路の途中

35歳からジョギングを始め、今もゴールを目指してさまよい続ける市民ランナーの記録。

野辺山ウルトラマラソン2015④ 完結編

2015年05月22日 05時43分35秒 | Weblog
私にとっての今年の野辺山。

およそ、1か月前には1キロも走れない状態だった。
その後、整骨院に通い、何とか石岡トレイル17キロ走れるようになった。
痛くなり、また、整骨院に行き、さつきハーフマラソン完走できた。
その後また痛くなり、直前の1週間で4回整骨院に行き鍼も2回打ってもらった。

故障と無理とケアを繰り返して、
無理をしてはいけないことを思い知らされた。

また、いつか必ず痛みだし、走れなくなるだろうとわかっていながら
もしかして走り切れてしまうかも?という淡い期待を抱きながらの参加でもあった。
自分の体と対話をしながら走るということでは、今まで以上に慎重に走った54Kだった。

今回故障をしたことで、いろいろな人からアドバイスをしていただいた。
自分にできることしかできないけれど、
今まで以上に体をいたわりながら
これからも挑戦を続けられるようにしていきたいと思う。

必ず来年は、完走できるように。

野辺山ウルトラ2015③

2015年05月20日 05時28分21秒 | Weblog
長い長い歩き。
1時間歩いてようやく54キロのエイドが見えた。

給水してから
「リタイアしたいのですが。」
というと、
「日陰で休んでください」
何人もの人が休んでいました。

スタート場所までの搬送は、
54キロ→58キロのエイド
58キロのエイド→71キロの着替えポイント
71キロ→スタート

1時間以上かかり、ようやくスタートラインへ

始めてリタイアした、9年前は呆然とした感じでしたが、
今回は、冷静に今後のことを考えていました。

さて、スタートに戻ると既に100キロのランナーたちもゴールしています。
時刻は、2時台だったのでサブ10です。
10時間を切って100キロを完走した人たちが続々とゴールしています。

体育館ないで荷物を受け取り、その場でストレッチして体の様子を確認。
リタイアしたおかげか、あまりダメージもなく、運転して帰れそう。

車の中で着替えをして、荷物の整理を済ませ、出発。
1日目も寄った、「びっきり市場」にて
コンタクト→メガネに

美味しそうないちごのパックをお土産に購入し帰路に。

中央道は渋滞していた。

6時間ほどかけて、9時台に帰宅。
家族からは
「早いね」

そりゃ、半分でリタイアしたからね。
お風呂にもゆっくり入ることができました。

さて、兎に角今は体を休め、故障を直し
少しずつ、練習をしていきたいと考えています。

野辺山ウルトラ2015②

2015年05月18日 22時18分42秒 | Weblog
前日は7時前に眠っていた。
午前2時ちょうど。車中泊していた駐車場の前の車のヘッドライトの明るさで目が覚める。
7時間近く。こんなに寝たのは久しぶりだ。モルツ効果か?

洗面・コンタクトレンズ装着後、朝食のおにぎり三個完食。大会駐車場に向けて出発。
まだ寝ぼけていたのでしょう。国道を反対方面に向かって走り数分後に気が付いてUターン。

2時40分ぐらいに到着。今年も???という感じの込み具合でした。
車中泊禁止の2時開場とうたわれているのに、40分でこんなに入れないでしょう!
しかもあちこちにテントが立っているし。
来年はこの駐車場で車中泊してやるか!(まぁまぁ)

前日にほとんどの準備を済ませておいたので、車の中では着替え、ストレッチ、セルフマッサージ。
4時ごろ車の外に出ました。

42キロと71キロに送る荷物を預け、サービスのホットドリンクをいただき、トイレに。
長時間の暇つぶしにもなります。
4時40分から開会式。(実際には45分から始まりましたが)

スタート直後、坂本さんとハイタッチして走り始めます。

脚の調子はとてもいいです。
1か月前は1キロも走れないくらい痛かったのに、整骨院で針を打ってもらったり
マッサージしてもらったり、テーピングの方法を教えてもらったり・・・。
なんとか、スタートラインに立つことができた喜びを味わいながらゆっくりと進んでいきます。

10K通過が70分。やや速いか?でも、呼吸も乱れてないし、いい調子だ。
不整地に入ると足に負担がかかっているのがよくわかる。
なるべく足に優しいところを選んで走る。
登りは、歩いている人よりも遅くなったら歩く。それまでは無理のない感じで走る。
のぼりではそのおかげで、たくさんの人を抜かす。
下りは苦手で遅い。今年は下り対策をすることができなかった。
遅いし、足に負担がかかっている。関節が固くなってしまっていることを感じる。

ここでウミガメの帽子をかぶったランナーさんと抜きつぬかれつ。
のぼりで抜かし、下りで抜かれるパターンを幾度となく繰り返す。

35キロの稲子湯には4時間30分ぐらいで到着。
今年はお約束のお汁粉を1杯しかいただかなかった。
おにぎりは「あと4個」と言われもらうとあっという間に無くなり。
「おにぎり終わりました」
と言われた。早すぎませんか?

稲子湯過ぎの上りは、おにぎりを食べながら歩くのも自分のスタイルになりつつある。
毎回、ここを登るときには35キロでリタイアした初挑戦の時を思い出す。
「あの時の自分を今も越えている」と。

この上りを終えた後の下りが鬼門。
ここで毎年、ペースが上がらず、抜かしまくられる。
今年もそうだった。
そして、このくだりで故障していた箇所が悲鳴を上げ始めた。

「よくここまで持ってくれたね」
というのが正直なところだった。
苦手なくだり。左足裏から内側のくるぶしに疲労が伝わり、足首痛。
時々ふくらはぎもつりそうな違和感が走る。
それをかばって、右足にも負担がかかる。

体は元気だ。しかし、足が動いてくれない。
42キロ地点で荷物を受け取り、休憩。
ストレッチをして、
「よしまだ行けそうだ」
走り出す。

42キロを過ぎると周りの皆さんのペースもガクンと落ちている。
下り坂なのに抜かされることが少なくなってくる。

でも、45キロを過ぎると自分のペースがガクンと落ちてきた。
ここでもう、足に力が入らなくなる。
50キロの関門までのこの5キロきつかったなぁ。

歩いているほうが速いんじゃないか?
と思うほど。
時々、止まってしまう。

このあたりで
「もう十分頑張った」
という気持ちになってくる。

一応走ってはいるけれど、体感ではキロ10分ぐらいか?

「50キロの関門までは頑張ろう」
自分の目標を再設定して、走り続けた。

50キロの制限時間は7時間。
およそ20分前に到着。(自己ワースト記録)

完走しようという気持ちがあるのなら、ここのお蕎麦の列には並ばない。
今年は迷いなく・・・並んだ。

ここ何年か食べてなかった、おそばを味わった。それは私にとっては、完走をあきらめた味だった。
(おいしかったよ!)

食べ終わったら、リタイアするつもりだった。
でも、続々と関門ギリギリのランナーは走って来るし、エイドの人たちは忙しそうだし。
なんとなく言い出せなくて、次のエイドまで歩くことにした。

リタイアを決めてからの歩きは気楽だ。脚は痛い、すごく痛い。
歩いているだけでこんなに痛いんだから、走るなんて無理だよな。

とぼとぼと情けない気持ちも抱えつつ歩いていると
「路の途中さん!」(実際は本名で)
と呼ぶ声。

彩湖70キロでも声をかけてくれた娘のピアノの先生が声をかけてくれた。
「71キロなので頑張りますね」
と走り去っていった。
完走したかな?

次のエイドまで2キロぐらいだと思っていたけど、実際には4キロもあった。
歩いて約1時間。気温も上がって来ていたのでつらかった。
それでも、後ろから走り続けるランナーに抜かされていく。

純粋にすごいなぁ と感動していた。

野辺山ウルトラ2015① 速報編 

2015年05月18日 05時28分23秒 | Weblog
速報と言っても、月曜日になってしまいましたが、
「54キロリタイア」です。

日曜日の早朝、歩いてみたときに
「これは、スタートラインに立てそうだな。」
というくらい、痛みを感じなかったのでうれしくなりました。

でも、やはり、故障を抱えながら完走できるほど、野辺山は甘くなかったです。

トレーニングはもちろん、日ごろの体のケアを見直して
来年からのリベンジを狙います。

今回、故障しながらも走ってしまったことで
大会後は1か月ほどランニングのトレーニングはお休みするつもりです。
治してから、また、頑張ります。

野辺山前日

2015年05月16日 18時29分53秒 | Weblog




星の里野辺山ウルトラマラソン前日です。
朝、6時前に家を出て、ウサギの世話をしてから高速に乗ろうと思っていたが、トラフィックニュースで中央道が渋滞と言っていたので、ウサギさんには申し訳なかったのですが、まっすぐ向かってしまいました。
朝食は談合坂SA で、すたどんの豚汁朝食、高速降りてから、初めましてのお蕎麦やさんにてきのこ付きざるそば、。
1時半の説明会では、今年も坂本さんのお話を感激しながら聞きました。(感動したことは覚えているけど、感動した中身は忘れちゃうんだよなぁ)
その後、71キロ地点の滝見の湯に移動して、温泉を楽しんで来ました。
夕食は五枚目の画像のようにコンビニ弁当ですが、モルツ効果でもう寝てしまいそうです。(歯を磨いといてよかった)

脚の調子は少しよくはなっている感じがするようなしないような。
これでウルトラ完走出来るのかな?

鹿沼 さつき ハーフ 完走しました。

2015年05月10日 17時34分31秒 | Weblog
スタート時刻を9時だと勘違いし、だいぶ早く着いてしまいましたが、
会場で事務局Aさんとお会いして、話しているうちに、9時50分だとわかりました。

荷物預かりは有料の200円でした。だからか、参加人数の割には荷物の受け渡しがスムーズでした。

1週間後が野辺山100キロなので完全ジョグのつもりでしたが、
後半、失速してくるランナーたちを抜かすのが楽しくて、ついペースを上げてしまいました。
と、言ってもハーフ2時間をネットでぎり、切ったくらいです。

ゴール後、記録賞発行のために並んでいたら、隣にお笑い芸人の「ざ・たっち」が2人でいました。
握手してもらうのもなんなので、知らない振りしました。(笑)

日陰で、O木さんと事務局Aさんが用意してくれて、宴会開始。
話に花が咲き、気が付けば周りは我々だけになっていました。

鹿沼駅まで歩き、東武線で帰ってきました。
電車の中は爆睡です。

1週間後が野辺山ウルトラマラソン100キロなので、ファンランのつもりでしたが、
後半、ほかのランナーを抜かすのが楽しくなって、ペースを上げてしまいました。
それでも、ネットで1時間59分04秒でした。

野辺山の1週間前である限り、今後もガチでは走れない大会ですが、
コースはアップダウンに富んでいて、楽しかったです。

帰宅時間の制約名で無しに、アフターももっと楽しめたらよかったなと思いました。

大会参加の皆様、練習に励まれた皆様、お疲れ様でした。
鹿沼では救急車が数台出動していました。
ランには厳しい季節になりますが、楽しく走っていきましょう!

まぁ、実はまだ酔っ払っているので
おんなじことを繰り返し書いていましたね。
面白いのでそのままにしておきます。

脚の状態 野辺山に向けて

2015年05月10日 06時52分51秒 | Weblog
4月の中頃から、痛めている左足の状態は一進一退です。
GW 中は痛くて走れなかったのでとりあえず自転車での移動を心構え、運動量確保に努めました。
昨日、土曜日は11キロを3回に分けてゆっくり走りました。
今日はハーフマラソンの為に移動中です。
ゆっくり走って来ようと思います。
野辺山まで、あと1週間ですし。

谷中商店街

2015年05月10日 06時42分51秒 | Weblog

ギネスにトライの後、谷中商店街に寄りました。既に、軽く飲んでいましたが、ここでも一杯いただきました。
夕焼けだんだんから夕焼けを見るにはまだ時刻が早すぎましたが、記念に撮影。
八百屋さんでニンジン無料だったので、うさぎさんようにもらってきました。
ほうれん草を一束購入してごま和えになり、夕御飯に登場しました。

贅沢 モーニング

2015年05月10日 06時19分54秒 | Weblog

グランハイアットのモーニングです。
ギネスにトライする前に行きました。
昨年は食べられなかった、エッグベネディクトもいただきました。
画像にはありませんが、フレンチトーストと切り分けてくれるハムが絶品です。
値段は我が家にとっては高いですが、素敵な時間を過ごすことが出来ます。

恒例、ギネスにトライ

2015年05月10日 06時08分53秒 | Weblog


上、お玉で水を移し変える量を競います。
中、五枚のT シャツをハンガーに美しくかける時間を競います。
下、背中向きに立ち、ボールを上と下で手渡す回数を競います。
もうひとつ、テニスのラケットの両面で交互にボールを打つ競技にも参加しました。

GW 中に東京ミッドタウンで行っているイベントに3年連続で遊びに行っています。
年々、レベルが上がり、今年は1つも予選を通過することが出来ませんでした。

教えるということについて

2015年05月02日 06時15分31秒 | Weblog
おとといでしたでしょうか
娘が
「ぱぱ、理科教えて。」
と言ってきた。

先生の説明がよくわからないのだという。

どれどれ、と一読するも、プリントの意味がよくわからない。
うーーーん。

裏側を見ると、既習事項が書かれていた。
なるほど。

「ほら、ここにこう書いてあるだろ。これを使って…。
 それから、これはこういう意味だから、この線に沿って力を・・・。」

などと説明してあげた。


翌日、クラスのお友達に教えてあげて、感謝されたそうだ。

どうして、理科の先生の説明がわからなかったのか?
考えてみた。

たぶん、先生は
「自分がわかっているから、このように説明すればわかるはず。」
と思って、話していたのではないか?
と推測する。

今回私は
「わからん!」
というところから始まった。
ここまではわかっているけど、これはどうするんだろう?
あぁ、ここに書いてあるね。
じゃぁ、こう考えられるだろ?
のように、一緒に考えていった。

詰まり娘にとっては、ナチュラルな
コーチングになっていたのだろう。
(ティーチングではなく)

自分の仕事でも、相手側の目線に降りて(もしくは立場に立って)
話すことの大切さを再認識させてくれた。

「人は、女性に生まれない。女性になっていくんだよ。」
と、誰かが言った。
「人は大人に生まれない。大人になっていくんだよ。」
昔ラジオで聞いた。
「初めからわかりやすく教えられる人はいない。聞いてくれる人によって育てられるものなんだ。」
と、今思う。