イスラーム勉強会ブログ

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81.包み隠す(アッ・タクウィール)【3】

2007年11月13日 | ジュズ・アンマ解説
 そして審判の最後の光景について語られます。それは、アッラーが反逆者たちに準備している地獄です。「獄火が炎を上げさせられる」火が点けられ、火は燃え上がります。 対照的に、敬虔者たちの天国の描写が登場します。「楽園が近付く」、楽園は敬虔だった人たちに近づきます。 これらすべてが、この章が言及した審判の光景です。

 これらすべてが起こると、「凡ての魂は,先に行った(善悪)の所業を知る」。すべての魂は、天使が記してきた帳簿が目の前に持ってこられることによって、自身の行った善行と悪行をすべて知ることになります。このことについてアッラーは仰っています:「凡ての人が,それぞれ行った善事と,その行なった悪事とを,まのあたりに見る日。かれらはその日と,その(行った悪事との)間に,遠い隔たりがあることを望むであろう。」(イムラーン家章30節)

  そして、アッラーはすべてにかけてクルアーンが、大天使ジブリールを介して、アッラーの預言者であるムハンマド(アッラーの平安と祝福がありますように)に下した啓示であることを誓います: 「わたしは沈みゆく諸星において誓う。軌道を)運行して没する(諸星において)暗闇を迎える夜において,夜明けを迎える朝において(誓う)。本当にこれ(クルアーン)は,高貴な使徒(ジブリール)の(アッラーからの)言葉」

 
アッラーは、普段私たちの注意からそれているもので誓いを立てられました。あるものは走行し、あるものは覆われます。 同じく、光り輝く日の出の朝が、誓いの言葉に登場します。

 「夜明けを迎える朝において」、この表現はクルアーンの特徴である、アッラーの言葉遣いの完璧さを示唆する表現です。「夜明けを迎える」をクルアーンはここで「タナッファス(呼吸するという意味)」というアラビア語を使っていますが、これはアラビア語の修辞学でイスティアーラにあたります。夜明けの本当の姿は、光が放たれ始めることをいい、呼吸することでありません。「呼吸」という言葉を使うことによって、自然が静まりかえり、動きも生も感じられないところに朝がやってくると、大地が目覚めて、命が戻ったようになり活気が出てくる様子が想像できます。呼吸は命の象徴であり、呼吸の停止は、死と静の象徴です。

 これらの誓いは、昔あった神のメッセージを解くヒントかもしれません(アッラーのみぞ知る)。やがてすり替えや、意見相違のために、このメッセージの真髄は隠れてしまいました。そのため無知が人々の間に広まり、導きの光が消えてしまいました。アッラーはこの暗闇から朝が出ることを望みました。導きの朝です。そしてアッラーは、使徒ムハンマドを導きと真の教えと共に遣わしました。ムハンマド(アッラーの平安と祝福がありますように)の使命は、人類の夜明けとなりました。

 アッラーはムハンマドがもたらしたクルアーンは、ジブリールが伝えたアッラーの啓示であることをすべてにかけて誓っています。ジブリールは預言者(アッラーの平安と祝福がありますように)に伝え、預言者(アッラーの平安と祝福がありますように)は彼の共同体に伝えました。 「本当にこれ(クルアーン)は、高貴な使徒(ジブリール)の(アッラーからの)言葉.(かれは)玉座の主の御前で(尊厳される地位の)座につく、力のある(使徒である)。」

 クルアーンはジブリールを強大な力を持ち、玉座の持ち主であるアッラーの許で高貴な座を持つ者、と表現しています。玉座は、高い位置にある王が座る椅子のことをいいます。そして玉座は、権力に象徴になりました。人間はアッラーの玉座について、その名前しか知りません。

  アッラーは同じようにジブリールを表現して、「従われ、信頼される(使徒である)。」と言っています。彼は天上で天使たちに従われ、アッラーの許ではかれの啓示とメッセージにおいて信頼されています。