◎滅亡か存続か
ダンテス・ダイジは、この時代、人類が存続するようなら禅が流行し、人類が滅亡するようならクンダリーニ・ヨーガが流行すると予言しているわけだが、禅では、霊的なもの、霊界的なものは相手にしない。
ところが、欧米では、ドラッグによって霊界を見てしまった人間が3割~5割程度いる。これは、既にクンダリーニ・ヨーガに片足を入れてしまった人が3割~5割程度いることを意味する。
禅では、中間的なものを徹底的に振り払い、排除していくのだが、天使だの霊だの妖精だのゾンビだのを相手にしていては、大悟はない。
禅語録の中では、あまりそういうものは多くないのだが、洞山はわりとあの世だの転生だのを平気で語る。
洞山録に、涅槃堂にいたノイローゼの僧の話がある。ノイローゼの僧は『四つの山に同時に迫られているように、生きることが苦しいがどうすればよいでしょうか』と洞山に問うた。
洞山は『生は生に任せ、死は死に任せる』と答えたが、僧はわからなかったので、『わたしをどこに行かせようとするのですか』と改めて質問した。
洞山は、『食料の豊かなところに行け』、と。
すると僧はため息ひとつついて、『さようなら』と言って、たちまち坐脱した。洞山は、僧の頭を杖で三回叩いて、『お前は、そんな風に去ることはわかっているが、そんな風に来ることはわかっていない。』と言った。
この僧は、未悟なので、禅における中間的なものそのものだが、これは、冷たい応対だと思う。洞山は、死後に成仏したかどうかを見届けてやったのだろうか。
さて、あの異常行動多発のタミフル(https://www.npojip.org/sokuho/no59-1.html)は、2018年に厚労省が10代への投与再開済。
タミフルは、霊界、異界を見た日本人を増やすことで、日本社会全体を不安定化、つまりクンダリーニ・ヨーガ側に振らせるトライアルであったと見ることもできる。そういうことの出来る勢力が世界にはあるということなのだろう。
ここに人類が滅亡するか存続するかのやじろべえがあるとする。世界のヘゲモニーを握る欧米が、今中国と事を構えようとしているわけだが、その流れはドラッグ動向からすれば結構欧米は滅亡寄りに振れていると見るのだろう。そういう流れに日本もいろいろな形で巻き込まれている。
最終的にどちらに転ぶかを決めるのは政治家でも扇動者でもなく、自分個人なのだ。