龍樹(ナーガールジュナ)は、バラモン出身で、家は裕福で秀才の誉れ高く、若くして各地を遊学し、天文、地理、星宿などを学びほとんどの道術を体得していた。
彼には道友が三人いて、皆優秀で眉目秀麗だったが、揃って好色を追求するために隠身の術を、さる術者について学んだ。この術はさる薬物を瞼に塗ることで身を隠すことができるものだった。四人は、この薬でもって自由に遊び回り、終には王の後宮に入り、宮中の美女を手当たり次第犯して回った。
強姦から百日経つと宮中では懐妊する婦人が多く、王に告白して処罰を求める者が多かった。
王は、これは方術によるものと見て、細かな砂を宮廷内にまき、足跡を追えるようにした。果たして、龍樹以外の三名は、足跡によって待ちかまえていた勇者たちに首を切り落とされた。龍樹は王の周り七尺は、刀を持ってはいけないことになっていたため、王のそばに居て難を逃れたが、この場を生きて逃れられるなら出家して法を求めようと誓いを立てた。
以後の努力により、龍樹は高名な僧となり、各地を伝法、行脚し、最後は一室に閉じこもり、何日も出てこなかった。弟子が部屋に入ってみると蝉の脱け殻のようになって世を去っていた。
これは、チベット密教風の屍解。王の後宮で乱行三昧を行った大悪人の末路としては、平穏すぎやしないかとも思う。
だが、キリスト教徒取り締まりの最右翼だった、サウロ(パウロ)のダマスカスでの改心の例もあり、おいそれと真相について想像をたくましくすることはできない。
ただ大聖者は大悪人のこともよく知っているものだということはあると思う。
