アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

妙好人與市-3

2023-08-31 06:58:19 | まはさてあらん、AEIOU

◎臨終の時

 

妙好人與市の臨終直前。誰でも死の半年前には死を予感するというが、獲信者(他力信心を得た人)の彼はどうだったのか。

 

『與市は、死ぬ二日ほど前に、次のような独り言を言っていた。「死んだらまず第一にご本山へ参り、親様や祖父様や、祖母様に会うて・・・・・」。』

(新妙好人伝近江・美濃篇/高木実衛/編 法蔵館P62から引用)

 

『與市の病気がだんだん重くなり、大変苦しそうにしているので、妻がそばからどんな様子かと尋ねると、與市は、「死にとうない」と答えた。

與市の臨終が近づいたころ、兄弟眷属が與市を見舞い、「お前は、若い時から大変よくお慈悲を喜んでいたから、こんど死んだらお浄土へ参らしていただくに相違なかろう。お浄土へ参らしていただいたら、またわしらを済度に出て来てくれ」と言うと、與市は次のように言った。「お浄土へ参って、親様に聞いてみればわからぬ」。』

(上掲書P62から引用)

※親様:阿弥陀仏

 

與市は見仏体験があるようだが、死んだら本山に参り云々と言ったり、死にたくないと言ったり、死を受け容れかねている。

浄土真宗では、まず浄土に生まれ変わって、次に弥陀の本願に抱き参らせるところを狙っているのだろうと思う。死後辺地浄土に往生するのは最終目的ではないわけだ。

浄土に往生した後、弥陀の本願に救われるというが、どのように救われるかは知らないので、「お浄土へ参って、親様に聞いてみればわからぬ」と與市は正直に答える。この生真面目さ、フランクさが、真正の求道者の印である。

また與市に見仏体験はあるようだが、そこから先へは行けなかったのだろう。

同じ妙好人の浅原才一は、すべてが南無阿弥陀仏でできている世界に入りさらにそこから先に進めた例はあるが、臨終直前まで與市はそこまで行けていなかった。とはいえ、彼の実際の臨終時には、先に進めていたかもしれない。

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妙好人與市-2

2023-08-30 03:10:28 | まはさてあらん、AEIOU

◎数珠、「煩悩のしばり縄」

 

『ある時、畑に作っていた南瓜を盗まれたことがあった。それを聞いて、友人や知人が見舞いに行くと、與市は「盗人を悪く言うことはできぬ。わしらは、仏様の物まで盗んで来ているじゃからのう」と言うのであった。』

(新妙好人伝近江・美濃篇/高木実衛/編 法蔵館P56から引用)

 

夏の蚊が多い時に、與市は蚊帳の外に片足を出して、「わしは貧乏で先祖の年忌が来ても供養できないので、今夜はこの足を思う存分食ってくれ。」と蚊に言った。

さらにその頃東海道を走り始めた汽車を見て、「浄土の汽車は、もっと早い。」と言った。

與市は、浄土を実地に見聞したことがある上に、蚊も仏様と見て供養しているからには、万物が仏様であるということを、どこかで実体験したのではないか。それで、「わしらは、仏様の物まで盗んで来ている」と言っているのだろうか。

 

『與市は数珠のことを、時折「煩悩のしばり縄」と言っていた。数珠が切れて、買うことができない時には、紙縄を輪にして数珠の代わりにかけていた。

與市が三十九歳の時、明 治十二年(一八七九)十月十八日付で、西本願寺から篤信を表彰され、数珠が下付された。

(中略)

手次の彦根明性寺の住職が、與市を呼び出し、その旨を告げると、與市は「それはまったく身に覚えなきこと、必ず人違いに相違ありませぬ。私など、とても法義相続のできる者でございませぬ」と、大変驚いた。

そこで住職が賞状を見せて、「この通り、椋田與市としてあるからには、けっして人違いではない。心配せずに喜んでお受けしなさい」と言うと、「それが本当ならば、喜びどころじゃございませぬ。私は、明日から飯食うこともできぬようになります」と、当惑した様子になった。

住職が不審に思い、その訳を尋ねると、次のように言うのであった。「私は毎日、大根を売っては米を買って日暮しをしています。一把の大根を束にするにも、大きな物を外に並べ、小さいのを中に入れて、全部大きな大 根のように見せかけて、人目を盗んで高く売る工夫をしているのです。それに今、本山から奇特な同行じゃ、感心な信者じゃなど、賞められてみると、もはや、そんなこともできなくなり、飯を食うのに困って来ます。どうぞそれはご本山へお返しください」。

このように、真剣になって断わる與市を、住職は種々説き勧めて、むりやり数珠を拝受させた。

やむなくそれを家へ持ち帰った興市は、仏壇の奥深くしまいこんで、誰にもそのことを語らなかった。』

(上掲書P61から引用)

 

これは、自分に厳しいというか、自らも仏と同等の目線に立って自分の所業を見ている。與市は既に見仏体験はあるのだろうから、このような不条理な局面にあって、不本意ながら、ぎりぎり折り合いをつけて生きて行かざるを得なかったことがわかる。

信心の深さを褒められて物をもらうというのは、微妙なことだからである。

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妙好人與市-1

2023-08-29 03:37:11 | まはさてあらん、AEIOU

◎virtual walkingで本山参り

 

妙好人椋田與市は、滋賀県磯村の人。妻と子供が四人いたが、貧乏であった與市は、耕すべき田畑も少なく、一月を三分して、十日は自分の田畑を耕作し、十日は他人に雇われ、後の十日は仏法の聴聞に費すことにしていた 。

『與市の家は、小さいむさくるしい家であったけれども、いつも家の隅に小さな竹筒が掛けてあり、毎日変わった草花がさされていた。隣人がそのことを不思議に思い、與市に尋 ねてみると、「わしは、貧乏でご本山へ参ることができぬ。ご本山の御真影様への、せめてもの志と思って、お花をあげています」と答えたという。

 

ある冬の寒い日、與市は友人に、「わしは明日からご本山へ参ろうと思うが、おまえもいっしょに来ぬか」と誘いをもちかけた。赤貧の與市に、よくも路銀ができたものと、友人は心中あやしみながらも、同伴することにした。「それでは明晩わが家へ来たれ」と言うので、翌晩になって訪ねて行くと、與市は、「それではこれからご本山へ参ろう」と、お仏壇を開いて点燈焼香し、しみじみと礼拝した後、家の中をゆるゆると歩き始めた。よほど歩いたころ、「はや草津まで来た」とひとり言を言い、しばらくすると「はや大津まで来た」と言った。そして最後に、「とうとう本山まで来た」と、そこで端座して、再びしみじみと礼拝するのであった。それから友人に向かって、「これで今晩のご本山参りがすんだ。ありがたいことであった。わしはこれから三十日間こうしてご本山参りをするから、おまえもおまえの家で毎晩参れ」と勧めた。友人は、寒さや来客のために、このご本山参りを続けられなかったが、與市は、その後一日も欠かさずに参り続けた。』

(新妙好人伝近江・美濃篇/高木実衛/編 法蔵館P52-53から引用)

 

室内virtual walkingで本山参りした後、しみじみと礼拝する様に、與市の観想の真剣味を感じる。

また毎日茅屋で、西本願寺におわします御真影(親鸞像)竹筒に花を献ずるとは、その敬虔さと無私がわかる。

しみじみとした礼拝と花だけで、信仰の深みがうかがい知れる。

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令和の黒船ならぬ赤船到来

2023-08-28 07:38:37 | 時代にFace it

◎太平の眠りを覚ます中国からの電話たった一本で夜も眠れず

 

東京電力福島第1原発の処理水海洋放出が始まった2023年8月24日以降、福島県内の飲食店や自治体、東京都江戸川区総合文化センターなどに、中国からの発信とみられる迷惑電話が殺到している。

一方で、2023年8月7日米ワシントンポスト紙によると、「日本の国防ネットワークに中国(人民解放軍)が侵入し永続的なアクセスが確立されている。再三の指摘でも改善されない。これでは有事の情報共有ができない。」と報じている。

さらに日本における中国代弁者の最右翼の公明党は2023年8月26日に、28日から予定していた山口那津男代表らの中国訪問を延期すると発表。同日、中国側から「当面の日中関係の状況に鑑み、適切なタイミングではない」との判断が伝えられたという。これは、ただ事ではない。

与党自民党国会議員も親中派8割と言われ、野党はいわずもがなだが、中国のアステラス製薬社員の拘束解放もできず、科学的根拠がなく理不尽な中国による日本の水産物輸入の全面停止を排除することもできない。このように親中派は、やたらに中国への利益誘導を行うにもかかわらず、いざという時には無力であることを痛感させられる。誰のための親中派なのだろうか。

 

戦争には、陸海空の伝統的な戦場に加え、政治戦、経済戦、情報戦があり、さらに今は宇宙戦、電子戦、サイバー戦と戦場は拡大した。

とくに今回のサイバー戦の一種としての中国からの迷惑電話はほぼ福島県限定だが、今後予想される日本製品不買運動や在中国日本商店・工場襲撃、台湾進攻に際しては、このような程度では済まないだろう。

在日中国人は72万人とも言われ、政府の移民促進政策で更に増えそうだが、中国国防動員法の適用があり、懸念材料ではある。実際に2008年4月26日 の長野市の聖火リレーには数千人の中国人が集結し、赤い大旗が林立し、あたかも中国の領土になったのようであった。少数となった日本人やチベット人は、暴力を振るわれた人もいた由(ネットでは写真も多数上がっています)。今や在日中国人も更に増加し、日本の警察官の人数の3倍となり、台湾進攻など有事の際の懸念材料ではある。

また在中国の日本人に対するヘイトクライム迫害も要注意であり、加えて国連の場での日本批判に名を借りた日本人に対するヘイトクライムは、未然に対策が打たれるべきだろう。

 

このような事態は、戦後一貫して、総じて国防と治安と外交に能天気だった日本人全体の姿勢の結果であって、一朝一夕に成ったものではない。

国家神道を一朝にして取りやめたにもかかわらず、国家神道の清算も反省も行わず、戦争遂行してきた政界官界学界の総括もほとんど行われず、アメリカ盲従で、軍事教育を冷遇してきた結果の政治家、官僚の軍事常識欠如は、大きな悪影響を及ぼしてきたことがここにきてはっきりしてきたように思う。

アメリカは、2,3年前から対中政策を、長年の親中から、反中に大転換したが、日本はそれに乗り切れていないということもあり、アメリカの対中姿勢の影響も大きい。マスコミはあまりここは強調していない。

アメリカの対中政策転換の遅れは、アメリカにとっても失策だが、安倍晋三元首相暗殺はそういうタイミングで起きていることが象徴的。

昨今の中国の対日姿勢を見るに、風雲急であって、色々な対策は遅きに失しているところが多いように思うが、今回の中国からの嫌がらせ電話で既に戦争は始まっている感を持つことは大切だと思う。中国からの嫌がらせ電話は、令和の黒船ならぬ赤船なのだ。

今日も冥想を

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ダライ・ラマとアメリカ

2023-08-27 06:37:09 | 密教neo

◎弱腰な対応に終始

(2010-09-14)

 

中国がチベット侵略の意図を明白に見せたのは、1950年7月の昌都の北東200キロにある小さな国境の町を中国人民解放軍が制圧したのが始めとされる。

以後正規戦、ゲリラ戦を織りまぜて、特にアメリカ・CIAの支援を受けながら、チベット全土で、中国に対する抵抗が行われていた。既にチベットからは外交主権が奪われていたが、ダライラマは中国との直接交渉によって事態を打開できると信じ,北京まで交渉に行ったが、結局その交渉は失敗に終り、ダライ・ラマ自身が1959年インドに亡命するまでチベット領内での散発的な軍事的抵抗は続いていたのであった。

チベット側の全土を挙げての組織的な軍事的抵抗計画に対して、終始拒否権を発動し続けたのはダライ・ラマであって、彼の側近達ではなかったようである。これは、いままでの坊さんが書いたものばかり読んできた私にとっては意外だった。

1959年のダライ・ラマ脱出の直前に、中国によるダライ・ラマ誘拐計画が実施されようとしていることにチベット側が気がついて、それを阻止しようとしてラサの夏宮ノルブリンカに集まった三万群衆と人民解放軍との間の騒乱が発生した。その最中に、ダライ・ラマのラサ脱出が敢行されたものだった。これも知らなかった。この脱出行にもCIAの支援があった。

チベットがここまでジリ貧になったのも、1959年までの10年間、ダライ・ラマが正面切った中国との軍事的対決姿勢を打ち出してこなかったことに原因があるように見える。しかしその姿勢は宗教者としては当然のものであるから、その是非は言えない。

 

1955年、毛沢東が北京を離れるダライ・ラマに別れの言葉を述べた。

『「宗教は毒だ。ひとつには僧侶や尼僧は独身でいなければならないから、人口が減る。ふたつ、宗教は物質的な進歩を拒絶する。」

この言葉で、ダライ・ラマの目からうろこが落ちたらしく、ダライ・ラマはのちに毛沢東のことをこう記している。

「結局のところ、あなたは法(ダルマ)を破壊する人なのです」』

(謀略と紛争の世紀/ピーター・ハークレロード/原書房P394から引用)

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就活で使える人物を見る方法

2023-08-27 06:29:28 | 時代のおわりneo

◎悪党小人相手の技術

(2008-12-20)

 

呂氏春秋には、六験の他に八観という人の鑑定法もある。

 

1.貴ければ、その進むるところを観る

  地位や身分が上がった時に、どういう人物を推挙してくるか、どういう人物を尊敬しているかを観る。全体的な人間観、人生観がわかる。

 

2.富めば、その養うところを観る

  金ができれば、ペットや女や子分を養うものだが、それを観る。その組織が将来栄えるかどうかはこれでわかる。

 

3.聴けば、その行うところを観る

  善なることを聞いたら、実際にそれを実行するかどうかをみる。何か適当な理由をつけて善いこととわかっていてもやらない人は多い。善事を為すには、根底に有る志があるものだと最近つくづく思うようになった。

言うは易く行うは難し。

 

4習えば、その言うところを観る

  習熟すれば、人はそれについて語るもの。その話を聞けば、どういう考え方の組み立てをしているかわかるもので、その人物の軽重、広狭、善悪、清濁を測ることができる。

 

5.止(いた)れば、その好むところを観る

 仕事が板について、一人前になってくれば、何を好むようになるかで、人間の幅や志向がわかるもの。立派な奴なのか、つまらない奴なのか。誠実な女なのか、いい加減な女なのか。

 

6.窮すれば、その受けざるところを観る

  人は貧窮に陥れば、金のため、食うためには、なんでも受けてやってしまいがちなもの。そうした中で、最後の一線である何を受けないかを見る。人間の尊厳を試す見方であり、冷酷なしうちだと思う。

人が人をそこまで見抜く必要があるとするところに中国の風土の過酷さを感じざるを得ない。

 

7.賤なれば、その為さざるところを観る

  人は落ちぶれると、恥知らずなことでも何でもやるようになりがちである。そこで、最後の人間としての誇りがどこにあるかを観ようとするもの。

 

就職活動ではこんな場面はないだろうが、人生場裡には、心の準備ができないまま、こんなシーンに出くわしてしまって、観られる人がいる。

 

8.通ずれば、その礼するところを観る

 とんとん拍子に出世していけば、何を大切にするかを観る。それは金だったり、女だったり、威張り散らして権力を誇示することだったり、勲章をもらうことだったりする。

 

さすが中国儒教3千年の歴史であって、このような小技にはノウハウの重篤な蓄積を感じさせられる。

 

しかし共産中国に至っても、毛沢東ですら「政治の秘訣は、悪党小人をいかに支配し操縦することだ」と言わざるを得なかった。つまり、それほどに中国の民衆は食えない者ぞろいであるがために、こんな人物の見方を持ってこなければならなかったのである。

 

昨今の日本の大衆も、だんだんそうなりつつあるところがあるのは、皆様お気づきのとおり。儒教でいう利、最近でいえば自分のメリット、自分の権利ばかりかざす社会だと、中国的なせちがらい社会になりがち。

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就活に役立つ人物を見る方法

2023-08-27 06:23:39 | 時代のおわりneo

◎人を見る目の拠って立つところ

(2008-12-19)

 

採用では、今も昔も人物を見るのが基本で、それは変わらないところがある。

呂氏春秋にある六験では、

1.之を喜ばしめて以てその守るを験す

  人を喜ばせて、会社の立場など、人として守るべきところを守れるかどうかを見る。

2.之を楽しましめて以てその僻(へき)を験す

  人を楽しませてそのかたよった好みを見る。楽しんでいい気分になると人はその好みを見せるもの。変な嗜好はそんな時に明らかなる。

3.之を怒らしめて以てその節を験す

  人を怒らせて、感情を爆発させて、どの程度抑えるべきところを抑えられるかを見る。かっかとして我を忘れるようではだめ。

これは面接の時にいやみをちょっと言う手で、よく使われるもの。

4.之を懼れしめて以てその特(独)を験す

  人は恐れると、びくびくして何かにすがりたくなる気分に陥るもの。窮地にあっても、どの程度しっかり独立した行動ができるかどうかを見る。

5.之を哀しましめて以てその人を験す

  人は悲しい目にあうと、その人のすべてが現れるもの。正面からその悲しみを受け入れられる人、他人のせいにする人、酒などに溺れる人、さまざまとなる。

6.之を苦しましめて以てその志を験す

 就活の面接ごときでは、苦しむ場面はないだろうが、艱難辛苦の場面でこそ、その意志力の堅固であるところが試される。組織の成員にとってはとても貴重なファクターである。

(参考:人物を修める/安岡正篤/竹井出版)

 

私も昔は、人相や手相も含め、こういうのに非常に関心を持っていた時期があったが、所詮こうしたものは、小手先の技術、枝葉末節ではある。幹たる部分がしっかりしていないとどんな悪事もやる。組織に役に立つ人間であるかどうかと、人間としてまともかどうかは全く別の問題であることは、昨今のいろいろな痴漢や万引などの軽犯罪事例が示している。

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中国渺々

2023-08-27 03:26:23 | 時代にFace it

◎鼓腹撃壌という地上天国の時代もあった

 

中国が日本のようにあらゆる地に神仏の薫香がして、人も貴賤を問わずその所作に神仏の貴さを宿している国になることは望外としても、中国が少なくとも神仏へのリスペクトが感じられるくらいの国にすらならなかったのは何故だろうか。

 

春秋戦国時代以降、中国には長い宗教の歴史がある。儒教を宗教と見れば、儒教は、社会に秩序、君子以上に道徳をもたらすという点で大いに影響があったが、神なるものは易経には出てくるが、はっきりと大衆に意識できるような形はなかった。その不足した部分を道教が補ってきた。

ところが、20世紀に共産主義政権となることで、儒教も道教も仏教もまとめて排斥されることになってしまった。

 

聖者列伝ということで言えば、孔子、老子、荘子、達磨以下の禅の祖師たち、道教系でいえば呂洞賓や列仙伝、神仙伝に登場するような熟達の道士が多数いた。

これだけ多数の聖者が投入されてきた割には、清朝で阿片による亡国を招き、結局現代のような無神論の共産主義政権の樹立を招くことになった。

歴代各王朝は、道教崇拝の場合がほとんどで、仏教崇拝の王朝は例外的に存在しているにすぎない。だからと言って例えば唐朝が道教崇拝であると言っても、道教の窮極である昇仙を出神の延長と理解して丹薬を皇帝が服用したわけではあるまい。またその信仰はせいぜい君子の段階にとどまり、農民庶民までもが昇仙することを願った風でもない。

 

このように書くと中国・支那はまるで宗教にとって有史以来砂漠の如き状態であったかに思えるが、意外にも古代聖王の堯、舜の時代こそは、地上天国が実現していた時代だった。すなわち鼓腹撃壌の時代のことである。

 

このように中国に宗教が根付かない原因について、ダンテス・ダイジは、中国が生きていくことが非常に厳しい環境であることを指摘している。

下世話な言い方では、宗教は旦那衆の道楽と言われ、生活に余裕がないとできないものとされてきた。ゆえに中国では、君子以上でなければ、求道などできないとされ、一般庶民は明日の食糧に悩むことの繰り返しで、求道どころではない。禅僧趙州の趙州録などを見れば、庶民の困窮ぶりがよくわかる。中国では、古代を除き一貫して庶民が宗教に打ち込める生活条件にはなかったのだ。

そこに注目して中国共産党はまず全国民に飯を食わせることを目標とした。それはやがて達成され、都市に大廈高楼が立ち並ぶ現代になって、今度は共同富裕などと言い出したが、スーパーリッチは多数出現する一方で貧富の差が開き過ぎ、無数の貧困者を産んでいる。もっとも模範兵士だった雷鋒に学んだ人々は、富を過度に集めることなどしなかっただろう。

 

食べられるようになれば、人は無形の価値を求めるようになるものだが、その流れに掉さして、あくまで有形の価値希求を国家体制として推し進めるのだから、無理にもいつか限度があろう。

おそらくは、全国民が食べられるようになった時期が、中国での宗教復活のチャンスだったのだろうが、共産主義ではもともと「宗教は阿片」と決められており、神仏の出る幕はなかった。

道元は、『花は愛惜に散り、草は棄嫌に生(お)ふるのみなり』(花は人に惜しまれつつ散るが、雑草は嫌がられつつ生える。)と言ったが、中国でも花は咲く。中国では、神仏、宗教という花は稀に咲くが、根は張れなかったのだ。

 

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中国茫々

2023-08-26 03:33:14 | 時代にFace it

◎中国なスピリチュアル

 

中国で、注目すべき予言と言えば、次の2つ。

1.ダライラマの存命中に中国共産党が終了するだろう。

2.中国は4つに分裂する。(by ダンテス・ダイジ)

5年前に同じ予言を出しても絵空事として誰も顧慮することはなかったが、今は全く世間の見る目が違って来ている。

 

というのは、中国に不都合なことは中国との協定で報道できないはずの日本の大手マスコミが堰を切ったように、中国の不動産バブル崩壊による中国の国家自体の経済、財政、金融破綻の可能性を華々しく報道し始めているからである。

これは、実は異様なことであって、日中記者交換協定で、以下の外交三原則を遵守することになっているからである。

「一 日本政府は中国政府を敵視してはならない。

二  米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない

三 中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない」

なお今後予想される中国の台湾進攻に際し、米軍が在日米軍基地から発進すれば、日米同盟により中国は自動的に日本の敵国となるので、この協定は困ったことになるのだろう。

 

さて中国は経済金融財政に係るいろいろな統計が不確かだったり、公表されなかったりする関係で、明確なことは言えないが、中国の不良債権総額は、少なく見ても1000兆円以上などと噂され、日本のバブル時のそれの10倍は超えるとも言われている。なお日本のバブル時の不良債権は約80兆円などと言われてきた。

中国の若年失業率は2023年7月は公表されていないが、50%を越えるのではないかという話もある。1919年の五四運動も1989年の天安門事件も大学生の運動だった。中国の大学進学率は、57.8%(2022年中国教育部)と日本を越えたが、大学生の就職状況は厳しいらしい。

 

閑話休題、霊界における中国経綸は、霊界における大物幹部である野立彦命が、先に孔子を出して治国安民の大道を天下に弘布させた。ところが、その教理があまりにも現世的に過ぎるので、追加で野立彦命は自分の身魂の分霊として老子を出現させたのだという。(霊界物語第6巻 23章 諸教同根)

※野立彦命:ダンテス・ダイジのこと。

〔原文:弘子彦司は一旦根底の国にいたりしとき、仏者の所謂閻羅王なる野立彦命の命により、幽界の探険を中止し、再たび現界に幾度となく出生し、現世の艱苦を積みて遂に現代の支那に出生し、孔子と生れ、治国安民の大道を天下に弘布したりける。 然るに孔子の教理は余り現世的にして、神界幽界の消息に達せざるを憂慮し給ひ、野立彦命は吾が身魂の一部を分けて、同じ支那国に出生せしめ給ひぬ。之老子なり。〕

 

ここに野立彦命は、閻羅王(閻魔大王のこと)であるとあるが、生前ダンテス・ダイジは、自分の役割には閻魔大王もあるのだと語っていたが、その傍証がこれである。

加うるに、ここに挙げた予言の他に出口ナオと出口王仁三郎が、中国からの空襲で京都の寺社がまる焼けになるビジョンを見たのが、大本教を立てる機縁になったことも忘れるべきではないだろう。

予言の実現内容は、時と共に変わるものではある。またネガティブ予言は、それが実現しないように人間に警告を与えるために出されているものではある。

ダンテス・ダイジのアメジスト・タブレットは、至福千年のプロローグであって、人類絶滅後のエピローグではない。

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youtubeでの聖地巡礼:ヴィア・ドロローサ~聖墳墓教会

2023-08-25 06:39:33 | イエスと救世主たち

◎virtual walkingでイエスの最後のルートを辿る

 

キリスト教徒でもないので、イエス・キリストが、鞭打たれながら十字架を背負わされ、ゴルゴタの丘まで歩いたヴィア・ドロローサ=苦難の道を、今生で見ることはないと思っていた。酷暑の室内散歩のついでに、ヴィア・ドロローサをyoutube検索してみるとあるわあるわ。https://www.youtube.com/watch?v=UhCBB_hCIeY&t=4s

ヴィア・ドロローサは山を登り山を下りる道であって、ゴルゴタの丘は、今は建物がびっしり建っている区画にあるんですね。本の挿絵やTVで編集されて断片的に見るのと違い、ヴィア・ドロローサのどこを曲がると聖墳墓教会(ゴルゴタの丘)に着くのかがわかる。途中にはイエスに倣って巡礼者が担ぐ大型の木製十字架まで何本か置かれている。

パックツアーなどでリアルでここを観光すれば、ひったくりと物売りに注意しながら、また聖墳墓教会の昇天した祭壇の前では立ち止まれないだろうから、落ち着いて見れやしない。よってyoutubeの聖地巡礼の効用は大。このyoutubeでもイエスが昇天した祭壇の部分が一番再生されているなどとコメントが出る。

 

出口王仁三郎は、アストラル・トリップで、エルサレムに行き、嘆きの壁を見たりしているのだが、それは、現界のエルサレムでなく、霊界のエルサレムであることを自ら明かしている。その点でもvirtual 動画による聖地巡礼では現界を見れて、画期的でありがたいことだと思う。

 

敬虔なキリスト教信者は、イエスの一生を順々に観想していくが、その最後のクライマックス直前のシーンがヴィア・ドロローサ~聖墳墓教会。ヴィア・ドロローサでイエスは十字架の重さで三度止まる。

イエスの後に大勢の悲しみ嘆いてやまない女たちの群れがついて行ったが、イエスは彼女らに『エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が、いまに来る。』。』と世紀末的世界観を披露している(ルカ-23)。彼はこの段階でも明日にも終末が来ると思っていたのだろう。

 

また“聖者を殺してしまわない雰囲気”は、そこにはなかったのだ。

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アトランティス、超古代史と予言

2023-08-24 06:12:29 | メインストリーム予言と先行モデル

アトランティスの叡智が保存された石盤

 

最近は、現代の状況そのものが良きにつけ悪しきにつけ、人類破滅や旧時代の終焉を思わせる様相を呈しており、今こそアトランティスという超古代史と予言に目を向けるべきだと思う。ところが、そうはなっていないのは、スマホやインターネットやTVによる広汎なマインドコントロールと目先の生活のことどもに追われて汲々としている人が多いせいなのかと思う。

 

状況は、中国とロシアが協力して米欧と国連中心の旧秩序を破壊しようとしており、核戦争をも辞さない姿勢。さらにこの夏の酷暑という異常気象。政治面では、

  1. 無秩序な他民族の移民拡大政策による家庭崩壊促進と社会秩序崩壊促進(日本のマスコミ、芸能界、反社、政界への異民族浸透は深刻)
  2. LGBTQによる性別不分明化による家庭崩壊促進と社会秩序崩壊促進と人口削減
  3. 大麻、覚せい剤、フェンタニル等合法非合法の向精神性薬物蔓延による社会的不適応者増加による社会秩序崩壊促進と治安の悪化促進
  4. CO2排出削減運動に最大の排出国の中国とアメリカが実態面でほとんど成果を上げていないという欺瞞による地球温暖化促進。
  5. これは特にアメリカで顕著だが、約千ドル以下の窃盗を軽犯罪化し、社会秩序崩壊促進と労働意欲の削減誘導がスタート。

 

他にコロナとそのワクチンを挙げる人もいるのだろう。いずれも人類の未来を考えると暗澹とさせられる現実の趨勢である。

 

閑話休題、アトランティスの話。

アトランティスと言えば、古代ギリシアのプラトンのティマイオスに並外れて年老いたアレクサンドリアの神官の談話として挙がっているのが嚆矢。これは、超古代史の驚異としてだけ伝えられて来たのだが、20世紀になってエドガー・ケーシーのリーディングで、沈没したアトランティス大陸の伝承の他に、将来のアトランティスの叡智の再発見が予言として出てきているのが新機軸だった。

エドガー・ケーシーによれば、ギザのピラミッドは、アトランティスの技師の設計になるものである由。さらにアトランティスの叡智は、ギザのピラミッドに近い場所に、アトランティスの叡智が保存された石盤として存在して、それが新時代の始まり、至福千年の始まりに発見されて、千年王国を大きく賑わすことになるらしい。

 

ダンテス・ダイジが、酒飲み話の中で感心しているのが、その石盤はさる方法で発見されることになるのだが、その時代にその特殊な方法で発見されることを1万2千年前に予期して、その場所に石盤を保存したアトランティスのエンジニアの極めて精密な予見と緻密な設計である。古代の遺物の発見は通常は発掘だが、予見されている発見方法は、発掘ではない。

エドガー・ケーシー予言は、アメリカの大陸変動や日本沈没、地軸移動などの予言の方が注目されがちだが、実はそちらの方も重要なのである。

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OSHOが毒を盛られた事件

2023-08-23 11:57:10 | 究極というものの可能性neo

◎OSHO流というもの

(2010-07-10)

 

1985年OSHOバグワンは、オクラホマシティで毒を盛られた。OSHO自身の証言や様々な報道によると、連邦検察局主導で、11月4日から11月5日の2日間にオクラホマ郡拘置所に、OSHOは収監された。

彼は、そこで汚れたマットレスだけを渡されて、毛布も枕も与えられなかった。OSHO周辺は、そのマットレスの中に中レベルの放射線源が仕込まれていて、その放射線によって、彼の言語能力や免疫系を破壊しようとしたと見ている。この結果、右を下にして寝るOSHOは、後年右耳に重度の感染症を起こし、右下顎の骨の痛みで歯を9本抜き、右手首の骨、右ひじ、右肩に痛みを抱えることになったと見る説がある。

更に拘置所内で、素性の知れない男が、味も香りもない二切れのパンを持ってきて、急いで食べるように勧めた。OSHOはこれを食べた直後に吐き気を催した。OSHOと彼の主治医はこのパンに殺鼠剤として用いられるタリウムと多量の鎮静剤が含まれていたと見ており、その証拠にOSHOは、その2日間に起きたことをほとんど覚えていないという。

OSHOには、この事件の後、骨の痛み、動作障害、脱毛、体重の減少や健康の全般的な不調が始まる。食欲もなくなり、味も感じなくなった。そして講話などで、毒を盛られて、体調が戻らないことを繰り返し語って、1990年1月病死した。

(参考:OSHOアメリカへの道/マックス・ブレッカー/メルクマール)

 

まず熟達したクンダリーニ・ヨーギならば、強い放射線を発する物質があれば、何か異常を感じるものだろうし、また毒入りパンを差し入れられても、毒のあることを見るものなのだろうと思う。

ここは、OSHOは、運命に従順に、放射性物質入りマットレスで眠り、毒入りパンも食らったと見たい。つまりソクラテスが毒杯を拒まず従容と飲みほしたように、自分の運命への従順さという視点もあるのだろうと思う。

釈迦は、その死因となる腐ったきのこを差し入れた金属細工職人の子チュンダをかばった。OSHOはどうか。

OSHOが覚者であることは間違いない。

しかしながら、OSHOは毒を食らったことでその寿命が20年短くなったことを嘆く一方で、ロールス・ロイスを乗り回し、数千人の前で、自分の脇に肉感的な数人の女性を踊らせるそのスタイルは、宗教というものについての既成概念を破壊するという名目ではあるものの、首尾一貫して純粋と言えるものだったのだろうか。

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覚者は周囲に覚者だと気づかれると殺されがち

2023-08-23 07:39:57 | 人と神の「実際のところ」

◎本物は実は危うい

 

OSHOバグワンが、悟りを開いてから20年間それを公言しなかった理由を明かす。

それは、周囲に覚者だと気づかれると殺されがちだからだ。

 

『認識  RECOGNITION

あなたは果して自分が仏陀を認識することができたと思うだろうか?さて、当然のことながら、いまや二五世紀もたってしまったおかげで、仏陀はますます大きな存在に、とてつもなく巨大な存在になってしまっている。彼は美しい朝日のように地平線にぼうっと大きく浮かんでいる。あなたは人々が彼を見逃してしまったなんて信じられない――だが、彼らは彼を見逃した! 彼の父 ですら彼を、彼が光明を得たことを認めることができなかった。彼の妻ですら彼を、彼が光明を得たことを認めることができなかった。彼を認める勇気を持っていたのはほんの少数の人たちだけだった――

 

なぜなら、彼を認めたら自分の生き方を変えなければならないし、彼を認めたらもはや同じままではいられないからだ。覚者(ブッダ)を認識するということは、あなたは目覚めつつあるということだ・・・・・

 

人々はまったく無意識に生きている。ブッダを認識するどころの話ではない――あなたは自分が誰なのかさえ知らない!

気がついていなかったら、あなたは本物の宝石を見逃してしまうかもしれない。だが、気づいていたら、そんなことはありえない。 すべてはあなたの〈気づき〉にかかっている・・・・・。

 

一九五三年に光明を得たあと、私はなぜ沈黙を守っていたのかと、多くの人が私に尋ねた。二〇 年近くにわたって、私はそのことを誰にも一言も話さなかった。誰かが自分でそれを疑ったのでないかぎり、誰かが自分からこう尋ねたのでないかぎり――「あなたには何かが起こったように見えます。それが何なのかはわかりませんが、ひとつだけ確かなことがあります。何かが起こって、あなたはもはや私たちと同じではありません―しかもあなたはそれを隠しています」

 

その二〇年間に、私に尋ねた者は一〇人にも満たなかったが、そのときでさえ彼らの望みがほんものだと感じられるまでは、私はできるかぎり彼らを避けた。しかも彼らがそれを秘密にすると約束して初めて、私はそれを彼らに告げた。彼らはみんなそれを守ってくれた。いまでは彼らはみなサニヤシンになっているが、彼らはちゃんと約束を守り、それを秘密にしてくれた。私は言った。「待ちなさい。正しい時機が来るまでは待つがいい。そのとき初めて私はそれを公言しよう」

 

私は多くのことを過去の覚者(ブッダ)たちから学んだ。イエスが自分が神の子であることをあれほど声高 に主張していなかったら、人類ははるかに多くの恩恵を得ていたことだろう。全国の遍歴を終えるまではそれを公言しないようにしようと、私は固く心に決めていた。そうでなかったら、私は殺されていただろう――あなた方はここにはいなかっただろう。旅することを、大衆に解け込むことを、町から町へと動きつづけることを終えたとき・・・・・。私は二〇年間、絶え間なく動きつづけていたが、ボディガードはひとりもいなかった・・・・・。 そして絶えず危険な目に遭っていた。石が私に投げつけられ、靴が私に投げつけられた。

 

二四時間も列車で旅をしてある町に着いたときも、群衆は私がその駅で降りることを許さなかった。彼らは私をむりやり帰らせようとした。私を列車から降ろそうとする者たちと、少なくとも自分たちの町には降ろしたくないと考える者たちとのあいだで争いが起こりそうになった。

 

もしそれを公言していたら、私はいともたやすく殺されていただろう。公言することは何の問題もなかったし、それは実に簡単なことだった。だが、二〇年間、私はそれについては完全に沈黙を守った。いまやそれを理解できる人々が充分に集まったと知ったとき、私は初めてそれを公に口にした。私は自分に好意を寄せる、自分に属する人々を充分に集めていた。いまや自分の小さな世界をつくることができる、もはや群衆や大衆や愚かなやじ馬たちとはかかわっていないとわかったとき、私は初めてそれを明らかにした。

THE BOOK OF THE BOOKS, Vol.11』

(英知の辞典/OSHO/メルクマールP452-454から引用)

 

イエスも殺され、禅の達磨も殺された。OSHOバグワンもアメリカで殺されかけた。

Amenty Meditation Wayで言っている『雰囲気を作る』とは、悟った人を殺さない雰囲気を作るということである。

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Amenty Meditation Way

2023-08-22 06:58:49 | アヴァターラ神のまにまに

◎神知る人の心の中にある

 

“Amenty Meditation Way”。何十年か前の夏の東京都内のどこかの木立で、この看板を目にしたことのある人もいるかもしれない。

アメンティとは古代エジプトの書にアメンチーとして出てくるのを読んだ人もいるかもしれない。

アメンティは古代アトランティスの中央官庁兼最高神殿のことで、そこからトオスの系流とダンテスの系流が発する。ダンテス・ダイジはこの講話で、アメンティの復興を目指すことを宣言しているが、これは、この世代に限らず、向こう1万2千年の千年王国、みろくの世において、ダンテスの系流たちが生き続けることを期待する。

“Amenty Meditation Way”とは、その道場の名だ。

 

要点は、

1.トオスの系流

固定した形式を重んじる組織宗教。個々のメンバーは、必ずしも自身が神人合一することを最終目標としているわけでもない。

2.ダンテスの系流

組織に依らず、自分らしい生き方をしながら、自分自身が神になることを目指す。

 

ダンテス・ダイジの講話から。

『ダイジ「道場っていうのはね、君たちはすでに知ってるはずだ。それはアトランティスの時代にあったアメンティっていうのが、基本的な形式なんだ。そして道場には二つのタイプがある。

一つは仏教の流れって言ってもいい。トオスの系統なんだ。その系統っていうのはどういうのかっていうとね、形式を中心に置く。だからもうガチガチだ。とにかくすべての形式を守るってことだけが要点。

それはどういう意味かって言ったらね、個々の人間の事情なんかどうでもいいんだ。とにかく宇宙という花を開かせるためのさ、基本的な流れっていうのを守ろうとするためにある。だから、形式だけ残ってりゃあ、伝統だけ残ってりゃあ、誰かそれに一致する奴がさ、百年に一人でも千年に一人でも出てくる。とてもとても長い展望を持ってるんだ。

だからこそ君たち、君たちはまともに鏡見てごらん。自分でさえ本当は知っちゃいないことがわかるだろう。知ってるつもりになってるだけだ。よく見てみろ、鏡を。初めて見るようなもんさ。本当にまじに見たら。あれ、この人誰だ?そのくらい神秘なんだよ、君たち一人一人が。

そして、宇宙っていうのは、君たちの神秘さと同じだけ神秘だ。それはまさに、一つの、一本の花だ。一本の野の百合だ。そしてそれは花開こうとひとりでに動いている。それで何だっけ?」

 

弟子「もう一つの流れは?」

ダイジ「それは形式の方の立場ね。どっちにしても、永遠の展望の上に立ってるっていうこと。宗教といってもいいし、成熟と言ってもいいし、あるいは君たちが最終的に安心する場所って言ってもいいし。そういうものは、無限の時間の中で成立している。無限の時間だ、本当の無限の時間だ。

宇宙ができ、宇宙が死に、宇宙が生まれ、宇宙が育ち、宇宙がセックスし、宇宙が死ぬ。また宇宙が生まれる。そして、幾たびも幾たびも幾たびも幾たびも宇宙は繰り返す。

そしてその中でもってさ、宇宙は宇宙自身を喜んでほしいと思っている。そのために君たちみたいな、神経症みたいなろくでもないのを生むんだ。そして、花開かせる。

それが形式の方から行くとトオスの系統、すなわち仏教とかキリスト教とか、ああいうがっちりした伝統とやり方を決めて、と

にかく形式っていうのが大切だ。禅宗がその一番純粋な形だ。座禅の作法。朝起きる時間。何もかもガチガチだ。で、みんな狂っちまう。まあ、ろくに見性なんかしてる奴、一人もいやしない。もう日本の禅宗も終わりだろう。だが、そんなことは本当はどうでもいい、禅宗の立場からは。とにかく形式だけ守りゃあさ。そのうち、1億年後にでもそれにあてはまる人間が出てくる。

それを待ち続けてるんだ。それが道場の形式だ。

 

そして、俺の道場の形式。すなわち君たちの道場の形式。それはそうじゃない。それはダンテスの系統だ。それはアメンティのやり方だ。それはどういうものかっていうとね、君たちの一つ一つ、君たちの今の立場の一つ一つ、それをよりよく味わっていくんだ。君たちの恋愛、君たちの楽しみ、君たちのあこがれ、その一つ一つをね、楽しむんだ。で、禅門っていうのは、ある意味では完全に純粋なものをそこにポンと置いておく。そして、アメンティっていうのはそうじゃない。全般的な雰囲気っていうのを作るため。

たとえば、ある人がある社会形態の中で生きている。ところがどうしても適応できなくなる。そしてもしアメンティというものの努力が、種がそこに蒔かれていなければ、そいつはもうまったく無駄な人間だ。が、その雰囲気が少しでも残っていれば、奴がひとりぼっちで自分の部屋に籠っているのを、『奴はノイローゼだ』って言ってる反面、心のどこかでは、『何か奴の中に真実への何かがあるんじゃないか、何か奴を守ってやらなくちゃいけないんじゃないか』、そういう思いが起こる。それがアメンティだ。

 

そして、1万2千年前に花が一度開いた。君たちがだよ。そして、その花は散って、その種が延々と続いて、今また新しい花を開こうとしている。ここ30年のうちに。そしてその花が見事に開けば、そこから種ができる。そして次の1万2千年の間、その種が続くだろう。これは人間の努力にかかっている。決して、放っておけば成立するようなものじゃない。

もし放っておいてそういう種というものを守らなかったら、人間というのは、もうどうしようもない苦悩の中でのた打ち回ってね、破局しちゃうだろう。そこが不思議な所さ。

 

つまりね、君たちがいなきゃ神は成立しないんだ。一方、神がいなきゃ君たちは成立しない。

だから、今君たちに守れって言ってる道場っていうのはね、その1万2千年間の種をまくためだ。だって幾度も幾度もその道場に接することになるんだぜ、君たちは生まれ変わり立ち代わり。

自覚はしないかもしれないけど。が、いずれにせよ、一番この世の中で大きい出来事っていうのはね、たった一人の人間の中で、花が開くっていうことだ。だからとにかく、この30年のうちに君たちの花を開かせねばならない。で、花が開くっていうのはね、すべての存在っていうのが、存在自身を、祝福するっていうか、賛美するっていうか、そのときすべてが(不明)、すべてが。そういうわけで、1万2千年間の人間の努力っていうのは、いまやその限界点まで達してるんだ。決して、いわゆる西洋文明がでっち上げたさ、価値観とか何とかに惑わされる必要はない。

君たちがね、道場を守り、そして自分の修行、何も全部を切り離して何かになる修行じゃない。人と触れ合ったり、さまざまなことをしながら修行するんだ。ただ必要なことは、心の底からの誠意でもってそれをやっていくっていうこと。それが存在の唯一の意味なんだ。どんなに

馬鹿げて見えるにしてもね。」』

 

ダンテス・ダイジの時代観では、次の一万二千年は、至福千年。それは、すべての人が神知る時代。

現代は神知る人はとても少ない。ところが老若男女を問わず、人生航路上の様々な出来事の中で、不適応になったり、うつになったり、ひとりぼっちで自分の部屋にひき籠もっているような場合もある。周囲の人がそんな人を見て、人間失格だとか社会人失格だとかクズだとかダメ出しをしないで、認めたり守ったりして行く雰囲気づくりが狙いなのだ。

『アメンティっていうのはそうじゃない。全般的な雰囲気っていうのを作る』

その雰囲気の中で、神を知る、悟りが花開く。開花した花は実をつけ、時代の花の種となって、千年王国が続いて行くのだ。

その雰囲気造りには、『君たちがいなきゃ神は成立しない。一方、神がいなきゃ君たちは成立しない。』という原理があり、人が努力しなければ、その種は蒔かれない。

なぜ雰囲気か。花は、かそけく失われやすいものだから、それが生え花咲ける雰囲気の場所にひっそり咲くだけのものだからである。

それなくして人類滅亡回避もないというのも現実。

 

また、その雰囲気を作るには、組織宗教に依らず個人として実際に悟りを持って神と共に生きる人物が何人か出てくることが必要だし、悟りとは何か、神とは何かを説明するテキストも必要だと思う。

このダンテス・ダイジの談話は、初耳な用語と世界観が多く、さらに悟りとは何かが大体見当がついている弟子と、将来の転生において悟りとは何かが見当がつくであろう弟子向けに語られているせいか、短い文章の中に内容が恐ろしくぎっしり詰め込まれている。だから前提知識のない人が読めば、とても晦渋な文章である。

 

そして、“Amenty Meditation Way”という道場は、どこかの街や山の中や浜辺に建物としてあるわけではない。始まりは、確かに建物としてあったにせよ。神知る人の心の中にあるのだ。

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累積暑さ疲れの室内ウォーキング

2023-08-21 06:51:54 | 天人五衰、ロコモ、フレイル

◎腕肩の筋トレもスタート

 

7月24日以降、3日を除いて連日の最高気温35度越えとなった。最低気温25度以上の熱帯夜も、7月9日以降1日を除いてこれまた続いている。

日中は、外での散歩もできないということで、一日合計50分の室内ウォーキング(距離にして3キロ相当)が貴重な運動の機会となっている。SNSを見ると暑さの連続で散歩はおろか買い物も大変という声も上がっている。老人は運動不足は筋力低下につながりやすく、その点でも酷暑は国民健康的に危惧される状況にある。

 

6月以来室内ウォーキングを始めて、雨の日、風の日、猛暑の日は、これで歩行距離を確保している。基本は竹脇まりなのyoutubeで10分、15分、20分のを適宜組み合わせてやっている。

途中で飽きることもあるため、尾瀬などの散歩動画(virtual walking)を同時に流しつつやったりしている。こうしたものは、楽しげで無理のないことが大切。

また1か月前からリュックに1.5リットルのペットを背負ってやっているが、膝回りの筋肉復活が顕著。今は5本目だが、腰も痛くなってきたので、ペットの本数を減らすことも検討中。

 

また最近は、課題であった上半身特に腕回りの筋力強化を筋トレ行うことにした。ダンベルなど器具を買い込むと捨てるのが大変なので、1.5リットルのペットボトルをダンベル代わりとし、トートバッグに1.5リットルのペットボトルを1本入れてkettlebell代わりにして始めている。

お手本の動画は、楽し気で健康的である以下から始めている。10分間。

Caroline Girvan(小柄ながら筋肉質、片手で8キロのダンベル挙げています。動画の最後にストレッチもついています。)

10 Min DUMBBELL UPPER BODY WORKOUT at Home

 

Kettlebellについては、これまたご機嫌な雰囲気で黒人男女がペアでシンクロしながら動く以下動画で、両腕で挙げる動きから始めている(15分位から該当の動き。まだとても20分はできません)。

Juice & Toya

20 Minute Upper Body Kettlebell Workout [Strength Training / Arms]

 

腕肩の筋トレは生まれて初めて。やった後当該の筋肉の収縮を感じるのだが、ほとんど筋肉がついていない現状をみれば、静々と継続することが大切なのだろうと思う。

 

これらの他にきくち体操とスクワット10分(『14日間challenge StayHomeWorkout by 中野ジェームズ修一』)なども毎日の日課に含まれている。

なお、これらは、フレイル(虚弱)防止と冥想のための体力作りが狙いであって、ダイエットかマッチョになることが目的ではありません。だが累積暑さ疲れの対策として結構有効なのではないかと思います。

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