ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

士官候補生東京見学行状記

2011-07-19 | 海軍

海軍兵学校では遠洋航海に出発する前に東京にしばらく滞在し、
これが一番の目的である皇居遥拝と陛下拝謁、その後東京見物を許されていました。
今と違い簡単に長距離の移動などできなかった時代ですから、
地方出身の候補生にとって産まれて初めての東京は見るもの聞くもの珍しく、
文字通り「お上りさん状態」であったと思われます。

東京出身の級友を案内に立ててあちこちを見て歩くわけですが、銀座は特に皆の要望が多かったそうです。
(『銀座の達人』であったとされる笹井候補生はおそらくこのとき大活躍だったのではないかと)

「東京市中見学」と名付けられたこのコースは、
ほとんどが地方出身の候補生たちのために海軍省が企画したものでした。
そのコースとは、上野博物館、動物園に始まり、海軍館、東郷神社、明治神宮、靖国神社等々。
「お上りさんコース」です。
何日かに渡ってその日程は組まれており、おおむね午後三時には終了して現地解散。

修学旅行ではないので皆が一緒に泊ることはなかったのですが、
おそらく宿舎も用意されていたのではないかと思われます。
しかし、証言によると、関東出身の候補生の実家に、数人単位で転がり込んでいたようです。

昭和13年のこと、その年卒業して遠洋航海を控えていた66期の某氏は、
東京の自宅に数人の級友を泊め、そのメンバーで勝手知ったる銀座に繰り出しました。
今でもありますが、銀座天国(テンプラ屋)の二階の座敷でテンプラで一杯やっていると、
天国の女中さんが血相を変えて駆け込んできました。

「あなた方と同じ短い上着の海軍さんが、
お向かいの銀座パレスでボーイさん相手に大変な剣幕で・・・・
早く何とかしてください」

短い上着の海軍さん。
そう、「川真田中尉の短ジャケット」でお話ししましたね。
これこそ候補生の象徴、短ジャケット。

銀座パレスというのは、当時のカフェーだそうです。
カフェーというのは、いろんな解釈がありましたが、ここは一般にいう西洋料理の店、
今の「カフェ」に近い営業形態だったのではないかと思われます。

彼らがおっとり刃で駆けつけてみると、何と同級生のY候補生ではありませんか。
お酒も入って真っ赤になって怒っているY候補生の言い分はこうです。

「このボーイ、俺が田舎者だと思い馬鹿にしとる!
ライスカレーを食わせろと注文しとるのにできませんと抜かしよる。
表の看板に何と書いてあるか!西洋料理と書いてあるではないか!
ライスカレーは西洋料理ではないのか!」

はい。ライスカレーは、西洋料理ではないのです。
あなたたち海軍さんが発明した(も同然の)日本料理なのです。

という返事を誰もしなかったのは仕方がないこととして、この候補生がここまでキレたのは、
花の東京のしかも銀座で「できません」とボーイに言われたことに地方出身者の引け目から
ついカッとなって過剰反応してしまったのでしょうね。
傍目にはスマートな海軍さんですが、都会に「あがって」いたのかもしれません。
同級生は
「ここは銀座でも一流のカフェーで、ライスカレーを食べさせるところではない」と、
一生懸命説明してやっと納得させ、ボーイさんたちにチップを渡して連れ出しに成功しました。



さて、自宅に同級生を泊めることになった家庭は、やはりそれなりに一生懸命接待をします。
この候補生宅では、家族総出のうえ、近所の国防夫人会にまで応援を仰ぎ、
交代で食事などの準備に忙殺されました。
その婦人会の主催で一度は料亭での宴会が催され、7人の候補生のうち三人が酒の勢いで
FU一枚となり、料亭の池に飛び込んで体操を披露しました。

この「酒に酔うとFU一枚云々」の話は、蛮勇のなせる逸話としてあちらこちらに残されていますが、
同級生の家の妙齢の妹たち(三人)と母上にFU一枚の酒火照りの身体を団扇で煽がせた
某候補生、というのに、エリス中尉は蛮勇くん大賞を差し上げたいと思います。(本日画像)

そして、候補生といえどそこは好奇心の強い若い男の集団。
必ずこういうことを言いだす奴が現れても不思議ではありません。

「江田島のクラブで約束した、念願のチングを見学させろ」

チングとは海軍隠語で、ウェイティング、つまり待合、お酒を飲んでついでにちょっとドキドキ、
みたいなこともできるかもしれない、みたいなところ。
当然ながら少尉候補生に出入りの許されているところではありません。

勿論実家には内緒で一同打ち揃ってチングに繰りこみ、さらにSを数人呼び痛飲に及びました。
連れて行けと強要するやつがいればついていくやつもおり、さらについては来たものの
「憲兵隊に知られたら大変だ」
と一人廊下をうろうろする真面目な心配性君もいるわけです。
どうしても泊まっていくとゴネる一人を引きずるようにして引き揚げた一同ですが、
当然のことながらこれが全員にとって最初のSプレー体験になったということです。

ばれなくて良かったですね。

(因みにこのとき
連れて行けと言った奴=帰らないとゴネた奴=池に飛び込んで体操した奴=団扇で煽がせた奴)


さて、東京市中見学コースと言うのは先ほども言いましたように
地方出身者を対象に行程が組まれていましたから、
当然のことながら少数派である東京出身者にとっては
極めて有難迷惑な時間潰しとしか言いようのないものです。

ならば、東京出身者は別行動、参加自由、とならないのはいかにも日本の組織。
仕方なく皆と一緒にコース見学です。

その日のコースは、よく知っていて、しかもさして面白くもない
海軍館、明治神宮、東郷神社というもの。
何人かの東京出身者は仕方なく明治神宮と東郷神社までは神妙についていったものの、
海軍館見学の段になって我慢できなくなりこっそり途中でエスケープ。
海軍館は地下に「白十字」という喫茶店がありました。

「たりーな」「やってらんねーよ」「何度も来たことあるっつーの」
とそこでコーヒーを飲んでいたら、そこに現れたのは鬼の指導監事、M中尉その他。

「貴様ら、こんなところで何をズべッておるかあ!」

たちまち鉄拳の雨が降ってきました。

でも、このM中尉たち、
自分たちも見学を早く切り上げて一服しようと思ってここに来たのでは?