋基地で訓練を受けることになりました。
海軍式に慣れていない陸軍の御一行様は、全てに面食らうことになります。

「バス」「ゴーへー」「チェスト」など、なにかと用語が敵性語。
陸に住んでいるのに休暇は「上陸」。
ハンモックをロープでくくる起床動作。
何と言っても空中に上がって「宜候」は一番かれらをびっくりさせたのではないでしょうか。

それにしても、江戸時代に始まった船の号令を、最新科学の粋を集めたイージス艦でも使い続けている、
というのは海軍組織の伝統の継承を感じますが、さて、現在の戦闘機ではどうなのでしょうか。

なんと。

スクランブル発進のときに「よーそろーもうちょいレフト」とか
「飛行管制所より報告、進路ようそろ、"海猫"上がります」などと言っているらしいのです。

こちらでもよーそろ現役のようです。



追記:

この稿は震災前に書いたものですが、その震災の当日岩手県釜石湾にいた海上保安庁の
巡視船「きたかみ」が、懸命の操舵で津波を乗り切る様子が音声で残されていました。
聞き取れた部分だけ書き取ってみましたので、ようそろがこのように使われている
という参考にあげてみます。

「現在面舵いっぱいです」
「防波堤が今完全に埋もれている状況」
「あ、潮位あがってきました!」
「戻せ!戻せ!」
「はい、取り舵いっぱい」
「現在10度」
「コース70度行け」
「70狙う」
「これ地震?」
「はい、取り舵
「現在の時刻1524(ひとごーふたよん)」
「70度」
よーそろいいですか?船長、今」
はい、よーそろで
じゃよーそろ
今、よーそろ
「引き波です!押されています!」
「戻せ!」「戻せ!」